藤原竜也が薄汚れていてもチャーミングな理由

wezzy

2019/2/13 21:05


 劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンタテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

前回、ロシアの文豪ドストエフスキーの「罪と罰」について紹介しました。教養のひとつとして押さえておきたくても、重厚な作風から挫折した経験のあるひとも多いだろう作家の代表作ですが、現在上演中の、同じロシア文学の大家チェーホフのレア作「プラトーノフ」は、そんなロシア文学のイメージを少し変えてくれるかもしれません。4人の女性との愛に大騒ぎした結果身を滅ぼす青年役で、藤原竜也が主演しています。
元カノや妻を見下す未亡人
 舞台は19世紀末のロシア、短い夏の始まりの時期。広大な土地を所有する美しい未亡人アンナ(高岡早紀)の屋敷にはたくさんのひとが集まってきます。その中のひとり、家柄と知性に恵まれた妻子ある教師のプラトーノフに、アンナは特別な思いを寄せていました。

アンナの義理の息子セルゲイは結婚したばかりで、皆に新妻ソフィヤ(比嘉愛未)を紹介します。しかし彼女は、プラトーノフが結婚前に交際していた恋人でした。プラトーノフの妻サーシャ(前田亜季)の弟で医者のニコライは大学生のマリヤ(中別府葵)に関心がありますが、これまで勉強しかしてこなかった彼女は、初めて出会ったタイプの男性であるプラトーノフが自身を愛していると思い込みます。

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「プラトーノフ」はチェーホフの死後に見つかった未発表戯曲が基になっており、彼がモスクワ大学医学部へ入学した前後の1878~1881年、20歳ごろに執筆されたといわれています。作品名は残されていませんでしたが、チェーホフの生誕100周年である1960年に「プラトーノフ」の題で初演。1976年には複数の短編と組み合わせて「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」の題で映画化されています。

チェーホフは短編の名手として知られていますが、「プラトーノフ」は本来のまま上演すると9時間超のボリューム。そういった理由で、他作品に比べ上演機会の少ない作品なのですが、美貌の未亡人の領地が競売にかけられるという「桜の園」との共通点など、チェーホフが後に発表する名作のモチーフが散りばめられています。

元カノのソフィヤに再会したプラトーノフは、若いころの感情が読みがえり、彼女とよりを戻します。純朴(でつまらないと見下している)な妻は許せても、新しい(かつ、退屈な人間だと見下している)ソフィヤの存在を許せない未亡人アンナはプラトーノフに「私に将来はない、今を生きたいの」「もうどうなってもいいの。あなたは私のものよ」とグイグイ迫り、妻サーシャが寝ている自宅の庭に事に及びそうに。信心深いサーシャは夫の浮気相手が人妻だと知り、絶望のあまり鉄道自殺を図ろうとし、大学生マリヤは「プラトーノフは教育者にふさわしくない」という脅迫状を送り付けてきます。
ひたすら残念な姿の藤原竜也
 チェーホフ作品の登場人物は、一言でいえばめんどうくさいひとたちですが、「プラトーノフ」に出てくる彼らは、誰もが自分勝手で愚かでありながらもどこか親しみも感じさせます。「プラトーノフ」にはシェイクスピアの「ハムレット」へのオマージュ描写もいくつか盛り込まれていますが、アンナが待つ庭へ戻るか迷うプラトーノフのセリフ「行くべきか行かざるべきか、それが問題だ」は、藤原自身が故蜷川幸雄演出で複数回「ハムレット」の主演を知っている観客からすれば、もはやコントともいえるような喜劇ぶり。

やっていることはロクでもないのに、プラトーノフがこんなにも女性に惹きつけるのは、知識層で弁がたち、女性たちにとって「自分の人生を変えてくれそう」な刺激的な男性だから。しかし妻に出ていかれると、酒浸りで身だしなみも小汚く、恋人たちにも構わなくなります。

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藤原竜也は膨大なセリフも立て板に水で、もちろん外見もかっこいいのですが、秀逸だったのは妻に去られてからの姿でした。薄汚れた下着姿でいなくなった妻を呼ぶ姿は「情けない……」の一言であるにもかかわらず、そんな恰好でもチャーミングなのは、さすが藤原。ひたすら残念な下着姿なのに「このひとを完全に手にいれるまであと一歩!」感がほとばしっていました。

いくら魅力的な男性でも、既婚者で女性関係の派手なプラトーノフに、なぜ女性たちは惹かれるのか。アンナは容姿に恵まれ教育も受けていますが、女性であるため田舎ではその教養を生かすこともできず、夫の残した領地も家の借金のカタに失いそうになっています。高岡はセリフなど技術的なものは物足りないものの、アンナのその鬱屈した感情が自由奔放にみえるプラトーノフへの執着になり、返信がこなくても手紙をやまほど送りつけ彼の家に押し掛ける、空気を読まない肉食ぶりと傲慢ぶりはしっくりきていました。

ソフィアも、可能性に満ちていたであろう過去の自分への思いが、プラトーノフとの復縁から爆発。「幸せにしてくれるっていったのに」と彼に迫るうちに狂気にとらわれていき、結果、彼の命にとどめをさしてしまいます。

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完璧なモテ男であるプラトーノフは、作者のチェーホフが、容姿と知性を持ち合わせた若いころの自身を映したともいわれています。たくさんの女性と交際したい、でも満たされない気持ちは、男性なら(願望も含めて)覚えがあるのでは。戯曲の背景の封建的な時代性はあれど、自分に足りない部分を交際相手のスペックや存在で埋めようとするのも、経験のある女性も多いでしょう。演出によってはひたすら官能的にも暗くもなりうる作品ですが、本公演の演出から受ける印象は、ドタバタ喜劇。チェーホフ作品の懐深さを思い知るとともに、大文豪イメージでの敬遠はもったいない! とも実感するのです。

当記事はwezzyの提供記事です。

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