『人気者で行こう』で示した電子音楽との融合にサザンオールスターズのしなやかさと決意を見る

OKMusic

2019/3/20 18:00

サザンオールスターズの名盤紹介の2回目。今回は1984年の7thアルバム『人気者で行こう』を取り上げる。ロック、歌謡曲を含めた1980年代を代表する名盤のひとつであると同時に、彼らが日本の音楽シーンにおける現在のポジションを確立するに至った、バンドにとっての最重要作品のひとつだ。時代背景を含めて考えると、サザンオールスターズというバンドの姿勢や本質を垣間見ることもでき、今なお興味深く、味わい深い作品である。

■デジタルを無視できなくなった1980年代

「サザンってずっと“海”とか“湘南”のイメージがあるんですけど、時代時代でちゃんと音を変えてるんですよね。デジタルも取り込んでいる。そこがすごいと思うんですよ」。いつだったかも正確な物言いも忘れたが、某アーティストとの取材後にそんな話をしたことを思い出す。その某アーティストとは、サザンオールスターズ(以下、サザン)の下の世代ではあるものの、日本の歴代セールスにおいて上位にランクインしており、当時はものすごい勢いでシーンを席巻していた人物。しっかりと先輩のスタイルを分析しているんだなぁと感心したような記憶がある。

前回、『熱い胸さわぎ』の紹介では、ボサノヴァタッチだの、モータウン風だの、ドゥワップ的なコーラスも入るロッカバラードだの、収録曲を紹介した。そのサウンドはバラエティーに富んだものではあるのだが、基本は生音だ。ブラスが入っていたりするが、過度なエフェクトはない。まぁ、サザンがデビューした1978年はYMOがデビューした年で、ようやく一部で電子楽器が使われ出した頃なので、それは当然としても、1980年代にもなると、シーン全体が電子音楽を無視できなくなる。1980年にはそのYMO自体が大ヒットした上、沢田研二の「TOKIO」やジューシィ・フルーツの「ジェニーはご機嫌ななめ」など、電子音楽≒テクノ系歌謡のヒット曲も生まれている。

そんな中でサザンはどうだったかと説明すると、1979年に3rdシングル「いとしのエリー」のヒットによってデビュー時のコミックバンド的な見られ方は払拭されていたが、徐々にシングルのセールスは低迷していった。アルバムも3rd『タイニイ・バブルス』(1980年)、4th『ステレオ太陽族』(1981年)と、いずれもチャート1位を獲得しているものの、年間でのランキングは『タイニイ・バブルス』と『ステレオ太陽族』とがいずれも13位で、はっきり言って苦戦している(この辺りのサザンの動向に関しては、やはりスージー鈴木氏の『サザンオールスターズ1978-1985』に詳しく、「キラキラ光る薄っぺらい時代の空気に、サザンは少し乗り遅れた。80年、趣味性と時代性の狭間でサザンは、悩ましい青春時代に迷い込んでいく」とキレのいい文章を寄せている)。

しかし、その低迷期(そう言うほどレベルの低いものではなかったが…)を経て、1982年にはシングル「チャコの海岸物語」がヒット。続く「匂艶 THE NIGHT CLUB」もヒットさせて、さらには5thアルバム『NUDE MAN』も年間で3位という好成績を打ち立てたのだから、その辺はさすがにサザンである。「チャコの海岸物語」を“サザンの歴史上、最低のヒット曲”と発言したとか、『NUDE MAN』を“退屈なアルバム”と評したとか、当時の桑田は歌謡路線への転向がお気に召さなかったのか、ネガティブな発言も残っているようだが、結果的に大衆が支持したのはこちらだったという事実は、その後のサザンの音楽性に多大な影響を与えたと思われる。

煎じ詰めればそれは、“自分たちがやりたい音楽をやる”から、“多くの人たちが聴きたい音楽をやる”ことへの移行であっただろう。もちろんオンデマンドに大衆が欲する音楽を只々提供するのではなく、自らの趣味趣向を完全に損なうことなく、そこにポピュラリティを加える。元々キャッチーな資質を有したバンドであったことは最初期のテレビでの露出からも明らかで、その移行が造作もない行為だった…とは思わないが、サザンは当時流行のデジタルサウンドもその体内に取り込んだ。最初に取り組んだ作品が1983年の6thアルバム『綺麗』。しなやかに時代に沿っていく。

■傑出した名曲 「ミス・ブランニュー・デイ」

その取り組みは、7th『人気者で行こう』(1984年)と、それに続く2枚組の大作8th『KAMAKURA』(1985年)とで結実する。この7th、8thアルバムはともに、サザン自体のバンド史のみならず、日本の音楽シーンにおける重要作であるのは多くの人が認めるところだろう。どちらが上とか下とかいうのではなく、人によっては『人気者で行こう』と『KAMAKURA』を併せてサザンのピークと見る向きもあるほど、親密な関係にある作品だ。当コラムでもどちらを取り扱うか直前まで悩んだ。当初は極めて個人的な理由で忘れ難いナンバー「Bye Bye My Love (U are the one)」も収録されているし、『KAMAKURA』を…とも考えていたのだが、やはり「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」の存在感を無視はできない。同曲は前述したデジタルを取り込んだ大成功例でもあり、その意味では、『人気者で行こう』があったからこそ『KAMAKURA』もあったと言えるわけで、当方では前者を推したいと考えた。

というわけで、まずはM3「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」から見て行こう。何と言ってもあの印象的なイントロである。あの音階と音色とでこの楽曲の5割は完成していると言っていい。それくらい素晴らしいイントロだと思う。ああいう電子音は年月が経つと、悪い意味で時代掛かってくるというか、はっきり言えば、古めかしく聴こえることもある。実名は避けるが、あの人のあの楽曲とか、あのバンドのあれとかがそうだ。しかし、平成が終わろうとしている現在でも、「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」のサウンドは陳腐には聴こえない。それはなぜか。音のチョイスが絶妙だったのは言うまでもないが、それだけではないと思う。簡単に結論付けるのも味気ないけれども、それはやはりバンドの出す音だからではなかろうか。

某テレビの音楽番組でサザンが特集されていた時、「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」が演奏されるライヴ映像で、原由子(Key&Vo)がイントロを弾く様子を見た出演者のひとりが“今でもあそこを手で弾いてるんですねぇ!”と驚いていたのだが、そこにあの楽曲の秘密はあるように思う。プログラミングでは決して出せない躍動感。前回の『熱い胸さわぎ』の紹介において、その収録曲の「いとしのフィート」でのエレピを取り上げたが、もともと鍵盤の彩りはサザンの武器のひとつでもある。それが基本にあるからこそ、いかに電子楽器を導入したとしても決してチープにはならないのだろう。アタック音の強いドラミングと、これまた印象的なエレキギターも重要。これらがシンセのリフレインに重なることで、容赦なくバンド感が出ている。サザンらしさを損なうことなく、そのサウンドを1980年代にアップデートさせているのだ。しかも、「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」はそこに、高音なAメロから伸びやかなBメロへつながって緊張感のあるサビへと至る、個性的に展開する歌メロが乗っかってくる。改めて分析してみると、文字面だけみても、名曲であることが分かる。言うまでもなく、傑出したナンバーである。

■デジタルに屈しない 確かなバンドサウンド

「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」以外にも、アルバム『人気者で行こう』では電子音楽を導入がはっきりと見て取れる。琴っぽい音色ではあるものの確実に電子楽器使用であることが分かるM1「JAPANEGGAE」から、フワフワとしたシンセがテクノポップ的な雰囲気を醸し出しているM2「よどみ萎え、枯れて舞え」で始まるのだから、かなり意図的だったことも分かる(個人的には「JAPANEGGAE」はどことなくYMOのアルバム『SOLID STATE SURVIVOR』収録の「INSOMNIA」を彷彿させるような気がするのだが…)。アップテンポのM4「開きっ放しのマシュルーム」は生音が多い印象だが、サックスはニューロマっぽいし、M5「あっと言う間の夢のTONIGHT」はガキンガキンとしたビートはどう仕様もなく80年代が感じ取れる。ここまで来ると意図的というよりは、ほとんど意欲的に時代を取り込もうとしていたとも言える。だが、それとても、あくまでも“取り込んだ”のであって、決して“おもねった”ものではない。M2「よどみ萎え、枯れて舞え」でのギターのカッティングのカッコ良さはギタリストの面目躍如といった感じ、即ちバンドならではの面白さだし、M4「開きっ放しのマシュルーム」で冴えわたる野沢“毛ガニ”秀行(Per)のコンガはサザンならではのものだ。

アルバム中盤から後半にかけて、その言わばバンドらしさみたいものは、徹底的に発揮されていく。M6「シャボン」以降、ニューウエーブ風のM10「メリケン情緒は涙のカラー」や、打ち込み風(あくまで“風”)のドラムスが聴けるインストM11「なんば君の事務所」はあるし、随所でテクノっぽい小技はあるものの、基本はバンドサウンド+管楽器、弦楽器で構成された楽曲が並ぶ。スウィートなメロディーを聴かせるM7「海」。軽快なブラスから入ってサビまで恐ろしいほど滑らかに展開していくM8「夕方 Hold On Me」。ロックバンドらしいエッジの立ったサウンドのファンクチューンM12「祭はラッパッパ」。ゲストミュージシャンが参加したラストM13「Dear John」は、ディズニー映画のサントラを彷彿させるドリーミーな印象に仕上がってはいるが、これもデジタルとは別ベクトルではある。

つまり、『人気者で行こう』というアルバムは、間口は流行に敏感なリスナーも入りやすい作りでありつつも、その内部は確実にサザン。最初期からのリスナーも納得である上、ここからサザンに入ったリスナーにもそのバンドの本質を知らしめるにも最適なアルバムだったと言える(そう考えるとアルバムタイトルはかなり確信犯的なものに思えるが…)。もともとサザンの音楽は、桑田佳祐(Vo&Gu)のバックボーンである洋楽と昭和歌謡を変に分けることなくミックスさせていたものであるから、どちらか一方に極端に偏ることはなかったが、そのバランス感覚はデビュー以降、決して一定のものではなく、ルーツミュージック寄りになったり、歌謡曲寄りになったりしていた(前者が3rdアルバム『タイニイ・バブルス』(1980年)や4th『ステレオ太陽族』(1981年)、後者が「チャコの海岸物語」といったところだろうか)。この時期、本作の制作とそのセールス面での成功によって、サザンの見方、見られ方のバランスが自他共に決定付けられたのではなかろうか。次作『KAMAKURA』も実験的なナンバーがありつつ、基本的なテイストは『人気者で行こう』の延長線上にある作品となっている。多くの人が指摘しているように、やはりこの1984~1985年が初期サザンのピークであろう。
(つづく)
(参考文献:スージー鈴木『サザンオールスターズ1978-1985』)

TEXT:帆苅智之

アルバム『人気者で行こう』

1984年発表作品

\n<収録曲>
1.JAPANEGGAE (ジャパネゲエ)
2.よどみ萎え、枯れて舞え
3.ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
4.開きっ放しのマシュルーム
5.あっという間の夢のTONIGHT
6.シャボン
7.海
8.夕方 Hold On Me
9.女のカッパ
10.メリケン情緒は涙のカラー
11.なんば君の事務所
12.祭はラッパッパ
13.Dear John

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