空前絶後の《トゥーランドット》~東京文化会館と新国立劇場の初コラボ・オペラ!

SPICE

2019/7/14 06:00



今年最大の話題作、東京文化会館と新国立劇場が初めて共同制作に挑んだオペラ《トゥーランドット》が、ついにその全貌を表した。空前絶後のスペクタクルな舞台、現代の私たちの社会の闇を投影した演出、そしてプッチーニの音楽をこれ以上ないほどドラマチックに歌いあげる演奏。待ち望んだ公演が、想像を上回る圧倒的な姿を見せた!

2019年7月12日(金)に東京文化会館で初日を開け、その後、新国立劇場、びわ湖ホール、札幌文化芸術劇場hitaruで上演される「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」《トゥーランドット》。ほとんどの日程がすでにソールド・アウトという待望の公演だ。新国立劇場の芸術監督で、本公演の総合プロデューサーである大野和士の指揮でバルセロナ交響楽団が演奏し、世界の歌劇場でひっぱりだこのアレックス・オリエが演出する新制作の舞台である。国際的なキャストに加えて、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、そしてびわ湖ホール声楽アンサンブルが合唱を担当する大掛かりなプロジェクトだ。


7月9日のゲネプロ(総稽古)を観た。まず音楽が始まる前に舞台の幕が開く。不気味な風の音。そこには主人公であるトゥーランドットのトラウマの元となった事件が提示される。胸をえぐられるような悲鳴。そしてあの不気味な音型によるプッチーニの音楽がスタートする。大野が指揮するバルセロナ交響楽団はねっとりとした遅めのテンポでこの物語の恐ろしさを強調する。照明が舞台の全貌を照らし出した時、観客の目を射るのは大きな舞台空間を埋め尽くす圧倒的な構造物である。深い深い井戸の底まで折れては続く無数の階段。そして舞台中央には、宇宙船の底のようにも見える巨大な物体が浮かんでいる。


暗く、冷たい空間は、演出家のオリエ自身がインスピレーションを受けたと語っている映画《ブレードランナー》、もしくは何かのSF映画に見られるような世界であり、そこには人種もよくわからない雑多な民衆がうごめいている。そしてロボットのような兵隊たちが民衆を打ちのめす。オリエ演出では大臣ピン・パン・ポンは、幕ごとにアイデンティティーを変える存在だ。第一幕は浮浪者たち。第二幕は(汚染されている)井戸の清掃人、第三幕は権力者側の高官、といった具合だ。


いわゆる読み替え演出であり、台本のト書き、セリフの細部などとは合致しない芝居も見られる。しかし《トゥーランドット》という物語を使ってオリエが描き出そうとするのは、プッチーニがこのオペラに書いた音楽と見事に呼応している。そこには〈権力〉の残忍さ、〈トラウマ〉の深さ、そして〈愛〉の苦悩が提示される。美術のアルフォンス・フローレス、衣裳のリュック・カステーイス、そして照明のウルス・シェーネバウムが、優れた仕事でオリエの世界を具現化する。


《トゥーランドット》はプッチーニの未完の遺作である。プッチーニが作曲したのは「リューの死と葬送」までであり、その後のトゥーランドットとカラフが結ばれる場面は(今回の上演もそうであるように)通常、プッチーニの音楽スケッチをもとにアルファーノが補筆した音楽が使われる。涙無くしては見られないリューの死の直後にトゥーランドットとカラフが結ばれて愛の讃歌となる結末は、やはり違和感を覚えざるを得ないし、音楽的、演出的に工夫が必要な場面だ。


演出家のオリエは結末に関して以前から「ハッピーエンドはありえないと思います」と発言していた。そして彼は言葉通りの結末を物語にもたらしたのである。舞台をこれから観る方も多いと思うので具体的には語らないが、登場人物の心理を掘り下げた選択として筆者には納得のいく結末であった。重要なことはオリエの演出は、特に終幕において、物語の表層よりは主人公たちの心象風景が舞台に表わされているということである。


初日組キャストの白眉はトゥーランドット役のイレーネ・テオリン。中空に浮かぶバルコニーから歌われる登場のアリア「この王宮で」は、澄み切った美声が女らしさをたたえながら同時に力強さで聴くものを圧倒する。中村恵理のリューは体当たりの歌と演技で説得力があった。カラフ役のテオドール・イリンカイはこの日は大事をとってか、後半は部分的にしか歌わなかったが、深みのある声とエレガントな歌唱の持ち主である。ティムールのリッカルド・ザネッラートは口跡もよく風格がある。アルトゥム皇帝の持木弘は強い感情表現のある歌で際立った。官吏の豊嶋祐壹は渋みのある声が魅力的。










歌だけでなく演技でも活躍するのがピン、パン、ポンの三人組だ。桝貴志、与儀巧、村上俊明という豪華な歌手たちは、歌も一流だがそれぞれの個性でも際立つさすがの舞台だった。


このように演出もキャストも、国際的にみて非常に高いレベルに達していることは間違いない《トゥーランドット》公演だが、今回の上演の一番の推進力となっているのは何といっても合唱、そしてオーケストラの素晴らしさではないかと思う。


合唱指揮の三澤洋史のもとに新国立劇場、藤原歌劇団、びわ湖ホールの合唱団が一体となった歌は、そびえ立つセットの高さを使った場面ごとのフォーメーションによって様々な立体的な響きを持ち、日本の合唱の規律正しさを失わずに力強さと野性味をも獲得してこのオペラにおける合唱の重要性を明確に示した。そして大野和士指揮のバルセロナ交響楽団は、色彩豊かな音色と大胆な表現力を持ち、弦の艶やかさ、木管の官能性、金管の鮮やかさ、そして打楽器群の多彩さでプッチーニの音楽の持つドラマを描き切った。大野のテンポは緩急をこれでもかと強調して歌手を歌わせながら、このオペラに含まれる当時としては先進的であった楽器の扱いも巧みであり、弛緩した瞬間はまったくない。これ以上ないほどの《トゥーランドット》の演奏を聴かせてくれた。

このように期待を大きく上回る出来栄えの《トゥーランドット》ゲネプロであった。初日以降は観客に向けて、より充実した素晴らしい舞台がくりひろげられることだろう。


取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

当記事はSPICEの提供記事です。

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