ファン歴11年の指ヲタが語る、異端児アイドル・指原莉乃が48Gトップに成り上がるまで~【前編】

日刊サイゾー

2019/4/13 21:00


 4月28日をもってグループを卒業するHKT48指原莉乃。バラエティタレントとしても活動し、近年は自らアイドルグループのプロデュースを行うなどその活躍ぶりは今や48グループにとどまらず、芸能界でも唯一無二の存在に。平成のアイドル史に名を残す存在となった彼女のアイドル卒業に、長年応援してきたファンは、いったい何を思うのか――。日刊サイゾーでは、ファン歴11年の“古参オタク”こうずさんに寄稿いただきました。

2007年~2011年 研究生からチームB、チームA時代


 AKB48の5期研究生としてオーディションに合格し、大分から上京してきた莉乃ちゃんは、2008年3月からAKB48劇場で行われていたチームB『パジャマドライブ』公演で、「純情主義」という楽曲のバックダンサーとして初めてステージに立ちました。

かくいう私はその「純情主義」の莉乃ちゃんに一目ぼれして今の今まで彼女のヲタクとして応援し続けてきました。

当時、AKB48として初となる研究生公演も、ちょうどその莉乃ちゃんを含めた5期研究生が中心となって行われており、ファンからも好評だったことを覚えています。

今思えば特に5期生には莉乃ちゃん以外にも北原里英や宮崎美穂、仁藤萌乃などが名を連ね、のちにAKB全盛期での中堅~選抜的な立ち位置を任せられるキーマンが多くいたように感じます。48グループ至上まだ1度しか発生していない「アンコール無し公演」を経験したのも5期研究生公演での出来事でした。

さまざまな経験をした研究生時代もあっという間に過ぎ、08年8月にはチームBへの昇格が発表されます。スキャンダルで卒業した菊地彩香(現・菊地あやか)のポジションにそのまま入る形になりました。そして同年10月にはメジャー10作目のシングル「大声ダイヤモンド」で初選抜に選ばれて、デビュー初年度に大きく躍進しました。

当時はいわゆる「ガチ恋」と呼ばれるファンが多く、莉乃ちゃんも「たくさん会いに来て!」とか「私以外(握手に)行っちゃダメ!」などと言ってファンをとにかく釣っていた記憶があります。

プレゼントを渡すと洋服であれば着てくれた写真をモバメ(メール形式の個人ブログみたいなサービス)に載せてくれたり、当時から話が上手だったので握手会での会話もよく弾みましたし、公演でのMCも面白かった記憶があります。

09年、チームB『アイドルの夜明け』公演にて自身がセンターのユニット曲「愛しきナターシャ」をもらうことになります。初年度で選抜メンバーまで上り詰めたのである意味妥当ではあるのですが、公演ユニット曲のセンターを務めるまでに至ります。

同年の『13thシングル 選抜総選挙「神様に誓ってガチです」』では27位でアンダーガールズ入り。そして10年からは、『読売新聞創刊135周年記念コンサート AKB104選抜メンバー組閣祭り』でチームAに異動。『17thシングル 選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」』では19位で選抜入りを果たします。

2012年 スキャンダル発覚、HKT48に移籍


 11年の『22ndシングル 選抜総選挙「今年もガチです」』では9位に躍進し、メディア選抜へ。そして12年の『27thシングル 選抜総選挙~ファンが選ぶ64議席~』では4位にまで上り詰めます。しかし、その後スキャンダルが発覚、HKT48へ移籍することになります。

ちょうどスキャンダル後の私との握手会レポが残っていたので見返してみたら、いたって本人は(スキャンダル云々を引きずることなく)あっさりした様子だったことと、「博多に来てよ!」としきりに言っていたと書いてありました。莉乃ちゃんは賢いとよく言われていますが、それって自分の立ち位置を客観的に見ることが得意だからなんだと思います。今回の移籍も、HKTに移籍した自分の立ち位置を理解して行動するイメージがすでにその時できていたのではないかなと思います。

他の知り合いの指原ファンの中には、スキャンダルがきっかけでファンを辞めた人もいます。スキャンダルが報じられる前に一部のファンの間では、莉乃ちゃんの男関係の噂が流れていたこともあって、そのタイミングでファンを辞めたという人もいます。実際、研究生時代を知るファンの中でスキャンダル以降も彼女と定期的に握手会などに通うファンは、マイノリティなはずです。

やはり彼女を押し上げた原動力は、彼女のキャラクターに気づいてハマっていったファン。主に2011年前後に彼女のファンになった層の存在が大きいのではないかと思います。

HKTに移籍してからの莉乃ちゃんとも引き続き握手会などでは話をしていたのですが、“莉乃ちゃんが移籍したからHKTを見に行くということを私はあまりしてこなかった(グループを推すというよりも莉乃ちゃん個人を推すという感じだった)”ので、当時どういう状況だったのかは事実に基づいて推測することしかできませんが、初めて会う別グループの後輩とどうやって馴染むか、彼女なりに考えたんだと思います。

プライドの高いメンバーでなくとも、総選挙で結果を出して、AKBのシングルでも選抜常連になっていた彼女がこれからのグループでこれからのメンバーを引っ張っていくにあたって、いろいろと悩んだことでしょう。

例えば、当時チームHの公演は「手をつなぎながら」という姉妹グループSKE48のオリジナル公演をやる、いわば“おさがり公演”でした。自らオリジナル公演でのユニット曲を持っていて、ましてやセンターポジションを務めていた莉乃ちゃんが後輩グループの公演をやるということは、端から見れば「禊の一部」とも取れてしまいますが、おそらく莉乃ちゃんはそういう感情よりも、HKTというフィールドで今後どうしていこうか? どう盛り上げていこうか? ということを第一に考えていたのではないでしょうか。

その頃の握手会でもなかなかHKTの現場に行かない私に対して「HKTおいでよ! 楽しいよ!」って誘ってきていたことも当時のレポに残っていたので、HKTでの活動にも自信はあったんだと思います。

決してダンスが得意なわけでも、歌が得意なわけでもなかったのでHKTのメンバーに対して「姿勢」を見せることにきっと苦労した場面もあったかもしれないですが、莉乃ちゃんは基本的に優しいので、たとえメンバーに怒ることや指摘することがあったとしても相手が理解してくれるように伝えられていたはずです。

そのような積み重ねがあってHKTのメンバーからの信頼を得るに至ったのではないかなぁと個人的には分析しています。握手会でも感じるくらい昔から人たらしな面が良い意味であるので、そういうところもプラスに働いたと思います。

今の彼女のHKTでの存在感は、その頃からの積み重ねで得た努力や行動の賜物であって、自身の当時置かれていた立ち位置からその後の展望を考えることができていたからこその「今」だとも思うわけです。

後編へ続く/文=こうず)

当記事は日刊サイゾーの提供記事です。

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