三菱一号館美術館『マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展』レポート 時代を越えた美の世界に浸る

SPICE

2019/7/10 18:00


2019年7月6日(土)~10月6日(日)まで、三菱一号館美術館にて『マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展』が開催中だ。

服飾・染織デザイナーで知られ、繊細なプリーツ加工を施した絹のドレス《デルフォス》が代表作のマリアノ・フォルチュニは、優雅でスタイリッシュなドレスやショールを生み出しただけではなく、画家や写真家であると共に舞台芸術を手掛けるなどボーダーレスに活躍。34もの特許を取得し、20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチとまで言われている。

フォルチュニの邸宅兼アトリエを美術館として公開するフォルチュニ美術館に協力を仰いだ本展は、ヨーロッパの文化の香りが漂う三菱一号館美術館で開催するのにふさわしく、また同館所蔵作品はすべてが日本初公開という貴重な内容だ。以下、見逃したくない作品を紹介する。


唯一無二のドレス《デルフォス》の魅力


マリアノ・フォルチュニの代表作である《デルフォス》は、絹地を染め、卵の黄身を使って細かいプリーツをつけた布地を筒状に縫製したシンプルなドレスだ。1906年頃にデザインされ、1949年のフォルチュニの没後、妻アンリエットの意向により制作が終了した。《デルフォス》のインスピレーションの源は、ギリシャのデルフィの遺跡で紀元前5世紀初頭に発見された青銅彫刻《デルフォイの御者》である。




20世紀初頭、欧米の女性たちはコルセットでウエストを絞ったドレスを着用していたが、《デルフォス》は着用者を矯正下着から解放し、女性本来のなだらかな体形をプリーツの効果で優雅に演出した。また、このドレスは収納に関しても優れており、巻き取ってねじって纏め、小さな箱に入れることができるため、恐らく旅先等で着替えるのに便利だっただろう。《デルフォス》は見た目に美しい上に、衣装のあり方として革新的で、機能面でも優れていたのである。


《デルフォス》は、色味や裾の長さや袖の形、飾りのトンボ玉が違うだけで、基本的な形は発表された当初から制作終了までほとんど変わることがなかった。《デルフォス》のイメージソースは古代ギリシャの御者が身に着けていた衣装であり、20世紀初頭の女性が着用するものとしては時代も用途も異なっている。《デルフォス》が古い印象を与えないのは、型にはまらずにどんな時代でも受け入れられる要素を持っているからだろう。


《デルフォス》は、若い女性や年齢を重ねた女性など、さまざまな年代の女性を魅力的に見せ、カラーリングが豊富であるため、化粧や肌の色味に合わせた選択が可能だ。あらゆる女性を魅力的に見せる力を持つ、汎用性の高い衣装である。


絵を描き、写真術を身に着け、舞台芸術も手掛けたマルチアーティスト


著名な画家である父と、名門の芸術家一族の出である母を持つフォルチュニの出発点はやはり絵だった。スペインに生まれ、パリで育ち、ヴェネツィアに移住した彼は、育ったパリで注目されつつあった印象派の絵画からは影響を受けず、父の作品やオールドマスターの絵画を研究して模写を行う。父や絵の師匠がオリエンタリスムに傾倒していたことは、後に見られるフォルチュニの東洋的なものへの好奇心や、創作における異国情緒などに結びついたと思われる。成長後のフォルチュニは、《デルフォス》を身に着けた妻アンリエットの姿や歌劇のワンシーンなどを描き、今や最も重要な現代アートの祭典のひとつとなったヴェネツィア・ビエンナーレに何度も絵画作品を出品している。


フォルチュニはパリ時代にリヒャルト・ワーグナーのオペラに触れ、舞台芸術や照明に興味を示し、独自の舞台装置「クーポラ」を開発するまでになった。舞台上にさまざまな色彩や色を創出する「システマ・フォルチュニ(クーポラ・フォルチュニ)」は当時の劇場に革新をもたらし、ヨーロッパの主要な劇場で採用されたという。真摯に研究を積み重ねる姿勢は、技術と革新の粋である《デルフォス》の開発に繋がっているといえよう。


フォルチュニは発明されたばかりだった写真術に打ち込んだ。その熱意は冷めることがなく、後に印画紙で特許を取るほど精通することとなる。また撮った写真をテーマごとにファイルに整理して保管した。写真の被写体は絵画や彫刻、工芸品や建築など多岐に渡り、これらの資料は彼のあらゆる創作の源として活用されたことだろう。


日本への関心 型染めの技法を応用


フォルチュニの両親は、甲冑・能面・絵画など、日本に関する多彩な収集品を所持していた。父の絵画には日本の屏風や扇子とおぼしきものが描かれているものもあり、母は日本の着物を持っていた。また妻のアンリエットは着物を室内着として愛用した。日本文化に囲まれて育ったフォルチュニはその要素を創作にも活用し、彼がデザインした《室内着》には着物の影響が見られるものもある。


またフォルチュニは、日本の芸術に興味を示して関連書籍を所持し、日本の染織関連の書籍や家紋帖に掲載された模様をアレンジして自分のテキスタイルの下図や作品に活用した。型染めに関して技術的な知識もあり、恐らく自分の型染めに日本の型染めの技法を応用している。


《デルフォス》の原材料となる絹は、ヨーロッパでは東方、つまりアジアの製品が最も高品質と見なされており、フォルチュニは《デルフォス》の糸を日本または中国から輸入していたと推測される。1936年にイタリア政府が輸入規制を行なった際、発注した日本の絹製品が税関で差し押さえにあってしまい、フォルチュニは知人に嘆きの手紙を書いている。彼は訪日したことはないが、日本の芸術を創造の源泉のひとつとし、かつ日本の製品を制作において活用した。


古代ギリシャの服をインスピレーション源としながら、機能的かつ革新的で、そして何より美しい《デルフォス》。このドレスは三菱一号館美術館の会場の各セクションに展示されているため、フォルチュニの絵画や写真、舞台芸術などが《デルフォス》の創作に結びつき、相互に影響を与え合っていたことが実感できるだろう。

《デルフォス》は、フランスの小説家マルセル・プルーストの大作『失われた時を求めて』の中で、ヒロインのひとつであるアルベルチーヌの衣装として登場した。現実においてもダンサーのイサドラ・ダンカンや作家のスーザン・ソンタグが着用し、スーパーモデルも身にまとっている。それは《デルフォス》、ひいては作者のマリアノ・フォルチュニが、見た目の美しさだけではなく本質的な美を追求し、服のあり方や価値観に変革をもたらし、その創造性が着る者の意識にも作用するからだろう。新しく刺激的であり続けるマリアノ・フォルチュニの創作の秘密と逸品を楽しむことができる本展を、是非お見逃しなく。

当記事はSPICEの提供記事です。

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