甲子園未経験でもスターになった野球選手たち。おかわり中村、ギータ柳田…

日刊SPA!

2019/8/15 08:30

 今月6日に開幕し、連日熱戦が展開されている夏の甲子園。毎年のようにプロ注目の選手が現れるが、実は甲子園出場経験がなくても、プロの世界で活躍したスター選手は数多い。

そこで今回は、現役バリバリ活躍中の選手で“えっ、あの人甲子園に出てないの!?”という意外な選手の一部をご紹介したい(まずは野手編)。

◆埼玉西武ライオンズ 中村剛也(大阪府・大阪桐蔭卒)

日本プロ野球歴代3位となる6度の本塁打王を獲得したホームランアーティスト・中村。今や高校野球界最強と謳われる強豪・大阪桐蔭高校出身なのだが、実は甲子園出場は3年間で一度もなかった。

2000年、高2年秋の大阪府大会では準優勝し、近畿大会までコマを進めたが、準々決勝で2-8と大敗し、春の選抜切符を掴めず。最後の3年夏も大阪予選決勝まで進出するも、上宮太子の前に5-6と惜敗。ただ、このときの予選で6本塁打を記録するなど高校通算83本塁打をマーク。現在の活躍を予感させていた。

◆埼玉西武ライオンズ 山川穂高(沖縄県・中部商卒)

現在・チームの4番を務める長距離砲は高校時代、2年生秋から4番を務め、通算27本塁打を記録したが、3年間、まったく甲子園に出場することは出来なかった。

中でも最も惜しかったのが’09年の3年夏。沖縄県予選決勝戦まで進出したが、2年生エース左腕・島袋洋奨(福岡ソフトバンク)を擁する興南(この翌年に史上5校目となる春夏連覇を達成する)の前に2-4で惜敗してしまった。ただ、この試合で山川は4打数2安打1打点の活躍を見せている。

◆福岡ソフトバンクホークス 柳田悠岐(広島県・広島商卒)

もはやソフトバンクのみならず、日本を代表する左の強打者・柳田。高校は広島県内きっての古豪・広島商に進学するが、古豪の低迷期と重なっていて3年間、一度も甲子園の土を踏むことが出来なかった。

’05年の2年生秋は県3位で中国大会に進出するも、関西(岡山)に3-6で初戦敗退。3年夏は県大会準決勝で如水館に7-11で打ち負けている。

◆北海道日本ハムファイターズ 大田泰示(神奈川県・東海大相模卒)

’16年オフにトレードで巨人から日本ハムに移籍。巨人では芽が出なかったが、新天地でレギュラーとして定着した大田の母校はなんと、今年の甲子園にも出場の強豪・東海大相模。

1年生だった’06年春からベンチ入りし、その秋には早くも4番に座るなど大砲として期待されていたが、3年間で1度も甲子園出場は叶わなかった。

特に夏の予選は3年連続決勝戦まで進出するも、1年夏は横浜に7-15、2年夏は桐光学園に8-10、最後の3年夏は慶応に6-9とすべて違う相手に敗退。それでも高校通算65本塁打、特に3年夏の予選では県大会新記録となる5本塁打を放ち、その飛距離を買われて巨人のドラフト1位でプロ入りを果たしている。

◆広島東洋カープ 菊池涼介(長野県・武蔵工大二卒)

6年連続6度のゴールデングラブ賞に輝く守備の名手が卒業した武蔵工大二は現在、東京都市大塩尻と校名を変えている。’11年の夏の甲子園に出場しているが、菊池の在学中はそこまでの強豪校ではなかった。

菊池は当時から守備範囲ギリギリの“球際”に強かったので、強い打球をさばく機会の多い三塁手で起用された。打撃も学年が上がるにつれて力がつき、主に3番を打っていたが、最後の夏となった’07年の県大会では4回戦敗退。

◆広島東洋カープ 鈴木誠也(東京都・二松学舎大付卒)

今やセ・リーグ代表するスラッガーは’10年に二松学舎大付に入学すると投手として1年秋からエースとなった。だが、2年夏の予選ではチームをベスト4まで導くも、準決勝の関東一との試合では5回に満塁本塁打を浴びるなどして0-7の8回コールド負け。

秋の大会は2年連続3回戦で敗退し、最後の3年夏も優勝した成立学園に準々決勝で6-8で惜敗した。それでも投手としては最速148キロ、打者としても通算43本塁打を放った潜在能力を広島が高評価。ドラフト2巡目で野手指名された。

◆東京ヤクルトスワローズ 青木宣親(宮崎県・日向卒)

’18年シーズン終了時点で日本プロ野球歴代通算打率1位の3割2分9厘をマークし、一時はメジャーでも活躍した安打製造機の高校時代のポジションは投手だった。’98年の高2時にエースとなり、高3春の県大会ではチームを優勝へと導き、夏の県予選でのAシードを獲得。

だが、肝心の県予選では準々決勝で鵬翔の前に2-7で敗退して3年間、甲子園とは無縁であった。肩を壊してしまったため、進学した早稲田大で野手へと転向した。

◆阪神タイガース 近本光司(兵庫県・社卒)

新人ながら打率2割8分台をキープし、今年のセ・リーグ新人賞最有力候補の近本。高校は強豪私学が顔を揃える兵庫県にあって、春の選抜ベスト4経験もある公立の有力校へ進学。’10年の1年秋からベンチ入りを果たすと、2年時にはチームの主力として夏の県予選ベスト8進出に貢献。

その秋から外野手兼投手に。最後の3年夏は3番打者・2番手投手としてフル回転したが、準々決勝で強豪・滝川二に4-7で敗退し、ついに3年間甲子園に1度も行くことは叶わなかった。

このほか、埼玉西武の源田壮亮、秋山翔吾、千葉ロッテの福浦和也、鈴木大地、ソフトバンクの内川聖一、巨人の阿部慎之助、中島宏之、炭谷銀仁朗、中日の京田陽太、阪神では糸井嘉男らが甲子園不出場組。高校時に大きな輝きを放つことが出来なくても、大学や社会人に進んでからの伸びしろがどれだけあるかが大切なのだ。<文/上杉純也>

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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