所ジョージが沖縄米軍基地反対ソング! 東京五輪誘致批判、原発再稼働批判、アベノミクスの大企業優遇批判も

リテラ

2019/1/11 20:01


 米軍普天間飛行場の辺野古新基地建設問題について、ローラりゅうちぇる、村本大輔(ウーマンラッシュアワー)など多くの芸能人から声があがっているが、そんな最中、意外な人物からも基地批判が飛び出した。

1月8日、所ジョージは「世田谷一郎」名義で開いているYouTubeチャンネルで、年末年始は沖縄で過ごしたことを報告。そのなかで三線を弾きながらこんな歌を歌ったのだ。

〈アメリカの飛行機/アメリカに降りてョ/周辺諸国の防衛/沖縄の人の感情/両者正義で何年ももめて/その間諸国は攻めるの休んでくれているのか~な~〉

これは「周辺諸国の脅威から防衛するため、沖縄に米軍基地は必要」という安倍政権や基地移転推進派への痛烈な皮肉だろう。

実は、所が沖縄米軍基地問題について歌ったのは、これが初めてではない。2018年6月に同YouTubeチャンネルで「沖縄の土地」という曲をアップしているのだが、そのなかでは、より直接的に米軍基地移転への反対姿勢をあらわにしていた。

〈沖縄のアメリカ軍/基地あちこち移動/沖縄のアメリカ軍/空母じゃなんで~ダメなの/滑走路が足りなけりゃ/長い空母をつくれんじゃあネェの/でっけえ舟にしろよ/キクキナイヤイヤ/キイテナイヤイヤ/フェンスで囲って入っちゃダメよ〉

所ジョージといえば、飄々とした力の入らない司会ぶりで長年芸能界のなかで確固たる地位を築いているが、政治問題や社会問題について発言するようなイメージはまったくない。むしろ、車、バイク、プラモデル、ゴルフなど、多くの趣味をもつ「趣味人」のイメージが強い。

しかし、実は、所は数年前から政治や社会の問題についてかなり頻繁に発信するようになった。

それは、沖縄に関する問題だけではない。たとえば、2020年東京オリンピックに関しては、「アンダーコントロール」などと嘘っぱちを並べて招致を成功させ、滝川クリステルの「おもてなし」が流行語になるなど日本中が浮かれていたことについて、かなり直接的な憤りを表明している。

2017年出版の「KAMINOGE」vol.64(東邦出版)に掲載された総合格闘家の所英男との対談記事で、所ジョージはこのように語っている。

「だいたいさ、「オリンピックが来るからおもてなしをしましょう」って、おもてなし以前にモラルがないわ。あんな震災があったばかりで、まだ収束したわけじゃないのによく呼ぶと思う。おもてなし以前の話だよ。普通ね、おもてなしの気持ちとかモラルがあるんだったら、もしオリンピック開催地に選ばれたとしても「いやいや、日本はまだ原発も片付いていないし、地震も多いので今回は見送らさせてください」って言うのが本来の日本だよ。震災とか棚上げして浮かれてんじゃねえよって思うもん」

東日本大震災で起こった原発事故の問題が何ひとつ解決していないのにも関わらず、再稼働を進めようとする安倍政権の姿勢に対しては、2018年9月7日にYouTubeチャンネルで公開された「全員集合」のなかでも、このように歌っている。

〈原子力の片付け終わっちゃいないのに/安全の基準値を満たしてるんじゃないのかと/痛い目忘れ/やる事はやっていますョと/やってて片付かないんじゃ 次も同じでしょう/電気に群がる我々って 何?〉

●「自由な趣味人」の所ジョージだからこそ感じ始めた安倍政権への危機感

さらに、2013年11 月にYouTubeにアップした「コントロール」では、アベノミクスの格差助長政策についての批判ソングまでを歌っていた。

〈金利を下げたり/国債出したり/答えの帳尻を合わせていますが/実力もないのに入れてもらった大学生は/どこまでいっても勉強はしない〉
〈株価が上がって/やったみたいな顔してますが/大きい企業のための日本ではないはずなのに/お腹の空いてる皆さんの前に安いもの並べても/ガマンできるものだと思っている〉

こういった顔は、普段テレビで見せている飄々とした所ジョージからは想像もつかない。

実際、筆者の知る限り、かつての所は意識的に「無責任で自由な趣味人」を演じ、どれだけ真面目な社会問題から距離を取るか、政治的になってしまうことからどう逃れるかを目指してきた印象すらある。

それが、安倍政権になった頃から明らかに、直接的に政治を風刺する表現が増えているのだ。これは、所ですら、安倍政治に危険性を感じ始めたということなのだろう。

いや、その危険性は「自由な趣味人」であるからこそ感じ始めたということかもしれない。頭のいい所は、自由であるためにはまず「平和」と、健全な民主主義が必要だということをわかっている。だから、安倍政権になって「言うべきときは言うべきことを言う」という態度をとらなければ、いずれそういった生き方ができなくなってしまう、そう考え始めたのではないか。

もちろん所ジョージの政権批判はいまも、どこかに脱力感を漂わせた所らしいユーモアあふれるものだ。しかし、所までが避けてきた政治問題にコミットし始めたという事実を、私たちはしっかりと受け止めなくてはならない。
(編集部)

当記事はリテラの提供記事です。

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