森山直太朗の名曲。『愛し君へ』が教えてくれた「永遠の愛」の存在

UtaTen

2019/7/14 12:01

「永遠の愛」がこの世界に存在することを教えてくれる



難病により、いずれ失明することを宣告されたカメラマンと、彼を支える女性研修医の純愛が描かれたドラマ『愛し君へ』。

歌詞にも「消えてしまいそうで」「何処にいるの」「幻」といった“見えなくなる”不安を感じさせる言葉が見受けられる。これらの言葉がストーリーやキャラクター(以下「彼」とする)の心情とリンクするのだが、ドラマ挿入歌という枠を外して聴いてみても、ぐっと胸に響き、伝わるものがある。

「永遠の愛」がこの世界に存在することを、私たちに教えてくれる。

“いっそ”の言葉がもたらす効果



印象的なのは“いっそ”という歌い出しだ。

“いっそ”という言葉にはいくつかの意味があるが、ここでは「どうなろうと、悪い結果を招こうと、とやかく言わず」「現状を破り、思い切ってなにかをしようとする」、そんな強い意志を示す効果をもつ。(引用:google、デジタル大辞泉)

歌詞はさらにこう続く。

“いっそ”の意味を踏まえて考えてみると「どうなってもいい、偽りでもかまわないから、最後まで信じられる力をください」と強く願っていることが伝わる。

「信じられる力」という言葉がどこにかかるのか。ドラマのストーリーから読み解くと「病が治る未来」が適切であろう。しかし「君を信じられる力」と考えてみるとどうだろうか。

“いっそ”というなりふり構わない言葉が頭にくることで、続く歌詞に強い決意や意志が反映される。

“偽りでも(いい)”という言葉で締めることで、見返りを求めない一途な愛が見えてくる。

ドラマにリンクさせた「永遠の愛」



だんだんと視力が失われていく彼の切ない気持ち、現実に目を伏せこのままでいたいという気持ちが痛いほどに伝わってくる。

目を閉じて、一番良いときを反芻している姿が浮かぶ。



彼の想い出に笑顔や陽だまりといった、あたたかな存在があることにほっとする。

同時に、いずれそれらが見えなくなってしまう未来を突きつけられたようで、切なくなる。

今が幸せであればあるほど失うことが怖くなるというのは、人間なら誰しもが思う感情だ。

彼の不安にうまくリンクさせながら、恋愛の真理を語っている。

「愛し君よ」と二度呼び掛けていることで「君」を探している様子がわかる。

ドラマにおいて、彼らは一度「お互いを想うからこその別れ」を選んでいる。

離れているうちに彼が視力を失えば、二度と愛する人の姿を目に映すことはかなわない。そんなストーリーに想いを馳せてみると、より一層切なさが増す。

「偽り」以上に不確かな、もはや存在しない「幻」でも良いから会いたいと願う気持ち。このフレーズを耳にするたび、永遠に会うことがかなわない相手を思い浮かべる。

心が痛くなるほど共感してしまう。

目に見えるものだけがすべてではない。そこに「ない」ものさえも愛し続けることが本当の、永遠の愛なのだと気付かされた。

TEXT シンアキコ

当記事はUtaTenの提供記事です。

あなたにおすすめ

ランキング

もっとよむ

注目ニュース

もっとよむ

あなたにおすすめ