“イグジスタンス”するために絵を描くことを選んだ画家・はくのがわ

日刊サイゾー

2019/2/26 22:30


 現在、アウトサイダーアート界隈で話題の一人の女性アーティストがいる。今、大注目の若手画家・はくのがわ(26)だ。躁鬱病と診断されて以来、何度も精神病院の入退院を繰り返しながら活動を続けてきた彼女。最近では街へ出て、大声を出しながら絵を描いている時に何よりもの幸せを感じるのだという。なぜ、このようなパフォーマンスを始めるに至ったのか? そこには、取材を進めるうちに見えてきた祈りにも近い、切実な「願い」があった。

■絵を描くことでのみ“生きてる実感”が持てた幼少期


 精神病院に通うようになった頃、デイケアに組み込まれている作業療法として絵画のプログラムを選択した。2014年、展示に出してみないかと声をかけられたことが、現在の活動に繋がるきっかけになったという。幼い期から絵を描くことが好きだった? と聞いてみると、「恥ずかしいけど……」と照れながら意外な返答が返ってきた。

「それよりも人に見られながら描くことのほうが楽しかった。私、すぐに友達と揉めるような子だったの。でも、教室のなかで絵を描いてると誰かしら『何描いてるの?』って話しかけてくれるでしょ。そういう時にだけ、生きてる実感が持てたというか。だから、自分より上手でみんなの注目を集めるようなクラスメートのことは嫌いだったよ(笑)」

──じゃあ、人の絵を見ることにはあまり興味がない?

「ないね。あはは(笑)。今ならなんでも面白がれるけど、当時はまったく。こんなのつまらないって思ってた。小さい頃、漫画家になりたかったんだよ。それなのに絵は上達しないままだし、ムカつくことのほうがずっと多かった。だけど、どこかしら拠り所ではあったんだよね」

──自分の描いた絵をSNSにアップするようになったのが、その頃?

「うん。簡単に言えば、捌け口だね。当時、『南条あや』っていうメンタルヘルス系のネットアイドルがいて、彼女のホームページにどハマりしてた。そのうちに、“リストカット”とかそういう単語を目にするようになるでしょ。私とやってることおんなじじゃんって思ったの。ちっちゃい時から自分で壁に頭をぶつけたりしてたよ、バーン! バーン! みたいな(笑)。昔から、いろいろおかしかったよね」

──「ムカつくことのほうが多かった」って、その感覚が変わったのはいくつぐらいの時なんでしょうか?

「中学生になって、いろんな音楽を聞くようになってからかな。ギターのリフがすごく気持ち悪い曲を見つけて、気持ち悪いなぁって聞いているうちに『でも、私はこれが好きだな』って。その時に初めて、普通じゃなくても良いんだって思えたんです。それからは周りの目を気にせず、自分の描きたいものを描くようになって、ようやく絵を描くことそのものを楽しめるようになっていった感じなんだよね」

■丸を描いた時に自分を肯定できた


 ひと通り生い立ちについて話すと、おもむろに床に落ちているチラシを手に取り、その裏に絵を描き始める彼女。「黄色がいいかな? あ、でもこの色嫌いなんだよね……」と、独り言を呟きながら、目の前の世界に没頭する姿はまるで子どものよう。ここで、はくのがわ流・絵の描き方について、話を聞いてみることにした。

──この前まで白黒で描いていたように思うんですけど、最近はカラーが多いよね。これは、何かきっかけがあったんですか?

「たまたま友達に画材をもらったから使ってるだけで、楽しければなんでもいいと思ってるから、何に描くかも気にならない。電話をしながら、落書きしたりするじゃん?私、そういうことが好きなんだよね。そのほうが、逆に集中できる」

──何を描きたいとか、そういうものは?

「“イグジスタンス”です。つまりは『生存』ってこと。それが私にとって必要なことだから描くんじゃない? 鬱で何もできなくなってた頃に1日ひとつ、何かするだけで達成感を得られるらしいっていうのを知って、ある時に壁に大きな紙を貼って立体的な丸を描いてみたの。そしたらなんとなく、『あ、今日一日なんかできたじゃん』って思えたってだけの話なんです」

──それが原点となって、今まで絵を描いてきたわけですね。この先で、何かにつながってほしいって思うことはありますか?

「みんなが幸せになればなんでもいいよ。だけど最近、それには私の幸せが必要なんだってことに気がついた。私が笑顔でいれば周りの人たちも幸せでしょ。もちろん、欲望はあるし、絵だって学んでみたいと思ったら学びたいけど、どうせみんなと同じことやってるんでしょ? バーカって思ってるので(笑)。私は周りの人たちのために、自分が楽しいと思うことをやりたい」

■路上パフォーマンスを始めた理由


 去年の7月に精神的に落ち着いてから、何事も一生懸命やるつもりで復帰した職場を半年で辞めたのは、通勤電車で見ず知らずの人にキレている自分の姿に気づいたことが原因だった。仕事柄、大きなカバンを持って電車に乗ることが多く、嫌な顔をされるうちに精神的に追い詰められて、無意識のうちに{なんなんだこいつ……?」と口走るようになっていったという。

──声を出すことで、何か開放される部分があったということなんでしょうか?

「基本的には大声を出すことが好きなんだよ。昔、補修の仕事をしていた時なんてもっと荷物が大きかったから、カートを引きながら『なんなんだおまえらー?』みたいな感じでキレながら歩いた。新宿の街を(笑)。たぶん、私があんなふうになってたのは、声を出せない環境にいたからなんだよね。会社に雇われて働いてるんだから、仕事中は静かにしなきゃいけないと思ってた。でも、今はもう何も失うものがないから、好き勝手しようと思ってね」

──路上パフォーマンスだって、奇異の目に晒されることはあるわけでしょ?

「自分主体でやってるから、こいつバカだなーおかしい奴がいるなーって思われたとしても、全部、私のことになるんだよ。もちろん、恥ずかしいっていう気持ちもあるから、今はそれも楽しんでたりするね。最近、理由付けする必要がなくなってきた気がしていて。例えばお酒を飲んで、何かやらかした時に『酔っ払ってました』って言い訳があるけど、それだって全部、自分に原因があること。どうして自分と、自分じゃないことにしておきたい部分と、離しちゃう必要があるんだろう? って考えた時にもう言い訳する必要ないなと。未来のことも全部、どうしようもなくなった時にやることっていったら、その時に考えるしかないよ」

──逆に、好きなことを好きなようにやってるだけなのに、アウトサイダーアートとして、レッテルを貼られてしまうことに対する窮屈さってありますか?

「え? 全然。中には『精神病の人が書いたんですね~』って面白がってくれる人もいる。私の『楽しい』って、結局はそういうことなんだよね。人が生き生きしている顔を見た時に幸せを感じる」

■生きてるということは、死ぬ必要がないということ


 あっけからんとした笑顔でそう語る彼女だが、数年前、筆者が彼女と出会ったばかりの頃は常にカバンにカッターを仕込ませている女の子だった。その変化について尋ねてみると、進化心理学について学んだことが、大きく変わるきっかけになったのだそう。

──進化心理学のどこに何を感じたんですか?

「みんな『愛』とか簡単に口にするけど、愛って目に見えるものじゃないから、要は気持ちの持ちようなんだよね。それに気づいた時、え? 愛ってないんだ……騙された……ってものすごく落ち込んで、鬱になったんだけど……(笑)。生物は種を残すために存在しているっていうのが進化心理学の考え方だね。結局は生きるしかないの。今、生きてるなら自分から死ぬ必要はないと思わない? 生きてるってことは、生きる必要があるということでもあるって気がついた」

──あぁ、車に轢かれたりもしないならってこと?

「そう! 今まで何度も精神病院に入院したけど、その上で思うのは、みんな生きてるし? と。訳のわかんない人たちもいっぱいいるけど、きっと私も誰かに同じように思われてたりするんだよね。普通って自分のなかにしかないよ。みんな、誰の普通を信じてるの?多数決のいきすぎじゃないか? って思う」

──ということは、精神的に自立したことによって落ち着いたということなんでしょうか?

「そうだね。誰かに死ねって言われて、俺、死んだほうがいいんだ……って思うような奴は勝手に死ねばいい。『傷つきました……』とか言われたところで、その人だって他のことで、誰かを傷つけてるかもしれないじゃん。逆に、『大好きです』って言われた時に、本当かよ? とか、おまえなんかとは違うって思ったことが私はあったからね。どんなに優しい言葉を使っても、気持ちや理想の押し付けはいつも腹が立つ。でも、ムカついてるのは自分なんだから、自分自身でどうにかするしかないんだよ」

──そういえば、先日、ツイッターにホームレスに話しかけられたらキレられたって書いてたけど……。

「私、寂しい時って結構、人に話しかけるんだよ。昨日も酔っ払って、そのへんのおじさんに『私は生きてるぞー!』とか適当なこと言って話しかけたら、チッって舌打ちされて泣いちゃったんだけど……(笑)。でも、なかには笑顔で応えてくれる人もいるし、嫌な顔する人たちもいつか変わるって信じてる。変わるっていうか、元の場所に戻れるような。私は戻ってきて、素直な気持ちになれるようになったよ。『やりたいことやる』っていうのはそういうことなんですよ、きっと」

(写真・文=佐藤麻亜弥)

●はくのがわ
twitter@edoakemijanaiyo
「アール・ブリュット ジャポネII」展
フランスパリ市立アル・サン・ピエール美術館 3月10日(日)まで
http://www.hallesaintpierre.org
「NAKANO街中まるごと美術館!アール・ブリュット-人の無限の創造力を探求する2019-」
中野ブロードウェイ商店街、中野サンモール商店街、中野南口商店街 3月3日(日)まで
■今後の展示予定
「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展~ヤンキー人類学から老人芸術まで~」
東京ドームシティギャラリーアーモ (4月12日~5月19日)
https://www.tokyo-dome.co.jp/aamo/event/kushino2019.html

当記事は日刊サイゾーの提供記事です。

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