2019年版アニメ「どろろ」の解釈に戦慄、規制を超えて行け。完結まで描き通してくれるに違いない

エキレビ!

2019/1/14 09:45

アニメ『どろろ』(→公式サイト)。第一話がスタート、今日1月14日(月)22:00より、TOKYO MXほかで、第二話「万代の巻」が放映される。
Amazon Prime Videoで毎話24:00頃から配信予定。
手塚治虫の有名過ぎる作品、あらゆる部分に独自解釈を入れて動画表現しつつも、きっちり原作リスペクトをしている、挑戦的な作品に仕上がっている。現時点ではSNSでの評判は上々だ。


■感覚器官のない百鬼丸
時は戦国時代。身体のあらゆる部分を失った少年・百鬼丸。妖怪を倒して自らの身体を取り戻していく……というのが原作の本筋。
今回のアニメ化では、初登場時の百鬼丸が人形のような容姿になっている。
公式サイトのキャラクター紹介を見ると、目に光がないくらいにしか変化はわからない。実際に動画になると、口も表情も微動だにせず、固い彫像のようになっている。
これは、初回では皮膚がなく、仮面をかぶっているからだ。

百鬼丸には目も耳も声帯もない。原作ではそれでも、超能力に近いレベルの才能と訓練で、人間とほぼ変わらない状態で動いていた。どろろですら、最初は気づかなかったくらいだ。
しかし今回の百鬼丸は、失ったものは、失った状態のままで動いている。
目が見えないから、視線が目的の方向に定まらない。耳が聞こえないから、何かが起きても咄嗟には反応できていない。どろろもすぐに気づいたほど。
声は、原作では腹話術を使って話していたが、第一話では何一つしゃべっていない。
声優は鈴木拡樹と発表されているので、声帯を取り戻すまで話さない可能性がでてきた。

「身体がない」映像表現として、とてもわかりやすい。手も足も鼻もない。現時点であるのは、ほぼ心だけのような状態だ。
妖怪の存在だけは、感覚で鋭く見ぬいている。彼が感じ取った時の、レーダーのような映像も面白い。地形や人間の姿も把握できているようで、どろろが落下した時に、視線を全く向けず、背中で受け止める動作が入っている。

今後身体を取り戻すたびに、視線や表情描写が徐々に調整されていくのだとしたら、演出と作画がとても大変なことになりそう。ここがお米など、原作に出てきたキャラクターの身体や心の表現と、どう連なっていくのか期待。

■2019年版どろろはエンディングに向かうのか?
「どろろ」は1967年に手塚治虫が描いた漫画。後にアニメ「どろろと百鬼丸」が1969年に放映された(dアニメストアなどで配信されている)。
小説、ゲーム、映画、舞台、女体化コミック(「どろろ梵」)、再コミカライズ(「どろろと百鬼丸伝」)など、あらゆる作品が派生。「ドロロンえん魔くん」とのコラボ「どろろとえん魔くん」なんて作品もある。

実際の原作コミックは、4巻で終わっていてかなり短い。ラストは尻切れトンボで、完結しているとは言いづらい。
旧アニメ版では、百鬼丸と父親が戦う、やりきれないラストを迎えている(原作にはない)。

今回のアニメ化では、元々48体の魔神像に身体を奪われたのに対し、今回の「鬼神像」の数は12体と大幅減。
この数であれば、百鬼丸が全部を倒すのは、かなり現実的になってきた。
アニメの中で、きっちり終わりまで描く、という意気込みとして受け取りたい。

■原作と旧アニメへのリスペクト
かなり新しい表現だらけの今作。原作への強い思いは随所に見られる。
まずOP。ところどころ入るカットは、原作に使われていたコマを、新たなビジュアルで、かっこよくかつ元の味を生かして再現したものだ。

戦国時代に命が粗末に扱われていた背景も、きっちり押さえている。その一つの例が、百鬼丸を育てた医者の寿海が、黙々と戦場の死体をエンバーミングするシーン。原作には無い、へたすると親切心よりもサイコパス感の方が勝るシーンだ。

また、リアルめな絵柄の中、やたらコミカルで浮いている絵柄の犬が登場する。
これは旧アニメ版に出てくるオリジナルキャラクター「ノタ」によく似ている。百鬼丸とどろろに着いていく存在だ。

旧アニメ版や原作は、現在の差別用語とされているものが多数含まれている。
しかし両者とも、差別的な意味合いではなく、「生命」や「障害」の表現として使っていた言葉だ。
今作でそのあたりをどう映像表現していくのかは、注目したいところ。
一話で盲目の琵琶丸が華麗に戦っているあたりからも(原作は百鬼丸の過去がたりから登場)、障害表現をマイナスに描かず立ち向かう覚悟が見られる。

(たまごまご)

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