【サイコパス】恐怖を感じないいじめられっ子が操る、いじめさせられる恐怖

ギャグ漫画だと気がつくのにしばらくかかった。


(これはダメおやじだ!)

ダメおやじは古谷三敏とファミリー企画による70年代のヒットマンガだ。主人公のダメおやじは本当にダメなので、オニババと娘と息子2人にいじめられまくる。いじめられまくるというか、拷問? 焼けたアイロンを押し当てられ、釘バットで殴られ、頭に釘を打たれ、農家に行けばフォークで串刺し。

マンガじゃなきゃとっくに死んでいる。

ギャグマンガも人権と不謹慎でがんじがらめの21世紀。


 70年代は異常なバイオレンスもストレートにギャグにできたが、21世紀はそれでは笑ってもらえない。ギャグマンガも人権と不謹慎でがんじがらめだ。

『いじめるヤバイ奴』はいじめる側といじめられる側の主客逆転により、この難関をクリアした。いじめっ子(?)の仲島は、いじめなきゃいけない宿命にひたすら文句を言いつつ、斬新ないじめを考えて乗り切ろうとする。そんな仲島はいじめられっ子(?)の白咲にとって常に無能ないじめっ子だ。仲島はまるでダメおやじのように、いじめが足りないと白咲に拷問されるのだ。オニババとダメおやじの無限ループ! 『いじめる……』は21世紀のダメおやじ、新しくも正統なバイオレンスギャグなのだ。

しかし不思議なのは、なぜクラスメイトが言いなりになるのか、なのだ。仲島が大暴走中なのはわかるが、だからといって、周りが仲島の言いなりになって、「死んだ方がいいよな」「さすがですな」とか、先生に至っては、白咲が首から縄ぶら下げているのに「いじめられてないよな?」……ここは笑うとこですね、きっと。

何が起きているのか? 脳にはミラーニューロンという奇妙な現象がある。他の個体が行動するのを見ると、自分が行動しているかのように脳が錯覚するのだ。そして同じ場所の神経細胞が発火する。動物ではミラーニューロンが発見されているので、人間も同様の神経細胞があると考えられている。

相手が何かをつかもうとした時、手の動きを目で追って、何をつかもうとしているのか確認してしまうのは、ミラーニューロンの働きだ。相手が何をつかもうが関係ないと言えば関係なのだが、脳は勝手に反応する。

ミラーニューロンは行動だけではなく、情動にもリンクする。たとえばAVを見てムラムラするのは、自分が男優か女優かカメラマンかわからないが、そのシチュエーションの誰かと鏡に写っているかのように同化し、その相手の気持ちになってしまうからだ。男優がムラムラしているかのように自分もムラムラする。

マンガも映画も小説も、多くの文化が他者への感情移入を要求する。それを可能にするのがミラーニューロンなのだ。

この理屈でいくと、恋人同士の動きがシンクロするの理解できる。男が腕を組めば女も腕を組み、女が髪を触れば男も頭のあたりに手をやる。すべて無意識に行う。この無意識な動作が情動もリンクさせ、恋愛感情を高めていく。もし、もてたければ、相手の真似をすればよい(?)。

人間は集団化する動物であり、そのための手段として無意識であれ意識的であれ、相手の真似をする、集団で同じことをする、という脳の仕組みを発達させたのだ。

同じ動作をすることで集団の一体感が増すというのは、体育や合唱などでみんなで同じ動きをすると妙に結束感が増すことで誰もが経験している。

仲島たちのクラスで起きているのは、仲島とのミラーリングだ。いじめられたくない=いじめる側と寄り添う、同化する。これにより、クラス全体が仲島となり、白咲になることを避けることになる。

自分さえ助かればいいという気持ちと脳の機能が結びつき、あの醜悪なクラスを生み出しているわけだ。

『いじめるヤバイ奴』

白咲の恐ろしさ。


 一方で精神病質者=サイコパスや集団心理の恐ろしさも緻密に描かれている。

いじめられる白咲もいじめる白咲も、いつも淡々として感情の波がない。痛がったり嫌がったりおびえたりと激しく感情が動く仲島とは対照的だ。
  • 『いじめるヤバイ奴』
  • 『いじめるヤバイ奴』

 白咲はサイコパスだ。

サイコパスと聞くと大量殺人犯を思い浮かべるが、ほとんどのサイコパスは優秀な頭脳を持っている。彼らは冷淡で他者への共感がほぼない。共感がないので、非情な決断や相手への攻撃に躊躇しない。恐ろしく合理的に自分を守るが、何かを恐れたり警戒したりすることはない。異常な集中力を持ち、罪悪感を持たない。総じてIQは高く、会話がうまく、魅力がある。彼らは成功者の条件をすべて備えている。

サイコパスの脳を調べると、多くは傍辺縁系という脳の基底部を取り巻く部位に異常があるらしい。この部位は感情のコントロールや論理的思考など人間を人間たらしめる機能を担っている。

中でも眼窩前頭皮質と扁桃体は感情に大きく影響する。

眼窩前頭皮質は人間の意志決定を生み出す部位で、いわゆる損得を勘定して、衝動を抑えたり、周りと協調したりする。ここが壊れると協調性がなくなり、感情を抑えられなくなる。ちょっとした言い争いで頭に血が上り、後先なく相手を徹底的に痛めつけてしまう。白咲は相手と話し合う間もなく、躊躇なく自分の敵対者にアイスピックを突き刺す。常人よりも桁違いに怒りの沸点が低い。眼窩前頭皮質に異常があるに違いない。

扁桃体は感情を生み出す。怖いという感情があれば、足がすくんだり汗をかいたりといった恐怖反応が起きる。この指示を出すのが扁桃体で、扁桃体が働かないと脳は恐怖を感じない。

アイオワ大学の臨床心理学者の報告では、遺伝的に扁桃体が機能しない44才の女性は、一般的に恐怖される蛇や蜘蛛、ホラー映画、死などに一切恐怖を感じなかった。蛇を嫌う反面、平気で触ることができたという。扁桃体は集団性にも関係していて、メダカの扁桃体を切除すると群れを作れなくなる。

白咲は扁桃体にもエラーがあるのだろう。恐怖や羞恥がなく、協調も共感もない。つまり周りを人間と思っていないということだ。白咲は何度か人前で裸にされるが、平然としている。周りはただのモノなので恥ずかしくもなんともないのだろう。扁桃体の異常で、羞恥心自体がない可能性もある。

■白咲は痛みを感じない

しかし痛みはどうなのか?

仲島に自分の歯を抜かせたり、鉄条網を素手で押し広げたり、白咲は平気で自分の体を傷つける。サイコパスといえども苦痛だろう。なぜ白咲は平気なのか?

傍辺縁系にある島という部位は、怒りや恐怖などの感情と痛みを関連付ける。痛いと涙を流したり、避けようと体をよじったりするのは島が痛みと感情と身体を結び付けるからだ。また心の痛みや催眠による痛みの暗示、他者が傷ついた時にも島は活発に働く。

痛みが気の持ち方で大きく変わることは誰しも経験があるだろう。注射は痛いが、気をそらした一瞬で針を刺されると案外痛みがなかったりするし、逆に針を刺すところを見ながらでは、痛みが強烈になる。これは島の働きだ。島が活性化することで、痛みが過去の体験と恐怖に結びつき、より大きな刺激となるわけだ。

傍辺縁系が機能不全を起こしているサイコパスは、島の機能も低下している。

普通、痛みを与えられそうになると、目にアイスピックを刺されそうになった仲島のように、恐怖に汗をかき、体を守ろうとする。しかしサイコパスである白咲は、痛みを恐れない。

サイコパス判定で高いスコアが出た被験者に、何かに集中している時に電気刺激を与えても、まったく痛みを感じなかったのだそうだ。また強烈な腐敗臭を嗅がせたり、大怪我をした人の写真を見せるなど、どういう状況であれ、一般的には生理的な嫌悪感が先立つ刺激にも無関心で、手に汗すらかかなかったという。

白咲は痛みを感じない。島が働かないので、相手の痛みを我が身のように感じることもない。だから他人に痛みを与えても平気だ。

■白咲は匂いがわからない

『いじめるヤバイ奴』

仲島にニセのウンコをかけられた時、周りは臭い臭いとパニックになるが、白咲は薄笑いを浮かべるだけだった。修学旅行で納豆まみれにされた時も、まったく動じていない。白咲は臭くないのか?

眼窩前頭皮質は嗅覚と密接に結びついている。嗅覚神経は眼窩前頭皮質を通り、意識の中心である前頭前野へ接合している。臭いを知覚させるのは鼻ではなく、眼窩前頭皮質なのだ。

オーストラリアのマッコーリー大学心理学部によると、人格障害と判断された79人の嗅覚能力を検査したところ、臭いをかぎ分ける能力が低く、人格障害のスコアが高いほど嗅ぎ分け能力が低いことがわかったという。

白咲は仲島の歯を抜いたり、爪を剥ぐ拷問を行う。爪や歯を選ぶ理由は簡単だ。痛みの割にダメージが少ない。爪はまた生えてくるし、歯は差し歯にすればいい。他の部位ではそうはいかない。目も耳も替えが効かない。

白咲は仲島の鼻にアイスピックや木切れを刺す。これは鼻が大したダメージにならないと白咲が考えているからではないか。自分の嗅覚が弱いため、鼻が重要だとは思えないのだ。爪や歯と同じレベルの、ダメージの少ない器官だと考えているから、鼻に拷問をするのかもしれない。

■白咲の殺気の正体

作品中、白咲が殺意をむき出しにしては周りが圧倒されるシーンがある。時代劇マンガに出てくる殺気のようなものだが、最近の研究で、殺気のように感情を相手にぶつけることが可能だとわかってきた。心臓の磁界が相手の磁界と共振するらしいのだ。

米ハートマス研究所によれば、心臓から出る磁界は脳波の60倍も強力で、1~2メートル先でも測定可能なのだそうだ。そして感情は心臓の磁界の周波数を変化させる。喜びには喜びの、殺意には殺意の周波数がある。

さらに同じベッドで寝ている夫婦やペットと飼い主では、心拍数と脳波が同期する。心臓から出る磁界が同期し、その結果、心拍数と脳波が同期したのだと考えられる。

白咲の放つ殺意の磁界は、周りを巻き込む。殺意を持つ人間は闘争状態だ。相手を殺そうとしているのだから。巻き込まれた相手の体も、闘争状態に入る。交感神経が活発化し、脈拍は増加、末梢神経は収縮し、鳥肌が立つ。手足は冷える。急に寒くなったように感じるはずだ。クラスメイトたちが寒くなったというのは、白咲の心臓が放つ、強力な磁界に巻き込まれた結果なのだ。

『いじめるヤバイ奴』

この救いのない、サイコパスが行きつく先はどこなのか?

白咲は仲島との関係が始まってから、白髪に変わっている。昔から、恐怖によりひと晩で髪が白くなったという説話がある。有名なところでは、マリー・アントワネットがひと晩で白髪になったと伝えられている。

アラバマ大学バーミンガム校の研究で、ストレスで白髪になるメカニズムが判明した。ストレスによって体の免疫機能が異常に亢進、免疫物質のインターフェロンが大量に分泌される。その副作用として、インターフェロンが髪の毛の色素に関する遺伝子のスイッチを切ってしまうのだ。

ひと晩で髪の毛が白くなることはないが、ある日を境に、その日から伸びてくる髪の毛が白髪になることはある。

白咲は仲島との歪んだ関係に極度のストレスを感じているのだ。感情のないサイコパスの中にある、唯一の人間らしさである。

白咲の白髪が黒くなる時。


 ダメおやじは、後半、一転してまったく別の話になる。ダメおやじは性格の良さを評価されて大会社の社長になり、大金持ちになる。いじめられるどころか、みんなに尊敬され、オニババと幸せな生活を送るのだ。

この物語がダメおやじの流れをくむなら、最後には救いがあるだろう。白咲と仲島はハッピーエンドを迎えるだろう。きっとその時、白咲の白髪は黒髪へと変わることだろう。

本の紹介

いじめるヤバイ奴(4)

いじめるヤバイ奴(4) 表紙画像

彼女は過激にいじめられたい。

要求はただ1つ。
「死ぬまで私をいじめ続けろ。」
Amazon

当記事は講談社コミックプラスの提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

もっとよむ

注目ニュース

もっとよむ

あなたにおすすめ