須田景凪『パレイドリア』で描かれているのは現実と虚構の狭間なのか?

UtaTen

2019/8/13 17:01

リアリティ×妄想



歌詞全体を見ると、現実に起こっている出来事のように感じるが、そうではない。もし現実で起こったことであれば『パレイドリア』というタイトルに結びつかないからだ。

想いを寄せる相手と付き合ったことを想定して描かれた妄想。恋をすると、“もし、あの人と付き合えたら…”“こんなデートをしたい”“一緒にあんなことをしたい”など、様々な妄想を膨らませることが誰にでも1度はあるのではないだろうか。

パレイドリア




家で、映画を恋人と一緒に観た後、外に目をやるとだいぶ日が落ちている情景が読み取れる。

一緒の時間を過ごせば過ごすほど、恋人への愛は募り、ずっと一緒にいたいと思う。そんなふうに思える相手がいることに、この上ない幸せを感じる。

「不確定深夜 変わらない関係」という歌詞で、一緒にいると時間が経つのも忘れてしまい、どれだけ時間が経っても、関係は変わることはないということが表現されている。

「深夜」は、真夜中の時間的な意味合いと、つらい事もあり、暗く落ち込む時の意味合いも持っているのではないだろうか。時が流れても、暗く沈んだ気分の時があっても、“愛する人がいる”という自分の中の、恋人の存在の強さを強調しているのだ。

理想と現実の違いに対しての葛藤



理想とする幸せな恋愛を描いた歌詞の中には、長く付き合っている恋人達に起こり得る、倦怠期を描いた箇所もある。

変わらないと思っていた関係でも、どちらかの恋愛感情が薄れたり、お互いを知り過ぎた関係になると、今の関係に飽きてくる時があるものだ。そうした時に別れる者もいれば、お互い別れは切り出せず、惰性で付き合うような形になる場合もある。

倦怠期が訪れても、恋人との関係は終わりにしたくはないと悩み、誰かに救いでも乞いたい程の気持ちになっていることが表現されている。

妄想の中で見出したものとは



妄想での恋愛が上手くいったからといって、現実の恋愛が上手くいくかといえばそうではない。いや、そうではないことの方が多いだろう。妄想は自分の理想通り好きなようにできる。

しかし、現実では全く予期しない事が起こり、突如として自分の理想が打ち砕かれるようなこともあるのだ。

「目が廻るような絶え間ない堂々」と歌詞にあるように、妄想の中の自分の姿は堂々としていて、何が起こっても動じることなく、ずっと恋人のことを愛し続けることのできる頼もしさがある。

妄想の中の自分や恋愛の形を、現実にそのまま反映することは容易ではない。

しかし、妄想をすることによって、“こんな自分になりたい”“こんな恋愛がしたい”という現実に希望を抱くことができるのだ。

TEXT 蓮実 あこ

当記事はUtaTenの提供記事です。

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