「炎上させずに実施できたはず」表現の不自由展中止に出展作家が反論、“少女像”と自身の作品「なぜ一緒にするんだと」

AbemaTIMES

2019/8/9 19:15



 あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が中止となったことを受け7日、出展作家らが会見を開いた。

「今回、この展覧会を中止しますという時に、作家が1人も入っていない。作家の意見が全然聞かれていない。意思も何もはかられていない。作家不在の決定だ。これは本当に芸術展かという。作家一人ひとりの意見を聞きもしないで『はい中止』と。極めて暴力的なやり方だ」

こう怒りを露わにしたのは、出展者の1人で造形作家の中垣克久氏。企画展の中止は正しかったのか、それとも表現の自由として展示は続けるべきだったのか。7日放送のAbemaTV『AbemaPrime』に中垣氏が出演し、その是非について議論した。

■「多様性が欠落した日本人の最も悪いところ」


 もともと様々な理由で展示されなかったり、撤去されたりした作品を集めた今回の企画展。中止に対して、抗議や再開を求めるネット署名が広がるなど様々な議論が行われているが、出展した当の作家の声が聞こえてこなかったのも事実だ。


 少女像の作者の1人、キム・ソギョン氏は「少女像は今回、反日の象徴ではなく平和の象徴として展示会に参加した。私たちもまた、日本の全ての方が少女像に対してただ悪い感情を持っていたのではなく、少女像に対する正しい情報がなくて誤解をされていたのだという考えを持った。一度は(展示場に)来て、見ていただけたらと思う。少女像について『不愉快だ』という感想がどこから始まっているのかと、少女像を直接見てからご意見をしていただけたらと思う」と話す。

今回、中垣氏が出展したのは、「時代の肖像―絶滅危惧種idiot JAPONICA円墳-」という作品。ドーム状の外壁の上に日本の国旗があり、憲法9条尊重、靖国神社参拝批判のメッセージ、特攻隊の寄せ書きなどが貼られ、ドームの中にはアメリカの国旗が置かれている。以前の展示では政治的なメッセージ性が強いという理由で撤去されたが、今回は「idiot JAPONICA円墳」、直訳すると「馬鹿な日本人の墓」というタイトルが独り歩きする形で、批判的な声が多くあがった。飾られた国旗は、中垣氏の義理の父が出征に備えて準備していたものだという。


 作品を出展した経緯について、中垣氏は次のように説明する。

「最初、表現の不自由展実行委員会から私のところに(作品を)出してくれと。ただし、普通には出さない。隠して出す。そう言われた時に、『それはおかしいんじゃないか。堂々と出したらどうか』と言ったら、『中に慰安婦の像がある。これは今出したら問題だから』と言われた」

この“隠す”が意味するのは、作品の展示内容を事前に開示しないこと。中垣氏はこれに怒りを覚えたといい、「ちょっと作家を馬鹿にしてんじゃないの。俺たち芸術家だよと。自分で作ったものをそういう風に出したこともないし、尊厳はないのかということを言った。そうしたら、『慰安婦の像で問題になるだろうから』と。炎上することを最初から分かってやったのかなと、後からそういう気がした」と明かした。

「炎上すると想定できるのなら、もっと前もって言って、これを置くことによっていろいろな問題が出てきますよと。『それを置いてみんなで問題提起をしあおうよ』という形に持っていけば良いじゃないか」と、中垣氏は津田氏に電話かけたというが、「我々出品者の名前・情報が事前に出ていない。こういうことはあり得ないぞと言ったら、『必ず後で出す』と。それがこんなに紛糾して、結局こういう形になってしまった」と悔しさを滲ませる。


 今回の件は「炎上させずに実施できたはず」と話す中垣氏。展示が中止になってしまったことについては、「ものすごく残念。僕は自分の作品をみんなが見て大笑いするんじゃないかと思って作った。僕はいつもユーモアのつもりで作っているが、みんな怒ったり、『排除しろ』『これはなんだ』と。日本人は多様性に対応できる頭脳と能力が全然ないということを、今回僕はしみじみ痛感した」と語った。

さらに、ドイツ・ベルリンの展示会を訪れた際、ヒトラーやナチスについての展示があったことを紹介し、「日本という国は、70年前の戦争についてきちんと精査して調査したものを資料館に置いたりして、『私たちはこういうことをやったのだ』『この悪行を絶対しないように、未来永劫これをつないでいこう』という、歴史的な知性がどうしてないのだろう。これは多様性というものが欠落した日本人の最も悪いところだなと思って僕は驚いた」と述べた。

■「思想に偏りがあってもいいが、善悪の弁別は必要」


 企画展を視察し中止を要請した河村たかし名古屋市長は「国民の心を本当に踏みにじるのではないか」と述べたが、人に見せてはいけない“アート”は存在しうるのか。例えばヘイトスピーチ、マイノリティーに対して怒りや憎しみを煽るような作品は展示していいものなのか。


 この質問に中垣氏は「(展示は)悪いだろう」と断言しつつ、「僕が考えるのは、善悪を弁別する心があるかないか。善というのは、良心。万が一の時は、(展示会の)中止を求めるということがあってもいい」との考えを説明。その上で、企画展が開催から3日という早い段階で中止となったことについては「ディスカッションする時間をもっと持つべきではないか。会期の間でもいいし、(騒動について)議論していること自体が、実はトリエンナーレだったという形でもいい」と、議論も含めて展示会にする考えもあると訴える。

一方で、今回の作家や作品には「芸術監督の思想が入った偏りがあるもの」という声もある。これに対し中垣氏は「私は偏っていてもいいと思う。その次にまた別の方に偏っても、それを受け入れる。多様性に対応できるものがないとダメなんじゃないかなと思う」と反論。

また、そのためには前述の“善悪の善がわかること”が大前提だと指摘。今回、説明なく自身の作品と少女像などが並んだことについては、「なんで一緒にいなきゃいけないのと。あれは工芸と一緒で“用の美”、使用するための美だ。僕たちはファインアート(純粋芸術)で、なんの意味もなく作っている。例えば、僕が政府を批判するなら、あんな難しいことを2カ月も3カ月もかけてやるわけない。あの少女像は『みんなで慰安婦の問題をやろう』とするテーマ、シンボルにしたわけで、それならゆるキャラと一緒。それと俺をなんで一緒にするんだよと。最初から聞かされていなく、なぜそういうものが美術の中に入ってくるのか違和感が拭えなかった」と複雑な思いを語った。


 では、最初から趣旨が説明されていたら、自身の作品の出展を許可したのか。この質問には「(出展は)考えたと思う。僕は保守的な勉強をしてきて、ファインアートみたいなものの集団が今回のトリエンナーレだと思った。不自由という枠があるから美術以外のものが出てきてもおかしくないだろうが、そこの整理はしてほしかった」とした。

問題が解決すれば、企画展は再開に向かうのだろうか。中垣氏は「そういう話はなかったが、彼(津田さん)はきっと極めて優しい人。彼は情の時代と言ったが、本当にふっと彼の優しさに引き込まれていく。だから『ちょっと失敗だったっていいじゃん』みたいな、そういうことをふと思った。きっと失敗したんだって自分でも分かっている」と語った。
(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

当記事はAbemaTIMESの提供記事です。

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