YouTubeで宮崎駿監督「名探偵ホームズ」全話配信。なぜホームズは犬だったのか

エキレビ!

2019/7/14 10:00

「名探偵ホームズ」がYouTubeで観られる! しかも全話!


宮崎駿監督や「この世界の片隅に」の片渕須直監督がスタッフとして参加したことで知られる名作アニメ「名探偵ホームズ」のTMSアニメ55周年公式チャンネル」での期間限定全話配信がスタートした。7月12日現在1話から5話までが公開されている。

コナン・ドイルの世界的な推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズに大胆なアレンジを加えてアニメ化したもので、テレビ放映されたのは1984年から1985年にかけて。テレビ放送前には映画『風の谷のナウシカ』と劇場で同時上映されていた。

ホームズものといっても推理小説的な要素は少なく、殺人事件もない。パイプたばこと化学実験が大好きなホームズ(広川太一郎)は若く健康的で、美人に弱い相棒のワトソン(富田耕生)は信頼できる好漢。悪事は天才・モリアーティ教授(大塚周夫)の一味が一手に引き受け、毎回、朗らかなドタバタアクションが柔らかなタッチで繰り広げられる。子どもから大人まで楽しめる作品であり、なんなら子どもに最初に見せる宮崎アニメとしても最適なんじゃないかと思う(短いし)。

とにかく豪華なスタッフ・キャスト陣
監督は宮崎駿だが、担当しているのは全26話中6話のみ。それでも宮崎は企画当初から深くかかわっており、作品の基本的な方針やテイストを決めたほか、全26話分のあらすじも出来上がっていたが(モリアーティ教授のおじいさん、モリアーティ大佐が登場予定だった)、製作そのものが頓挫してしまった。その後、企画は復活したが、宮崎はすでに別の仕事に入っており、残りの話数は『ルパン三世』(77年)や『ガンバの冒険』(75年)などで演出を務めた御厨恭輔が監督を務めた。

もうひとり、作品に深くかかわっていたのが片渕須直だ。日大芸術学部映画学科に在学中、恩師である池田宏(「空飛ぶゆうれい船」演出など)から誘われ、宮崎駿が準備している新作TVシリーズ(「ホームズ」のこと)向けにシナリオを書いて提出。それが採用されて5話「青い紅玉(ルビー)」となった。片渕はそれまでシナリオを一度も書いたことがなかったという。他に3話分の脚本を執筆したほか、演出補として製作に携わっている。当時のアニメ誌のライターの間では「脚本の片渕須直とは宮崎駿のペンネームだろう」という噂が流れていたらしい。

キャラクターデザインは後に「耳をすませば」(95年)を監督する近藤喜文、原画には「ルパン三世 カリオストロの城」(79年)のカーチェイスシーンを描き、「ルパン三世 PART IV」(15年)の総監督を務めた友永和秀、ジブリの諸作品や「君の名は。」(16年)などにも参加した田中敦子らが名を連ねている。近藤の容姿はモリアーティの部下のスマイリー、友永はトッドのモデルになった。ノンクレジットだが大塚康生(「なつぞら」で麒麟・川島が演じる下山のモデルとされるアニメーター)も参加している。ジブリ作品を多く手がけた美術監督の山本二三は、背景の煉瓦の色を一個一個変えるなど徹底的なこだわりを見せて美しい画面を作り上げた。

主人公のホームズ役を演じたのはダンディーな役柄を演じさせたら天下一品の広川太一郎。時折出てくる「あんにゃろめ」のようなフレーズもまた広川節。ワトソン役の富田耕生、モリアーティ役の大塚周夫、ハドソン夫人役の麻上洋子などが脇を固め、ゲストに神谷明、田中真弓、山田栄子、横沢啓子、永井一郎、野沢雅子、速水奨ら主演級の声優たちが顔を揃えた。ちなみに25話に登場した小悪魔的な少女ピュリーを演じたのは、放送当時「くりいむレモン」シリーズで人気を集めていた及川ひとみだった。

お蔵入りしかけた「名探偵ホームズ」
「名探偵ホームズ」は一時、作品がお蔵入りの危機にあった。宮崎駿が6話分しか監督していないのは、その余波である。企画が復活した後は、制作体制がまるごと変わってしまった。

もともとはイタリアの国営放送局RAIが制作会社REVERに制作を発注し、REVERが東京ムービー新社(TMS)に共同制作を持ちかけて実現した企画だった。国内向けのTVシリーズ制作に困難を感じていた東京ムービー新社が海外に活路を見出そうとしていたタイミングとも重なった。イタリアとの共同制作の後、アメリカの三大ネットワークに売り込みをかけることで製作費を回収しようとしたのだ。アニメーション制作は、テレコム・アニメーションが担当した。宮崎駿は「アニメージュ」誌に連載中だった「風の谷のナウシカ」との掛け持ちで不眠不休だったという。

ところが、イタリア側からの制作資金の送金が止まってしまったため、82年の夏に制作は一時中断。コナン・ドイルの遺族との権利問題が解決しなかったからとも言われている。宮崎は高畑勲とともに日米合作「ニモ」に参加することになるが、結局「ニモ」への参加も断念し、同年10月にテレコム・アニメーションを退社。一時、失業状態になるが、ここから「風の谷のナウシカ」の映画化が本格始動する。

お蔵入り状態だった「名探偵ホームズ」だが、「風の谷のナウシカ」を製作する徳間書店によって拾われ、音声を入れて同時上映されることが決まった。同社刊行のアニメ誌「アニメージュ」のイベントで無音状態のまま上映が行われたこともある。「風の谷のナウシカ」の制作に没頭する宮崎の指示を受けて、音響まわりの仕事を片渕が行っている。後見人として高畑も手伝っていた。

「青い紅玉」と「海底の財宝」を2本セットにした劇場公開版「名探偵ホームズ」が完成(このときは声優も音楽もTVシリーズとは異なる)。劇場公開をきっかけとして制作が再開され、先に仕上がっていた6話に別スタッフによって制作された20話を加えた合計26話のTVシリーズとして84年11月より放送が開始された。

なぜホームズは犬になったのか?
ホームズを犬のキャラクターにしたのは、イタリアREVERのマルコ・パゴットによるもの(クレジットは「オリジナル・アイデア」。彼の名前は後に「紅の豚」の主人公、ボルコ・ロッソの人間の頃の名前として使われた)。ただし、最初はかなり違ったテイストの絵で、宮崎駿の指示によって今のデザインに変えられた。ホームズのモデルはボーダーコリーとされるが、当初はグレイハウンドのように耳がたれて不健康そうな顔をしていた。

そもそも宮崎自身は最後までホームズたちが犬であることには乗り気ではなく、「最後まで引きずっていた」「思い入れする対象がなくて」などと振り返っている。

ハドソン夫人については、最後まで人間にすることを主張しており、宮崎が描いた人間版ハドソン夫人のイメージボードも残っている。「彼女の前にいくとどんなエラそうなことをいっていても、ただのイヌコロだ、それでも精いっぱい虚勢を張っているイヌがホームズだ」というアイデアを強硬に主張したが、イタリア側のみならず、テレコムのスタッフ全員に反対された。

宮崎がテレコム・アニメーションを退社したときに開かれた送別会では、集まった若手スタッフにこう投げかけたという。

「なぜホームズが犬であることに疑問を抱く奴が誰もいなかったんだ?」

さすが宮崎駿というほかない。

それはともかく、とてもいい作品なので、お子さんがいる方などはぜひYouTubeでご覧ください。

参考
WEBアニメスタイル「β運動の岸辺で」片渕須直
テレコム・アニメーション 座談会「名探偵ホームズ」
叶精二「宮崎駿全書」
宮崎駿「出発点 1979~1996」

(大山くまお)

当記事はエキレビ!の提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

もっとよむ

注目ニュース

もっとよむ

あなたにおすすめ