渋谷天外×藤山扇治郎インタビュー~『二月競春名作喜劇公演』松竹新喜劇が創る、蝶が飛び、花が咲いたと笑う世界

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新派130年と松竹新喜劇70年、合わせて200年達成の夢の競演『二月競春名作喜劇公演』が2019年2月2日(土)~23日(土)、新橋演舞場にて上演中だ。「競春」と冠された通り、両劇団の名作喜劇を二本立てで、しかも各劇団の役者が双方にミックスして出演するという贅沢なコラボレーションだ。演目は、新派の「華の太夫道中」(北條秀司・作「太夫さん」)と、松竹新喜劇の「おばあちゃんの子守唄」(館直志・作「日本一のおばあさん」、後の「船場の子守唄」)。

「おばあちゃんの子守唄」は、1954年の初演以来、曽我廼家十吾や藤山寛美、そして先代と当代の渋谷天外がつとめてきた主人公を、今回は新派の水谷八重子が演じる。『二月競春名作喜劇公演』の製作発表記者会見後に、松竹新喜劇をけん引してきた三代目渋谷天外と、昭和の喜劇王・藤山寛美の孫にして松竹新喜劇のエースである藤山扇治郎(朝ドラ「まんぷく」の“野呂缶”!)に、本作の見どころを聞いた。
(左から)渋谷天外、藤山扇治郎
(左から)渋谷天外、藤山扇治郎

■自然に思うところを素直に演じたい


——舞台は大阪。天外さんが演じる平太郎の長女・喜代子が、平太郎の会社の社員だった吉田(扇治郎)を追いかけて家出をした1年半後が描かれます。高松に隠居していた母の節(水谷八重子)が、訪ねてきたところから物語は動きはじめます。扇治郎さんの演じる、吉田という役についてお聞かせください。

藤山扇治郎 春本由香さんが演じる、喜代子と駆け落ちしてしまう役ですね。

渋谷天外 悪い男や、吉田は(笑)。

扇治郎 たしかに悪いやつです(笑)。ただ松竹新喜劇に、本当の悪人は出てきません。なにか理由があったり、事情を知らないばっかりにそうなったり……。その意味では吉田も誠実さがあり、悩みを抱える役どころです。喜代子と支え合う姿は素晴らしいなと思っていますので、そのような部分も素直に演じられたらと思います。

——「素直に演じる」とは?

扇治郎 こうしてやろうという気持ちで演じると、どこか違う方向に行ってしまうことが多いんです。特に「笑かしてやろう」「まじめっぽくしてやろう」とし過ぎると、「してやろう」がお客さんに伝わってしまう。演技ではあるけれど、役者自身が本当に、自然に思うところを出さないといけない。そこを「素直に」ですね。
藤山扇治郎
藤山扇治郎

——天外さん、今、ニコニコと頷いておられましたね。

天外 彼は、軽い調子で話していましたが、芝居の根本の話をしているなと思いまして。

扇治郎 (笑)。

天外 役者が役を掴もうという時、最後には役者の人生そのものが、舞台に出てくるものです。例えば二枚目を演じるにしても、普段から小ずるく立ち回っている役者なら、どこか小ずるい二枚目になる。彼(扇治郎)の祖父、藤山寛美先生はよく「楽屋がオモテに出るよ」とおっしゃっていました。舞台には、役者の生活や人となり、つまり役者の人生が出る。今31歳の彼が、この役をどう捉え、どんな「吉田」ができあがるか、楽しみにしています。

——歴史のある劇団だと、前に演じた役者さんのやり方に倣う必要があるのかと思っていました。

天外 どれだけ倣おうとしても、役者によって言葉づかいも間も、どこかしら変わってくる。ならば、どんどん進化していくべきだと思っています。
渋谷天外
渋谷天外

■あるべき日本の家族の姿を


——今回のおばあちゃん役は、新派の水谷八重子さんです。

天外 水谷八重子さんが出れば、どんな役だって、全部水谷八重子さん。水谷八重子さんでありながら、水谷八重子さんではない役になる。「おばあちゃんの子守唄」も、水谷八重子のお芝居になりますよ。そこが、お芝居の面白いところです。

扇治郎 この作品も、初演は「日本一のおばあさん」という題で曽我廼家十吾先生がおばあちゃん役を。その後「船場の子守唄」と名前を変えて、祖父(藤山寛美)がおじいちゃん役を演じました。
藤山扇治郎
藤山扇治郎

天外 主人公がおばあちゃんからおじいちゃんに変わっても、芝居の本質的なところが変わらなければいいと思っています。

——「おばあちゃんの子守唄」で描かれる、本質的なこととは?

天外 家族の絆でしょうね。特にタテの絆です。いまの世の中、人と人の繋がりをみてみると、おばあちゃんはおばあちゃん世代の人たちと、お父さんはお父さん世代の人たちと等、ヨコのつながりはある。けれども、世代間に乖離が生まれて、家族の絆、世代を繋ぐ、タテの絆が少なくなってしまったように思う。この作品には、喜劇としての仕掛けもありますが、本質的には、あるべき日本の家族の姿を描いています。

■蝶が飛び、花が咲いたと笑う世界


——役者さんたちの手で作品を進化させながら、創立70年。「松竹新喜劇らしさ」を支える枠組みは、どの辺りに残されているでしょうか。

天外 実は、もともとの枠組みは、もう存在しないように思うんです。松竹新喜劇が設立された当時、日本にはまだ漫才もなく、吉本新喜劇さんができるのも10年後。曾我廼家劇と松竹新喜劇以外に、笑いを扱うお芝居が存在しませんでした。戦時中や戦後というその時代に、うちの父・二代目渋谷天外(明治39年 - 昭和58年。筆名:舘直志)が、こんな言葉を残したんです。「蝶が飛び、花が咲いたと笑う世界を目指すために、我々は喜劇をやっている」。意味をかえせば「そうやって笑える世界がきたら、喜劇はいらなくなる」ということです。現代では、テレビをつければ、どこのチャンネルでも誰かしらお笑い芸人さんが出ています。笑いが蔓延している。親父たちが目指そうとした世界が、できているんです。
渋谷天外
渋谷天外

——松竹新喜劇が目指した世界と、実際の世界の境界がなったんですね。

天外 今は松竹新喜劇という括りを標榜することなく、大阪の笑いで、財産としてきた作品の芝居をしています。

■藤山寛美は舞台の上で生活していた


——次世代を担う扇治郎さんに、お聞きします。入団以来、ご祖父・寛美さんの存在について聞かれるたび「おじいちゃんというよりは、神様のような人なので」とお答えになってきました。入団から5年、寛美さんのどのようなところに「神様」を感じますか?

扇治郎 舞台上の役者は、台詞はもちろん、花道から出てきてここに引っ込むなど動きも、すべてあらかじめ決められています。でも普段、人は、その場の思いつきでしゃべり生活をしていますよね。祖父の場合、お芝居ですから衣装を着て化粧をしてお客さんの前に出ていくけれど、共演者との距離など色々ある中で、自由自在に動ける。誰がトチろうが何が起ころうが、舞台の上でふつうに生活をしている。そこが素晴らしいところだと思っています。

天外 トイレ行ってるときとか、どんなんだったんやろな? その時だけが、稲垣寛治(寛美の本名)やったのかも。「どれがホンマの自分かわからん」ろ、ぽろっと言いはったこともある。それくらい舞台との境がなかった。一瞬ですーっと変わっていくんですね。
渋谷天外
渋谷天外

■大人から子供まで泣いて笑って


——入団からの扇治郎さんをご覧になって、いかがですか?

天外 5年でこれは十分すぎます。ただ6年目も同じでは、いけませんよね。何年たっても、常に伸びしろがあって欲しいですね。

扇治郎 (深く頷く)

——劇中と同様、お父さんと息子のような関係ですね。

扇治郎 今どきのお父さんというより、"親父(おやじ)"って感じです。泥臭いところもあり、威厳もあります。

——では、稽古場でも劇団のお父さんみたいな存在?

扇治郎 稽古場でもたしかにお父さんな一面はおありですが、なにしろ劇団には、お父さんだけでなく、88歳のおじいちゃんから、おばあちゃん、お母さん、お父さんの友だちやお父さんの弟までいます(笑)。すると「ここはちょっとお父さん引っ込んどこうか」みたいに、全体を考えてらっしゃるイメージです。

天外 ややこしいんですよ!(笑)

——まさに世代を越えたタテの絆ですね(笑)。

天外 ……と、まあ、松竹新喜劇の裏話的なお話をしましたが、お客さんには新橋演舞場で笑って泣いていただいて、帰り道にふと「そうゆうたら……」と何か思っていただけるところがあれば、もう何も言うことはありません。

扇治郎 「おばあちゃんの子守唄」は、年齢に関係なく、大人から子どもまで家族で観ていただけるお芝居です。『二月競春名作喜劇公演』は「華の太夫道中」「おばあちゃんの子守唄」の二本立て。たくさんの方に劇場にお越しいただきたいです。
藤山扇治郎
藤山扇治郎

取材・文=塚田史香

当記事はSPICEの提供記事です。

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