「いだてん」来たぜロサンゼルス。田畑政治(阿部サダヲ)はなぜかくもメダルにこだわるのか、真相29話

エキレビ!

2019/8/11 09:45

1932年7月、田畑政治(阿部サダヲ)が総監督として率いる日本水泳陣がロサンゼルスオリンピックに向け、ついにカリフォルニアにやって来た。NHKの大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」先週8月4日放送の第29話での話だ。


ロスに来て奮起する高石
今回のもう一人の主人公は、高石勝男(斎藤工)だった。高石は前回のアムステルダムオリンピックで銅メダルを獲得していたものの、その後年齢的に実力は衰えていく。一方で、次々と若い選手が現れ、めざましい成長を遂げていた。そのなかにあって田畑は高石に対し、ロサンゼルスには連れていくが、それは選手としてではなく、チームを束ねるための「ノンプレイング・キャプテン」としてだとはっきり告げていた。

しかし、まだ望みが完全に断たれたわけではない。日本代表の最終選考はロサンゼルスに入ってから、オリンピック開幕直前に行なわれることになっていた。そこで高石は、後輩たちが練習している昼間は避け、夜に一人プールに通っては練習を重ねる。じつは田畑の本心も、あえて高石を厳しい状況に追い込むことで奮起させようという狙いがあった。それを知った高石は何とも言えない気持ちになる。

はたして最終選考を終えて、代表が発表された。だが、そこで田畑の口から高石の名前が呼ばれることはなかった。それでも高石の表情は晴れやかだった。そこにはとにかくやり切ったという達成感があったからだろう。

暗い日本を明るくしたい!
前回、第28話では、満州事変に続き、5・15事件と不穏なできごとが続いた。それが今回は一転して、カリフォルニアのカラッとした青天のもとで水泳に打ち込む選手たちの姿が生き生きと描かれた。選手村に入った田畑たちがいきなり歌って踊り出すミュージカル仕立ての演出があったかと思えば、男子選手たちが、遅れてロス入りした女子選手と合同で練習することになり(日本ではそういう機会がなかった)、がぜんやる気を出すという描写は、いかにも宮藤官九郎の青春ドラマっぽかった。そんな描写のあいまに、このころ語り手の古今亭志ん生(森山未來)の一家が引っ越した業平橋の長屋はジメジメして、ナメクジが這いずりまわっていたという話が挿入されるのが、じつに好対照をなしていた。

ただ、日本水泳陣がいくら楽しく練習していても、時代の雰囲気にはあいかわらず重苦しいものがあった。新聞紙面も、不況や失業、満州問題など暗いニュースばかり。田畑はこれに対し、せめてオリンピックの期間中だけでも世の中を明るくしたいと思っていた。そのために、日本選手の活躍を書いた予定稿を速記係の酒井菊枝(麻生久美子)に渡してから出国し、選手たちにも絶対にメダルを獲るよう口うるさく言ってきたのだ。監督の松澤一鶴(皆川猿時)も、いままでなぜ田畑がそこまでメダルに執着するのか疑念を抱いていたが、本人からそう聞いてやっと納得する。

ロサンゼルスには多くの日系移民が住んでおり、日本選手団を歓迎してくれた。当時のアメリカ社会では移民に対する差別も根強く(1924年には日本移民を制限する排日移民法も成立していた)、現地の日系人は肩身の狭い思いをしていた。それだけに、日本料理店では日系人の主人(大西武志)から田畑に、勝って自分たちの鬱憤を晴らしてくださいと激励される。だが、同じ日系人でも、店で働く若い女性(織田梨沙)は、「日本人嫌われ者。勝ったら、二世、いまよりひどい目にあう」「日本人、スポーツ勝てない。勝てるはずがない」と冷ややかだった。

そんなふうに日本人が目の仇にされているアメリカで、日本の選手たちが劣等感を感じることはなかった。これについて鶴田義行が、去年、田畑が日米対抗戦を仕掛けて買ったからじゃないかと口にする場面もあった。いや、それは、このとき高石がツッコんでいたように、田畑をやや買いかぶりのような気もするが……。ともあれ、日本の選手たちはオリンピックを前に自信に満ちあふれていた。

1940年の東京オリンピックの行方はいかに?
1932年当時のアメリカは、1929年に起こった世界大恐慌からまだ抜け出せずにいた。時の大統領フーバーは、本来ならオリンピックの開会式で開会宣言を行なうはずが、不況への対処のため欠席せざるをえなかった。ちなみにこの年の大統領選では、共和党のフーバーを下して民主党のフランクリン・ルーズベルトが当選し、翌年就任するや不況打開のためニューディール政策をスタートさせる。

不況下だけにアメリカ国内ではオリンピック開催への風当たりは強かったが、ロサンゼルス大会を主導したビル・ガーランドという人物は、「オリンピックは、アメリカ政府などというケチなところがやるんじゃない。ロサンゼルス市がやるんだ」と意に介さなかったという(鈴木明『「東京、遂に勝てり!」1936年ベルリン至急電』小学館ライブラリー)。ロサンゼルスはこの52年後の1984年にもオリンピックを開催し、開催費用は税金に頼らず、スポンサーやテレビ放映権を売って得た収入で一切をまかなったことでオリンピック史のエポックとなったが、その下地は1932年の時点ですでにつくられていたのかもしれない。

さて、ロサンゼルスには、日本水泳陣よりやや遅れて体協名誉会長の嘉納治五郎(役所広司)もやって来た。東京市長の永田秀次郎(イッセー尾形)より託されて1940年のオリンピック東京開催をIOC総会で懇願するためである。きょう放送の第30話でいよいよ開幕するロサンゼルスオリンピックでの選手たちの活躍とあわせて、東京オリンピックの行方にも注目したい。(近藤正高)

※「いだてん」第29回「夢のカリフォルニア」
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺・古今亭志ん生:ビートたけし
タイトルバック画:山口晃
タイトルバック製作:上田大樹
制作統括:訓覇圭、清水拓哉
演出:西村武五郎
※放送は毎週日曜、総合テレビでは午後8時、BSプレミアムでは午後6時、BS4Kでは午前9時から。各話は総合テレビでの放送後、午後9時よりNHKオンデマンドで配信中(ただし現在、一部の回は配信停止中)

当記事はエキレビ!の提供記事です。

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