立川志らく、友井雄亮の純烈脱退へのコメントに見る“時代遅れ”の価値観と自意識


 羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます

<今回の有名人>
「例えば、事務員。DVの人が事務員やっていいの?」立川志らく
(立川志らく公式Twitter、1月14日)

噺家とその一族の自意識が、理解できないことがある。

例えば、『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に、林家三平が出演した時、こんなエピソードを明かしていた。三平が女性と交際するときは、母親である海老名香葉子、長姉の海老名美どりと、その夫である峰竜太、次姉の泰葉が面接をし、許可を得る必要があるという。特に母親の意見は絶対で、お眼鏡に叶えば“うな重”が出てくるが、気に入らなければ、交際禁止を示す“カレーうどんが出てくるらしい。ちなみにほとんどの女性がカレーうどんで、珍しくうな重が出たのは、元日本テレビの馬場典子アナウンサーだったそうだ。

「母親が怖い」という意味で、このエピソードを披露したのかもしれないが、私が感じたのは海老名家の“何様感”なのである。『ボクらの時代』(フジテレビ系)で、三平の兄・林家正蔵が、妻について「短大生の頃からうちに出入りしていて、おふくろが『お勤めしないでうちに来てほしい』と頼んだ」と言っていた。つまり、結婚は香葉子の意向が強かったことを明かしている。ということは、香葉子が三平の彼女に対して面接をするのは、結婚に向けての最初の面接である可能性が高いだろう。まぁ、噺家という伝統芸能の家の一員となるのだから、サラリーマン家庭とは違うと言いたいのかもしれないが、「相手の女性が自分の息子と結婚したがっている(息子がフラれる可能性はない)」と思い込んでいるのがすごいと思うのだ。

噺家、もしくは自分の家は、人に憧れられている。香葉子は、そんな自意識を持っているように私は感じるが、この人もまた同じ系統なのではないかと思うのが、立川志らくだ。

『ひるおび!』(TBS系)のコメンテーターとなって以来、テレビに出演する回数が増え、ニホンモニターの「2017年上半期のブレイクタレント部門」1位に輝いた。志らくは伝説の落語家・立川談志の弟子にあたるわけだが、コメントする際「談志がよくこう言っていたんですよ」というエピソードを披露する。破天荒でならした談志だけに、どんなエピソードかと期待が高まるが、よく聞いてみると“自分褒め”だったということが、ちょくちょくあるのだ。

例えば、番組名は失念したが、談志は映画や音楽、浪曲などに造詣が深く、幅広い知識を持っていたという話を、志らくが披露していたことがあった。私のように談志を知らない人なら、「へぇ、そうなんだ」と新しい情報として受け止めるが、ここで志らくは「立川流の弟子の中で、談志の好きなものを全部マスターしたのは、自分だけ」と結ぶのだ。あれ、それ、結局、自分が勤勉だって褒めてます? と思ってしまう。

『梅沢富美男のズバッと聞きます!』(フジテレビ系)に出演した志らくは、11年に談志が亡くなり、テレビで特集が組まれるなどしたことで、その偉大さをあらためて知り、「私がもっとテレビで売れていたら、どれだけ喜んだことだろう」と悔やんだことが、テレビ進出のきっかけだったと説明していた。

師匠思いの話に水を差してなんだが、師匠である談志から、今際の別れに「テレビに出ろ」と言われて、テレビ進出を決め、人気者になったのなら、日本人が大好きな人情話になるだろう。けれど、別に直接言われたわけでもないのにテレビに出たのなら、それは単に本人の希望ではないだろうか。談志のキャリアは、弟子が売れようと売れまいと損なわれるわけではないし、師匠を喜ばすという言い方も、自意識過剰というか上から目線だと私は感じてしまう。

しかしながら、志らくがテレビに出続けていることを考えると、私のようなひねくれた意見を持つ人はごくまれで、多くの視聴者が、彼を支持していると見ることもできるだろう。好みは人それぞれだから、かまわないわけだが、それでも、その人気に違和感を覚えてしまう「何かちょっとずれているなぁ」と感じる発言があるのだ。

昨年の『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしたムード歌謡コーラスグループ、純烈。「スーパー銭湯アイドル」とも言われ、『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、ファンの熟年女性たちと体を密着させて写真を撮っているのを見たことがある。しかし、「週刊文春」(文藝春秋)に、メンバーの友井雄亮が交際相手にDVを働いていたこと、また金銭の使い込みをしていたことを報じられた。友井自身はこれを事実であることと認め、芸能界引退を発表したのだ。

このニュースを受け、志らくが「やったことは卑劣、許されない。でも、引退が正しいのか。だって、この後なんらかの仕事に就く。例えば事務員。DVの人が事務員をやっていいの?」「芸能界って本来はどうしようもねぇ連中の吹き溜まり。女ったらし、博打打ち、大酒飲み、自分勝手。でも素晴らしい芸を持っていた。親は子供をそんな世界には入れたくない。でも庶民は憧れた。友井さんは卑劣。でも謹慎して数年の後歌って稼いで被害者に返す。でも今の時代それも許されないか」と、Twitterでつづっているのだが……DVの人が事務員をやっていいと、私は思う。

かつて、『紅白』に出るような歌手は、歌番組のランキングで上位に入る人がほとんどだった。しかし、今、歌番組はほとんどなくなり、歌手たちは苦戦を強いられている。純烈はスーパー銭湯などで歌を歌い、物販もするなど、地道に知名度を上げてテレビに出てきた。『ノンストップ』で、1万円の首飾りをメンバーにかけてあげる中高年女性を見たが、主なファン層はこのゾーンの女性たちだろう。同番組では、同じCDを何枚も買う女性が紹介されており、「女性たちがカネを出す→売り上げが増える→テレビから声がかかる」という図式から考えると、『紅白』に出られるようになったのは、女性ファンのおかげと見ることもできるだろう。

DVを行った友井が、反省し、再出発を図るのに、芸能界は問題ありで、事務仕事は問題ないと私は思うのだが、その線引きは“何に対して給料が支払われるか”による。会社員は事務労働と引き換えに給料をもらう。しかし、純烈は違う。女性ファンに夢を見せることによって、献身や献金をしてもらい、『紅白』に出るまでの成功を収め、ギャラを得ている。その一方で女性に暴力を働いたり、使い込みを行うという、女性ファンの夢を壊すことをしていたのだ。

志らくの発言に違和感を覚える理由は、今の「芸能人と一般人の序列」を理解していないように見えるからだ。ちょっと前まで、売れる人というのは、テレビが猛プッシュして名前と顔を売っていた。つまり、テレビが売れる人を作っていたとも言えるので、この時代の序列は「芸能人(もしくはテレビ)>一般人」である。しかし、今は時代が違う。テレビに出なくても、セールスを稼げれば純烈のように『紅白』にも出ることができる。ネットでの炎上がもとでCMが休止になったり、ドラマのタイトルが変更になったりもすることから考えると、時と場合によっては、「ネット>テレビ」になることがある。SNSの発達によって、これまでなら握りつぶされてきた芸能人の悪行を一般人が拡散することもできる。もはや一般人と芸能人は同等で、失うものの大きさから考えるのなら、その序列は「一般人>芸能人」とも言えるのだ。それなのに、志らくは相も変わらず、芸能人が上であると信じているような発言があるから、私はズレていると感じてしまうのである。

けれど、志らくのような“オレは何でもわかっちゃうんだけどねオジサン”がいないと、盛り上がらないのもテレビだ。志らく師匠、ますますのご活躍を期待しております。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

当記事はサイゾーウーマンの提供記事です。

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