イケメンや憧れの相手とは少し距離を置いたほうが幸せな理由

少女マンガ研究家の和久井香菜子さんが、マンガの登場人物にフォーカスし、恋愛を読み解いていくこの連載。
イケメンキャラや恋愛模様に萌えつつ、ちょっぴり自分の人生を一緒に見つめていきましょう。

第10回目のテーマは『黒薔薇アリス』のディミトリ・レヴァンドフスキとアニエスカ・フォン・ローゼンフェルトです。

 

純粋な「憧れ」はもっとも楽しい恋愛模様

「イケメンは遠くにありて思ふもの」と言いますね。

……え、聞いたことない? 和久井はもう10年くらいそう言い続けてるんですが、まだ浸透してないですか。

イケメンは確かに見ていて気持ちがいいけれど、付き合ったら幸せかどうか分からないから、遠くでキャーキャー言うくらいが一番かな、と思ってるんです。

そう、その「キャーキャー」っていうか憧れって、すごく純粋ですよね。

 

少女マンガ鉄板のヴァンパイアもの

・あらすじ

時は19世紀。この物語の主人公のひとりは、いわゆるジプシーの生まれの少年・ディミトリです。侯爵に才能を買われて、声楽家になる教育を受けて育ちました。その伯爵の息子・テオドールとは親友同士。しかし、ディミトリはテオドールの婚約者・アニエスカの純粋さに惹かれてしまいます。アニエスカもディミトリの才能に憧れているので、実は2人とも両思いなんです。

でも、ディミトリとアニエスカは身分が違うし、どうこうしようとは思っていません。このプラトニックな感じ、欲望渦巻く大人の世界を生きていると、本当に癒されます。

しかし、その後ディミトリは不運な事故が原因でヴァンパイアになってしまう。ここからが物語の本格スタートです。ディミトリは、思いがけず手に入れたそのヴァンパイアの力で、テオドールやアニエスカとの関係をすべて破滅させてしまうんです。そうして、その力によって生きているとも言えず、また死んだとも言えない人形のように抜け殻になったアニエスカの身体を傍らに置きながら、100年以上も放浪を続けることになります。

……一方で、実はディミトリは、アニエスカを深く想いながらも貴族のマダムたちとよろしくやってるんですけどね。ここらへんは少女マンガあるあるです。主人公の女性への叶わぬ思いを紛らわせるために他の人を求めてしまう……とか、少女マンガだと美談です。

でも自分がその相手だったら、誰か他の人を想いながらイチャイチャされたらたまらなく嫌だなあ。まあそこは、アニエスカへの満たされない愛ゆえ……みたいなことでよしとしますか。

 

「永遠」という言葉が持つ途方もない魅力

『黒薔薇アリス』は、少女マンガ脳のツボをガンガン押してくる名作です。

だってヴァンパイアですよ?その上、その設定が

「ヴァンパイアはたった1人 心に定めた女を抱いて命を終える生き物」

なんです。アンニュイで耽美で、がっついてない。「儚いもの」と「永遠」とのギャップやジレンマに悩む。それがヴァンパイアものの醍醐味なんです。

このディミトリの汚れない美しいものを大切に箱にしまっておきたいような、一途なアニエスカへの想いにビリビリしびれます。だって、人の心は移ろうものだから。それを否定するかのように誰かをずぅっと好きとか、自分が移り気なもんで心底憧れます。

若いうちは簡単なことで人を嫌いになりますからね。数週間、数ヶ月で気が変わる人もいるじゃないですか。「もう?なんで?」みたいな。いつ相手の気持ちが変わるか、ハラハラしながら過ごすのなんて苦しいですよね。

永遠に生きたいかどうかは別として、変わらない何か、それが愛だったり美しさだったり。本来儚いものの永遠って、少女マンガ脳にはすごく魅力的なんです。

 

「憧れ」の相手とは少し距離を置いたほうが幸せなのかも

さて、アニエスカのディミトリへの思いは、恋愛というよりは憧れに近そう。ドロドロした欲望ではなく、ちょっと距離を置いた美しい関係。

……そう、イケメンや憧れの相手とは身近に付き合うのではなく、少し距離を置いたほうが幸せなのかもしれません。

男性の欲望って、あることは知っていても、実際に目の当たりにすると傷つくことが多いもの。

まさに、その「憧れ」と「現実」のギャップに衝撃を受けたのが、ディミトリとの最後のやり取りだったんじゃないでしょうか。ものすごく強烈なかたちで、ですが……。

ディミトリへの憧れを抱いていたアニエスカにとって、ディミトリの欲望を目の当たりにしたら、どれほどショックか……!

そう、付き合ったり結婚したりというと、どうしても利害関係ができてしまう。けれど、少し離れたところで思うだけなら、すごくきれいなままでいられそう。

それってとてもピュアな恋心じゃないかと思います。無邪気で、ネガティブな部分がなくて、もっとも楽しめる恋愛じゃないでしょうか。

ディミトリのアニエスカへの想いがプラトニックで永遠なら、それと対照的な恋愛もこの作品には描かれています。しかも、その比較構成がめちゃくちゃすごい。そしてこっちはこっちでとっても萌えなんです。次回はそんなお話を。

WRITER

  • 和久井香菜子
  •        

  • 大学の社会学系卒論で「少女漫画の女性像」を執筆、以来少女マンガ解説を生業にする。少女マンガの萌えを解説した『少女マンガで読み解く乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。視覚障害者によるテープ起こし事業「ブラインドライターズ」運営。

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