パリから前橋へ。パレ・ド・トーキョーで活躍したフランス人アーティストが鉄板焼きをアートにした

日刊SPA!

2019/4/17 15:49

 ガシャン!と木製の巨大なレバーを引くと、9つの巨大な円筒(回胴)がガラガラと音を立てて回りだした。自転車の車輪で作られた回胴には、黒地に白抜きで魚や牛、トウモロコシなどの野菜などのイラストが貼り付けられている。それらは古めかしく薄い木の床板が敷かれた静かな空間の中で、漆喰の壁に大きな音を反響させながら回り続けている。

ここは群馬県前橋市にあるレンガ作りの倉庫。1913年(大正2年)に建てられたもので、かつては養蚕の街として知られた前橋産の繭や絹糸を保管していた場所らしいが、今は前橋のアート関係者などが倉庫として使用している。

ガラガラと音を立てていた回胴が止まる。一度に9つの回胴が回り、3つの「出目」が揃う仕組みのようだ。お手製のスロット・マシーンといったところか。そして、我々が見ていた「ペイライン」には豚、魚、牛の図柄が揃った。と、ここでフランス語なまりの英語で、この「スロット・フード(SLOT-FOOD)」なる「作品」の製作者が熱心な口調で解説を始めた。

「このスロット・マシーンには27のレシピの絵が描かれています。3つの『車輪』がそれぞれ前菜、メイン料理と副菜、デザートのレシピになっていて、出た絵柄に従ったレシピの食事を提供するんです。この最初の図柄は豚肉料理、次のこの魚の絵は、イワナですね。スモークしたイワナの料理です。そしてこの牛の絵は群馬産の和牛の熟成肉。ほかにも、こちらのトウモロコシの図柄が出たらコーン・ムースを出したり。それぞれがレシピになっていて、3品を提供するんですが、星印がついた絵柄が3つ揃ったら大当たり(笑)。私が作る『スペシャル・ディナー』を赤城山の頂上で振る舞うんですよ」

いたずらっぽい笑みを浮かべながら、「スロット・フード」の使用方法とそのレシピを話してくれたのは、現在、前橋在住4年になるフランス人でシェフでもあるジル・スタッサールさん(51歳)だ。「シェフ『でもある』」と書いたのは、ジルさんは世界を股にかけて活躍するアーティストでもあり、フランスの新聞『リベラシオン』に寄稿するジャーナリスト、そして小説家といったさまざまな顔を持っている人物だからだ。そして、この「スロット・フード」は彼がシェフとして自分の料理を提供するときのゲーム的なアトラクションではなく、彼の「アート作品」なのだ。「この巨大スロット・マシーンの何がアートなのか?」とお思いの方も多いだろうが、次のジルさんの解説の続きを聞けば、なんとなくわかってくるのではないだろうか。

「この『スロット・フード』は本来はコンピューターに繋がっていて、それぞれの車輪が回るとランダムに風景音(街や自然空間などで採集した音)が流れます。食材の音だったり、ストリートの音だったり。この作品は飯田橋(東京)のアンスティチュ・フランセでのパフォーマンスのために作ったんですが、この夏には中国・重慶でも展示とパフォーマンスをしますよ。ただ、『レシピをプリントアウトするようにできないか?』とかいろいろと言われて困っているんですけどね(笑)」

◆パリで展開した「アート作品としてのレストラン」が大ヒット

ジルさんはかつてパリで主に「食」を題材にしたアート作品を展開していた。例えば、「世界一高い綿菓子」を作るというパフォーマンスを行い、3.2メートルの綿菓子を作成したり、建築家の協力を得て7.8メートルの「世界一高いケーキ」を作り上げたこともある。

そして、彼はパリのセーヌ川に面する現代美術館「パレ・ド・トーキョー」の屋上で、2009年から2011年の2年間にわたり「アート作品」としてレストランを経営し、大ヒットさせた。これまた「レストランがアート作品?」と思われる人が大半だと思うが、その「Nomiya」というレストラン(日本語の「飲み屋」からネーミングされている)はわずか12席ながら毎日違う料理を出し、ジルさん曰く「装飾、料理から利用客までのすべてが『Nomiya』というアート作品を構成していた」のだそうだ。

「『Nomiya』はすごく評判になりました。多くのセレブが訪れるようになって、予約も取るのも大変なほど人気でしたよ。でも、有名になるにつれファッショナブルなコンテンツとして作品が消費されるようにもなってしまいました。私の活動がビジネスのようになっていくことには、違和感も覚えていたんです」

そして、パリでの生活に少し疲れたジルさんは前橋にやってくることになった。「Nomiya」プロジェクトで知り合った日本人女性と結婚し、彼女が前橋でアート関係の仕事に就いたことがきっかけで、「パラシュートで落とされたように」(ジルさん談)見知らぬ土地で生活をするようになった。彼女の実家の前橋の田んぼで米をつくるのが性に合っていたらしく「今の職業はファーマーです」と笑っていたが、世界各地で食をテーマに取材やアート制作をしてきたジルさんにとって、米作りや畑仕事をしながら地元の人たちと交流することは、アーティストとしても大きな刺激になっているようだ。

その前橋での生活の中で体験や交流がジルさんの新しい創作意欲を掻き立てていく。お気に入りの中華料理屋で友人となった店主がラーメンを作っている音の豊かさに気づいた彼は、中華料理を作る音をマイクで増幅し、そのかたわらで、ギターとウッドベースの奏者がセッションをする「ラーメン・シンフォニー」という作品をつくったり、観客に黄色い花山椒を食べさせて黄色の映像を見させているうちに「黄色を食べた感覚にする作品」をつくったりと、さまざまなアート作品を生み出し続けている。そして、日本での経験を活かしたアート作品を母国フランスはもちろん、アフリカのエチオピアにまで「輸出」しているのだ。ジルさんがエチオピアに持ち込んだのは、なんと日本の「鉄板焼き」を「楽器」にしてしまうという作品だ。

◆前橋で見つけた「焼き鳥」が、エチオピアで「鉄板焼きアート」になるまで

「そもそもは町内の納涼会の屋台で焼き鳥を焼いている姿がDJみたいに見えたんですよ(笑)。で、料理をしている音でみんなでダンスをする、ということを思いつきました。それで行きついたのが、鉄板焼きの音。鉄板焼きで料理をするジューっという音をマイクで拾う。その鉄板焼きの音と、エチオピアのバーカッショニストたちがコラボするという作品で、名付けて『ソニック・バーベキュー』(笑)。すでに2回、エチオピアでパフォーマンスしていますよ」

きょとんとする我々に「映像を見せましょう」とスマートフォンを取り出すジルさん。そこに映し出された映像は、夜のエチオピアのどこかの街か村。鉄板焼きを焼くジルさんと、もうその鉄板焼きの音に合わせているのかどうかわからないぐらい激しくパーカションを叩きまくる何人ものミュージシャンと、踊り狂うエチオピアの人々の姿だった。これは楽しそうだ。そして、踊り終わったら鉄板で焼いた料理をみんなで食べるとのことで、いかにもジルさんらしい「アート・パフォーマンス」である。

だが、少しややこしいことを書くと、彼にとって「食」は大事なテーマだが、実は「食」をアートにしているわけではなく、彼のアートの表現手段のひとつが「食」なのである。最初に書いたようにジルさんはシェフでもあり、ジャーナリスト、小説家でもあるが、それらの前に「アート」があるという。その証拠に、「生活の中にこそ、面白いアートがある」と語る彼は、自らを「フード・アーティスト」と呼ばれることを強く否定する。

「アートと食、アートと何かを分ける意味が私にはわからない。専門性が重要とされている現代社会だからこそ、むしろ私は越境者でありたいんです。アーティストとはさまざまなものをコネクションしていく存在。私は作品を通じて社会に『キリコミ(切り込み)』を入れていきたいんですね」

「切りこみ」という日本語は、彼が前橋で見つけた大事なテーマのようだ。前橋にやってきて、老舗の刃物屋のご主人を取材するなかで知った言葉だという。そして、それは彼が日本に来る前から展開していたことと通じる。彼にとって「社会へ切り込む」方法のひとつが、アーティストとしてこだわってきた「現代の食のあり方」への問題提起なのだ。

冒頭で紹介した「スロット・フード」も、一見、楽しげなゲームと料理のパフォーマンスに思えるが、その奥には食材が大量生産・大量消費されスーパーマーケットに画一的な食品が並べられていることへの疑問を投げかけようという意図がある。そのため、あえて小規模な地元の農家の食材を使用し、スロットという偶然によって既存の流通システムでは出会えない食材の組み合わせを作り出しているのだという。

また、エチオピアでの「鉄板焼きパフォーマンス」も単なる楽しいパフォーマンスだけで終わるものではなく、エチオピア人の若いシェフにジルさんがフランス料理を教えたり、いずれはエチオピア人のDJやミュージシャンと一緒にフランスの美術館や日本でもパフォーマンスをすることも計画されており、文化的にも経済的にも人々の交流が生まれていく現在進行形のプロジェクトなのだという。

さらには、ジャーナリストとしての活動も新たな展開を見せている。

「最近、私は北極圏に住むイヌイットの食文化をテーマにした小説をフランスで出版しました。これまで各国の食肉の解体や料理の現場をカメラに収めて、写真集もつくってきたのですが、グローバリゼーションが進むなかで古くから続くイヌイットの食文化は消滅の危機にあります。それを訴えるために小説という形の表現にもチャレンジしたんです」

前橋の地で田んぼや畑を耕し、地元の人々と交流しながら、そこで受けた刺激をアートにして今も世界を飛び回っているジルさん。まさに越境を続ける彼にとって、実は「アート」は決して上位概念でなく、アート作品をつくることも、料理をつくることも、農作物をつくることも、人と人の結びつきをつくることも、その他すべても等価値に尊いものなのだろう、と感じた。

取材・文/茂木響平、織田曜一郎(週刊SPA!) 撮影(作品写真以外)/織田曜一郎(週刊SPA!) 通訳/小高麻衣子 協力/福西敏宏(合同会社前橋文化計画)

当記事は日刊SPA!の提供記事です。

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