小柳ルミ子、母への思いと離婚騒動当時の思いを独白「もう時効だから言いますけど……」

テレビドガッチ

2019/2/10 13:30

歌手であり女優の小柳ルミ子が、2月9日放送の『人生最高レストラン』(TBS系、毎週土曜23:30~)に出演。自身の波乱万丈の半生を振り返った。

徳井義実(チュートリアル)と宇賀神メグTBSアナウンサーがMCを務める同番組は、料理の代わりにゲストの「人生で一番おいしかったものの話」をいただくグルメトークバラエティ。今回の“常連客”は、ピエール瀧と光浦靖子。

今回は、芸能界屈指のサッカーファンとして知られる小柳が登場。収録の前日も深夜まで海外のサッカー中継を見ていたそうで、この日の睡眠時間は、たったの1時間15分なのだとか。そんなパワフルな小柳は、今年で芸能生活48周年。15歳で親元を離れ、宝塚音楽学校に入学。同校で芸事や教養を学び、首席で卒業するが、そのまま宝塚には進まず、「歌って踊れる歌手になる」という母との夢を叶えるために、芸能界へ。

デビュー曲の「わたしの城下町」は160万枚を売り上げ、一躍スターの仲間入りを果たすが、私生活は苦労の連続だったという。13歳年下のダンサーとの結婚、そして離婚によって世間から様々な誹謗中傷やバッシングを受けた小柳。当時の報道については、「正直言って、報道されていることとは、事実は違うのでね。だから、“鬼のような女”ってずいぶん言われましたよ、あの頃」と振り返った。

しかし、結婚をしたのも離婚をしたのも自分であり、さらに相手のあることなので、絶対に真相は言わないと決めていたという。また、二人三脚で頑張ってきた母親に心配をかけまいと電話をしたところ、「ルミ子、信じとうよ。私の娘やけん。こんなことで負けるはずがなか」と励まされ、泣いてしまったというエピソードも披露。

小柳は「もう時効だから言いますけど」と前置きし、「何度も死のうと思って。どうやったら、楽に、簡単に死ねるかって、毎日そんなことばかり考えて」と、当時の苦しかった胸中を告白。しかし、その母の言葉と、今まで自分が歌ってきた数々の名曲が頭に浮かび、思いとどまったという。

小柳は、「僕たちはルミちゃんのために生まれてきたんだよ。ルミちゃんが死んじゃったら僕たちどうしたらいいの」と曲たちが語りかけてきたと明かし、「こんなことで自分の人生否定したら、私の人生かわいそうだって思って、這い上がってきたんですけどね」と語った。

そんな小柳が今回紹介したのは、歌手デビューして間もない頃に連れて行ってもらった六本木の「ステーキハウス ハマ」のフィレステーキや、宝塚時代によく通っていたというお好み焼き屋「むつみ」の豚のお好み焼き、そして、明治座での公演の後で上京した母と食べた日本橋「ざくろ」のサーロインステーキなど、人生を支えてきた逸品だった。特に「ざくろ」での食事は母と二人で食べた最後の食事になったそうで、あまりに思いが強すぎて、「逆に私は未だに日本橋のざくろさんには行けないんです」と目を潤ませた。

小柳の母にとって最後の肉料理となった「ざくろ」のサーロインステーキだったが、当時は、150gのステーキを「おいしか~」とぺろり。そんな母の姿を見た小柳は、「常に思うんですけど、おいしくいただける自分でありたいと思うんですよ」と明かし、「それこそ死ぬ前に食べたいのはやっぱりお肉だし……。どうなんですかね、食べられるんですかね? 私の母のように」と他の出演者に問いかけた。すると、MCの宇賀神アナが「食べられそうです! 食べられそうですよ、パワフルですから!」と力強く返答。小柳は「本当!? よし、宇賀神ちゃんがそう言ってくれるなら、食べよう!」と最後は笑顔を取り戻していた。

当記事はテレビドガッチの提供記事です。

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