ピエール瀧の作品まで抹殺するのは、おかしい。何のために?誰のために?

女子SPA!

2019/3/15 08:45



コカイン使用による麻薬取締法違反容疑で3月12日に逮捕された、ミュージシャンで俳優のピエール瀧(本名・瀧正則)容疑者(51)。映画やドラマに加え、最近ではバラエティ番組でも見かける機会が多かったので、大変にショッキングなニュースでした。

そんななか「電気グルーヴ」が所属するソニー・ミュージックレーベルズがCD、映像商品の出荷停止と回収と、デジタル配信の停止を決定しました。またNHKオンデマンドも、瀧容疑者が出演する6作品の配信停止を発表するなど、各方面に影響が広がっています。

「電気グルーヴ」の相方・石野卓球が、ソロで出演予定だった23日のイベントまで出演停止にさせられたようです。

◆過去作品の封印は、誰のため?何のため?

もちろん、犯した罪については、刑が確定した段階で、社会的、法的に適当な制裁を受けなければなりません。しかし、こうした事件が起きるたびに、自動的に連帯責任が発生してしまう現象にも、おかしいと感じる人たちが増えてきた様子です。

劇作家の鴻上尚史氏は自身のツイッターで「出演者の不祥事によって、過去作品が封印されるなんて風習は誰の得にもならないし、法律的にも何の問題もないし、ただの思考停止でしかない。」と発言し、このような“風習”が繰り返されるようでは「この国の文化は悲惨なことになってしまう」と訴えていました。

ジャーナリストの江川紹子氏も「被害者がいない事件で、そういう非生産的なことは、もうやめたほうがいい」とツイート。ネット上では、鴻上氏や江川氏の意見に、“作品に罪はない”と共感する声も少なからず見受けられました。

◆コカインで逮捕されたブルーノ・マーズは回収どころか…

たとえば、アメリカのミュージシャン、ブルーノ・マーズ(33)も2010年にコカイン所持で逮捕されましたが、その後の目覚ましい活躍はご存知の通り。なんと逮捕の10日後にリリースされたシングル「Grenade」は全米チャート1位に輝き、この曲を収録したアルバム『Doo-Wops & Hooligans』は全世界でメガヒットを記録。

続く2012年のアルバム『Unorthodox Jukebox』でも勢いは衰えず、2014年のスーパーボウルハーフタイムショーで圧巻のパフォーマンスを披露し、2018年にはグラミー賞で6冠に輝きました。まぎれもなく、現代のスーパースターの一人です。

もしこれが日本だったら、逮捕された時点で表舞台からは消えていたでしょう。瀧容疑者とブルーノ・マーズを同じ土俵で語るのも少し気が引けますが、それでも、薬物犯罪でのつまづきひとつで、容疑者が残してきたあらゆる業績を消し去ろうとする動きが、100%理に適っているかどうかは、考える余地があるのではないでしょうか。

◆一部で放送自粛に…マイケル・ジャクソンの場合

このように、セレブのドラッグには寛容な欧米ですが、その一方で、いま他の理由で放送の中止や自粛をめぐって議論を呼んでいるアーティストがいます。

それが、あのマイケル・ジャクソン(1958-2009)。幼少時にマイケルから“性的虐待”を受けたと青年2人が告発する映画『Leaving Neverland』がこの3月にアメリカとイギリスのテレビで放映されたところ、その衝撃的な内容に、欧米が騒然となっているのです。

ネバーランドのすべての子供部屋には、なぜか大量の子供用下着とワセリンが用意されていたのだそう。さらに告発者の一人、ジェームズ・セーフチャック氏(41)は、マイケルが世界的に小児性愛シンジケートを運営していたとまで語っています。

こうした告白内容に、マイケルの遺族は事実ではないと声明を発表しました。また2005年に裁判で無罪にもなっていることから、公開前には、“またマイケルから金をせびるのか”と疑う向きもありました。

しかし、すべての証言が完全に真実とまでは言えなくとも、いまでは虐待の事実そのものは認めざるを得ないとする見方が大勢を占めています。こうした流れの中で、イギリスやカナダ、ニュージーランドの大手ラジオ局が曲の放送を自粛するなどの“マイケル外し”が起きているわけですね。

さらに大きなニュースとして、アニメ『ザ・シンプソンズ』からはマイケルが出演したエピソードの放映中止が決定。この措置について、エグゼクティブプロデューサーのジェームズ・L・ブルックス氏(78)は、「そうする以外にあり得なかった」と語りました。

カナダ出身のラッパー、ドレイク(32)も動きました。マイケルの未発表のボーカルをフィーチャーした「Don’t Matter To Me」をライブの曲目から外したのです。

故人に対していささか過剰とも思えますが、にもかかわらず常識的な判断だとの前提ができあがっているのですね。

◆「不祥事ならなんでも同じ」ではない

では、もはや罪を問えない故・マイケルであっても放映中止や自粛に至る根拠となっているものは何なのでしょう?

それは人権意識なのではないでしょうか。ドラッグの所持や摂取には、直接の被害者は存在しません。しかし、右も左もわからない子供を手なづけて性欲のはけ口としたのが事実なら、その行為について“作品と人格は別だ”と片付けるのは極めて困難です。

なぜなら、子供たちは、“あこがれのマイケル”に親しく接してもらえたからこそ、警戒心や疑いもなく距離を縮めてしまった。その“あこがれ”を抱かせたものこそが、彼の音楽やダンスだったと考えざるを得ないからです。

音楽活動によって獲得した絶対的な立場から、慈愛を装って子供を支配する行為。シンプソンズのプロデューサーやドレイクは、その卑劣さに毅然とNOを突きつけたわけです。

もちろん、“臭いものには蓋”といった側面もあるのでしょうが、それでも社会的な正義と照らし合わせたうえでの、良識にもとづく判断だと感じます。

◆「市中引き回し」のようなもの?

そこで考えてしまうのは、薬物犯罪における日本流の自粛が、本当に社会的制裁の意味を持つのかという点です。一体、誰の、何に対する正義の実現なのでしょうか?

確かに、デーブ・スペクター氏(64)が指摘したように、刑が確定していない段階でも迅速に対応する潔癖症的な厳しさが、薬物依存の増加を未然に防いでいるという見方もできるかもしれません。しかし、その発想の根っこにあるものは、市中引き回しの精神とあまり変わりないのではないか。(だからといって、恥の強制力をすべて否定するつもりもないのですが…。)

やはり、今回も釈然としないまま、いつの間にか風化してしまいそうな気がしてなりません。

瀧容疑者のコカイン逮捕と、再燃したマイケルの虐待疑惑に、改めて正義について考えさせられるのでした。

<文/音楽批評・石黒隆之>

【石黒隆之】

音楽批評。ipodに入ってる曲は長調ばかりの偏食家

当記事は女子SPA!の提供記事です。

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