若き天才ストライカーが輝きを失った理由「あのシュートさえなければ…」


今年6月、18歳の若さでA代表デビューを果たし、スペインの名門・レアル・マドリードに移籍した久保建英より前に18歳で日本代表入りを果たした天才ストライカーが、11日に放送されるTBSのドキュメントバラエティー『消えた天才』(18:30~)に出演。高校生で日本代表入りしたにも関わらず、その後、一度も代表に選ばれることなく姿を消した理由に迫る。

天才は高校3年で20歳以下の日本代表に招集され、国際大会でハットトリックを達成。その得点力が認められ、元日本代表監督の岡田武史ら実業団に所属する20代の選手が名を連ねる中、天才は唯一高校3年で代表入りを果たした。

その天才について、Jリーグの初代チェアマンでサッカー元日本代表監督でもある川淵三郎氏は、「天才的」「強烈なシュートを持っていた」と絶賛。さらに、元日本代表のディフェンダー・都並敏史も「当時の高校生で飛び抜けてスゴかった」と、天才のプレーに驚愕したという当時を振り返った。

また、天才が決めた“伝説のスーパーゴール”の映像を見た現役日本代表で海外のリーグでも活躍する乾貴士(エイバル)と中島翔哉(ポルト)も、「今(の自分)でも決められない」「スゴい。試合では決められない」と規格外のプレーに驚愕した。

しかし、天才は高校卒業後、実業団に所属するものの4年間で決めた得点は0。そして、その後なぜか天才は一度も日本代表に選ばれることなく、サッカーの表舞台から姿を消した。高校生にして日本代表に選ばれる実力があったにも関わらず、なぜ天才は輝きを失ってしまったのか。番組に出演した天才は、「あのシュートさえなければ…」と、現役日本代表をも驚がくさせた“伝説のゴール”に翻弄された悲劇のサッカー人生を激白する。

当記事はマイナビニュースの提供記事です。

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