暗闇でも人は踊れる “怒り”や“恐怖”、“悲しみ”を表現するヒットソングの増加と、時代の気分

wezzy

2019/7/14 15:05


 近年、欧米のチャートを賑わせるヒットソングの傾向にとある顕著な変化が見られることが、2つの研究調査で判明した。それは、歌詞や曲調に"悲しみ"や"怒り"など、ネガティブな感情を表現した曲が過去に比べて増加したというものである。

現代のポップミュージックにおけるネガティビティ増加の原因とは一体何なのだろうか。そして、最新のアーティストたちはネガティブな感情に乗せどんなメッセージを発信し、リスナーはどのようにそれを享受しているのだろうか?
ヒットソングの傾向"暗くて踊りやすいトラック"
 ローレンス工科大学のLior Shamir氏は、1951年から2016年までの間にHot 100にチャート入りした6,150曲のシングルの歌詞を収集、それらの内容を分析した。この調査に使用したソフトウェアは、悲しみ、恐怖、嫌悪、喜び、外向性など、さまざまな感情状態や性格特性の言語マーカーを識別するようにプログラミングされたもので、例えば、世界的ヒットソングのBonnie Tyler『Total Eclipse of the Heart』(1983年)の主な感情は“悲しみ”であり、その感情のスコアは最大値1のうち、0.51と識別される。一方、日本では西城秀樹によるカバー版もお馴染みとなったVillage People『YMCA』(1978年)は“喜び”で0.65、昨年『ボヘミアン・ラプソディ』の公開で再注目された楽曲、Queen『We Will Rock You』(1977年)は“外向性”というスケールで0.85を記録している。

Shamir氏はこのソフトを使用して各年の感情スコアを平均値化し、それらがどのように変わっていったかを計測した結果、65年前と現代では怒りと嫌悪感の表現は約2倍になり、恐怖は50%以上も増加したことが分かった。特筆すべき点は、今日のヒットソングはパンクの全盛期よりもさらに攻撃的な内容が多く含まれているというデータである。また80年代まであまり増減の変化が見られなかった悲しみの感情スケールは、その後2010年代初頭まで着実に増加し、一方で喜び、自信、そして開放感の表現は着実に減少しているという結果が出た。「50年代後半と比較すると、現代のポップミュージックの歌詞には非常に大きな違いがある」とShamir氏は指摘した。「歌詞に怒り、恐怖、悲しみの表現が増加し、そして喜びが減少した。これは、非常に一貫した明確な変化といえる」。

また、カリフォルニア大学のNatalia Komorova氏の研究によると、歌詞の内容だけではなく曲調による感情表現にも変化が見られるという。Komorova氏はAcoustic Brainzという、メジャーコードやマイナーコード、またテンポなどの音楽的特性を抽出するデータベースを使用し、1985年から2015年の間に英国でリリースされた50万曲のスコアから曲調の傾向を分析した。この場合の曲調による感情表現というのは、音楽心理学に基づいた実証研究の結果を拠りどころとしたものである。

その結果、1985年と比較して現代の音楽シーンでは、Pharrell Williams『Happy』(2013年)やRihannna『Diamonds』(2012年)に代表されるような“幸福”と“明るさ”を感じる音楽的要素を主とする楽曲は減少傾向にあるという。代わりに、Robyn『Dancing on my Own』(2010年)やCharlie XCX『Pop2』(2018年)で使用されるような、倍音の減少や特定の和音によって生成される“悲しみ”“怒り”の要素は過去30年ほどで増加していることが判明したという(この結果はあくまで全体の傾向であると強調されている)。しかし一方で、リズムの特性としては「踊りやすさ」が過去30年間で増加したということも明らかになった。ここでKomorova氏は先述のShamir氏の研究結果を引用し、ネガティブな感情を歌う内容に比例して踊りやすいリズムで構成された楽曲が増えていると分析、Beyoncé『Lemonade』(2016年)を例に挙げ、"暗くて踊りやすいトラック"が近年の聴衆に求められていると解説している。
ポップミュージックの変容とSNS
 このような近年のポップミュージックの変容についてBBCの取材に応えたレコードプロデューサー、シンガー、ソングライターのMike Bat氏は、今日のポップミュージックにおけるネガティビティは社会的変化に起因されているだろうと語っている。「ポップミュージックは、故意であろうとなかろうと、社会を映す鏡となる傾向がある。または少なくとも世界で起こっていることによって影響を受けるものだ」。「ソーシャルメディア世代は日常のなかで強く明確に表現されたストレスを経験している。政治や宗教的、人種的な緊張の中に存在する攻撃性はいつの社会も普遍的に抱えるものだが、今日の若者はSNSなどを通じ、より頻繁にそしてより直接的に直面するものとなっている。これは私たちの歌に反映されるはずだ」。

ネガティヴな感情がエンパワーする
 しかし、この世界を彩るヒットソングは、聴衆をただただネガティヴな感情に浸らせているわけではない。"悲しみ"や"怒り"、“孤独感”をもって人々を牽引するヒットソング4曲を例に、今日の聴衆がポップミュージックに求める現代特有のエンパワーメント法をみていこう。

1.『thank u,next』Ariana Grande(2019年)
 失恋ソングでありながら、今までの元彼たちに“あなた達がいたから私は先に進める”と感謝する内容。これまでの失敗や悲しみを嘆くのではなく「Thank you,next(ありがとう、さあ次よ)」と受容していく歌詞は、2017年にマンチェスターで開催した自身のコンサート会場でテロが発生したことによりPTSDを患ったのち、昨年元恋人を亡くす痛ましい経験をしながらも決してマイクを離さなかったアリアナの強い想いが込められている。

2.『New Rules』Dua Lipa(2017年)
 自分を愛していない男性に入れこんでしまっている自分自身、そしてすべての女性たちに向け「彼の電話は絶対にとるな」「また追い出す羽目になるだけなんだから、家に入れちゃダメ」「どうせ彼のベッドで目を覚ますことになることは分かっているでしょう?彼の友達にならないで」など"新しいルール"を提案することで、慰めるのはなく具体的な策を与える。女性たちの連帯を見事に表したMVも秀逸。

3.『Kill This Love』BLACK PINK (2019年)
 自分自身を大切にするために、いまの悲しみを絶とうというメッセージが「この恋を終わらせなければ、あなたがダメになる Let's kill this love」というサグなリリックと壮大なホーン、大迫力の低音ビートで構成された楽曲で伝えられる。MVに登場する巨大な殺人装置(?)も話題となった。

4.『bad guy』Billie Eilish(2019年)
 脱力したボーカルとダウナーな曲調によって“Dancing in the dark(暗闇の中のダンス)”と評される、この心地よくもダンサブルな楽曲は、暗くて踊りやすいトラックの代表格だろう。いつも怒っている男性たちに向かって「あなたは自分が悪くてタフな男だと思ってるのね」「あなたに支配されるのが好きよ、本当は支配されてなんていないけど」「あなたが私を支配しているってフリをしてあげるから」「私がバッド・ガイなのよ」と静観した姿勢で諭す内容となっており、男性だけでなく女性も一般的にいうバッド・ガイになれるということを前提とした姿勢をみせつつ、男性主義に囚われた男性たちに現実を突きつける。

ーーー

これらに代表される最新のヒットソングを歌う人気アーティストたちがネガティビティに載せて届けるのは、"悲しみ、怒り、孤独感を抱えたリスナーに寄り添い、個人の純粋な意志を肯定する”といったメッセージである。

先述でMike Bat氏が指摘していた通り、他人の悪意や攻撃性によりダイレクトに触れる機会が増えたソーシャルメディア世代は、一方でSNS上で繰り広げられる他人の不特定多数に対する“幸せ自慢”に戸惑いを感じることも多いだろう。そんな彼らに対し、『thank u, next』では「I've loved and I've lost But that's not what I see(愛して失ったけれどそれだけじゃない)」、『New Rules』では「Now I'm standing back from it, I finally see the pattern(今の自分を客観視して、ついに法則を見つけたわ)」、『Kill This Love』では「He said you look crazy Thank you baby,I owe it all you(彼は言ったわ、“お前は狂ってる”って。ありがとベイビー、あんたのおかげよ)」という表現をもって、ネガティブな感情を抱えているリスナーの現状そのものを認め、ありのままの姿で前進することを促している。そう、暗闇の中でも人は踊れるのだ。

Bat氏は自身のソングライティングを省みて、現代のポップミュージックが示すべき道標をこう語っている——「私たち自身の負の感情をありのままに認識することは、とても大切なことだと思う。ネガティビティだって私たちの世界を動かす原動力になるんだよ」。

当記事はwezzyの提供記事です。

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