銀座にキャバクラを出店して2年で撤退。経営に失敗してわかった「引き際の大切さ」

日刊SPA!

2019/1/14 08:52



こんにちは、内野彩華(うちのあやか)です。

新宿・歌舞伎町にキャバクラを4店舗経営する歌舞伎町の女社長。そんな私が野心の大切さを説く、この連載。第36回は「したたかさ」がテーマです。

私は25歳でキャバクラを経営しはじめて、16年になります。これまで私が経営に関してGoサインを出したものは、最終的に全て上手く行っていたので、少し過信していたのかもしれません。

この歳になって、まさか自分が「失敗」に遭遇するなんて夢にも思いませんでした。今回は私の身に昨年起きた「失敗」についてお話します。

◆歌舞伎町のキャバクラを「銀座」に出店した

2年前、「歌舞伎町」をコンセプトにしたキャバクラを銀座に出店しました。スタッフは歌舞伎町本店のアップスから、店長と売れている女の子を一人。加えて、六本木で働いていた前店長に戻ってきてもらい、あとは現場採用でまかなうことにしました。

採用面接には、昼間OLをして、週に2、3回程度出勤したい女の子がたくさんやって来ました。

彼女たちを見て私は軽くがっかりします。髪の毛は金髪で、新宿二丁目でオネエがやるような一気コールや、カラオケの下品な替え歌ができる「歌舞伎町のようなキャバ嬢」にこだわって採用をしたかったのですが、集まったのは「銀座」を意識した上品な女の子ばかり……。

そこで軌道修正すべく、銀座に近い「新橋」を意識してみることにしました。新橋はサラリーマン中心の歓楽街という点で歌舞伎町と少し毛色が似ています。「新橋のキャバクラで働いた経験がある子」に採用基準をしぼり、再度面接を行ったところ、すぐに良い人材を採用することができました。

しかし、新橋で働いた経験のあるキャバ嬢たちは実際に働いてみると、すぐに辞めてしまったのです。理由は環境の違いでした。新橋は銀座に比べ、時給は安いのですが、朝まで働くことができ、ドリンクバックが稼げるという魅力があったのです。

◆銀座では新規のお客を獲得するのが難しかった

それから、銀座は新規のお客様を獲得するのが難しい場所でした。新橋の無料案内所やネットに「銀座の店」として広告掲載するなど、あらゆる努力をしましたが、歌舞伎町に比べて新規客は本当に少なかったです。

試行錯誤を2年間続けましたが、なかなかうまくいきませんでした。

「年内までに新しく売れ筋の女の子を最低でもひとり、採用できなければ、2年間で終止符を打とう」と決めていました。

11月になって店長と話をしました。「このまま銀座で店を続けていても意味がないから、みんなで歌舞伎町に戻ろう!」と。

◆なぜ11月に銀座のお店を畳んだのか?

ここからが本タイトルの「失敗してわかった引き際の大切さ」につながるのですが、店を閉めることで、銀座店の優秀なスタッフたちを、銀座の街に大放出するのは絶対に嫌だと思いました。売上のある女の子はもちろん、能力のある黒服らを絶対に歌舞伎町に全員連れて戻りたいと思いました。

そして、店長と戦略をたてました。

まず、周りの人望があるオピニオンリーダー的な黒服に話をしました。彼がオッケーなら、ほかの黒服に話を持っていく。「アイツが歌舞伎町に行くなら」と、みんな歌舞伎町に戻る意志を固めてくれたのです。

次は女の子。このときも、オッケーしてくれそうなキャストから先に話をして、だんだん歌舞伎町に行くメンバーが増えてきた段階で、難航しそうな子に話をします。この時点で、ほぼ全員が歌舞伎町に行くことが決まっているので、「それなら私も行く」と良い返事をもらえました。

本来、12月末まで銀座店をやるつもりでしたが、しかし年末だと、お客様と女の子、黒服から「キリがいい」と卒業するきっかけを作ってしまうので、早々と店をたたみ、12月1日からスタッフ全員を新宿店に移しました。

おかげで、12月の売上は、昨年の歌舞伎町店と銀座店を合わせた金額と、ほぼ変わらない程度に維持できました。

◆失敗した姿を周囲に見せるのは「最悪」である

銀座に出店したのは、たしかに失敗でした。よく失敗はたくさんしたほうがいいと言います。失敗からメッセージを学び取り、今後に生かす力を身につけることが大事です。

でも、そのとき、まわりに「失敗がバレる」のは最悪。バレないように失敗して、それを克服したあと、後日談として人に話せるのが理想的です。それは、同じ道を踏む人が、失敗を繰り返さないためです。

なぜ、失敗がバレるのは最悪なのか。もうひとつの理由として、人間は、上向きになっている人やモノにだけ興味を持ち、そこに集まってくる習性があり、下がっていくモノ、消えていくモノにはまったく興味を示さないからです。

それから、商売は弱肉強食の世界です。ちょっとでも弱いことを悟られた瞬間に、自分より強い同業や強い内部の人に一瞬で食いちぎられてしまう可能性があるからです。

そういう意味では、今回の私のように「失敗が露呈してしまった」のは、経営者として最悪でした。今思えば、別会社をつくって第三者の店として銀座に出店し、うまくいってからアップスのグループ会社だとすればよかったです。

でも、転んでもただで起きなかったことでよしとして、また「なんか新しいことをやりそうだ」「一緒にいるとワクワクする」「なんか刺激される」と思ってもらえるような会社であり、店になれるようにまた、歌舞伎町で頑張ろうと思います。

<TEXT/内野彩華>

【内野彩華】

新宿歌舞伎町キャバクラ「アップスグループ」オーナー。株式会社アップス代表取締役社長。津田塾大学卒業。25歳のとき、当時勤めていた外資系IT企業をやめて、歌舞伎町にキャバクラを開業。現在、歌舞伎町にキャバクラを4店舗、銀座にクラブを2店舗展開するまでに。キャバ嬢の育成やキャバクラの立ち上げ、経営改善のコンサルティングなども行い、グループ年商は10億円にもおよぶ

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