志村けん、ドリフターズ・いかりや長介を語る 「後継いで良かった、師匠として間違いなかった」

しらべぇ

2019/4/6 10:30

(画像は高木ブー公式Instagramのスクリーンショット)
5日放送『中居正広の金曜日のスマイルたちへSP』(TBS系)に志村けんが出演。国民的な人気を誇ったドリフターズ、師匠とも言えるリーダー・いかりや長介への想いを明かし、大きな反響が起きている。

■高校卒業前に付き人に


この日の放送は、志村の半生、特にドリフターズとの関わりを中心に振り返った。高校卒業の2週間前、ドリフターズ・リーダーのいかりや宅を訪れ、「付き人にして欲しい」と直談判。その1週間後、卒業を待たずして付き人となった志村は、いかりやの下で笑いを学んでいく。

6年にも及ぶ下積みを経て、ドリフを脱退した荒井注に変わり新メンバー入りを果たした志村は、ドリフの代表的番組のひとつ、最高視聴率50%越えも記録した『8時だョ! 全員集合』に出演。人気者への道を歩んでいった。

■『全員集合』の終了


16年続いた『8時だョ! 全員集合』が終了。後番組として始まった『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』も人気を博し、その地位を確固たるものにした志村。その後の活躍は言わずもがなだろう。

番組では、月1回の『ドリフ大爆笑』以外では顔を合わせなくなった志村といかりやについて巷で噂されてきた「不仲説」にも言及。ピン芸人として活躍する志村と俳優業に進出したいかりやの関係が、いかりやの長男の証言を交えて語られていく。

■長男が明かす「志村への想い」


個性的な演技で俳優としても大成したいかりやだが、「『全員集合』が終わった後も気になる存在。録画して全部チェックして、ああだこうだ言っていた」と、志村の動向を常に気にかけていたことを長男が明かす。

またNHKの歌番組で楽屋が同じだった時に、志村と交わした何気ない会話を家族に嬉しそうに話したエピソードも披露。長男は「変なわだかまりとかはないんだな、と感じた」と語り、噂されたような不仲説は否定した。

■志村「僕の師匠としては間違いなかった」


大病を患い余命もわずかと診断されたいかりやと志村が最後に共演したのは、2003年12月放送の『40年だよ!! ドリフ大爆笑』。志村は「ほとんど声も出なかった」と当時のいかりやを振り返った。

長男は「自分の締めくくりとしてやっておかなきゃいけないこと」だったと推測しているが、いかりやは治療中、誰にも言わずこっそりと志村の舞台を観に行っていた。さらに亡くなる3週間前の自宅療養中、意識が朦朧となりながらメモ帳に記した走り書きには「加藤がえらい、志村がえらい」と綴られていたという。

「ドリフターズは家族みたいなもの」志村は語る。初めて耳にするいかりやの晩年のエピソードが長男から語られると、「今から見ると、笑いに一生懸命だったとわかる。その後を継いで良かった。僕の師匠としては間違いなかった」と言葉を絞り出した。

■視聴者も感動


志村を見出し育て上げたいかりやとその後を継ぎ大成した志村。お互いに別の道を歩んだのちも、気にかけていたことが明かされ不仲説を一蹴したこの日の放送。視聴者も2人の師弟関係に敏感に反応、感動の声で溢れている。











■約3割は「尊敬できる上司がいる」


しらべぇ編集部で全国20~60代の男女1,400名を対象に調査したところ、全体の32.2%が「尊敬できる上司がいる・いた」と回答している。



笑いに厳しく、周囲にもその姿勢を求めたいかりやの存在を、志村も時には煩わしく感じたこともあったかもしれない。

しかし、志村の現在の成功はいかりやなくしてはあり得なかったのも事実。志村が「尊敬する上司はだれか」問われれば、いかりやの名が挙がるのは火を見るよりも明らかだ。

・合わせて読みたい→コント番組減少は寂しい?全盛期の番組から衰退理由を考察

(文/しらべぇ編集部・サバマサシ

【調査概要】
方法:インターネットリサーチ「Qzoo」
調査期間:2017年1月20日~2017年1月22日
対象:全国20代~60代の男女1,400名(有効回答数)

当記事はしらべぇの提供記事です。

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