父・間寛平と交わした約束は…間慎太郎がミュージシャンになるまで

日刊SPA!

2019/1/10 15:50



「一つ一つを大切に。その積み重ねで、ずっとやり続けられたらなという思いがあります」。

そう語るのは、お笑い芸人の間寛平を父に持つミュージシャン・間慎太郎だ。最新アルバム『人生ゲーム』を引っ提げてツアーを行っている真っ最中の間に、ミュージシャンを志すきっかけとなった出来事や、仕事に対する向き合い方などについて話を聞いた。

◆忌野清志郎に憧れ、芸人ではなくミュージシャンの道へ

――約1年ぶりとなった『人生ゲーム』ですが、タイトルの由来は?

間慎太郎(以下、間):アルバムは去年の2月くらいから制作に入ったんですが、そのときにスタッフさんたちとコンセプトを決めていて。僕は年がら年中、ツアーを回っているような生活をしているので、そういうものがパッケージとして表れたらいいよねという話をしていたんです。

僕が「フットワークの軽い中年男みたいなのはどうですか?」と提案して、そのコンセプトでやろう!となって、だったらまずは同世代の男友達とかの背中を押せるような、そういう曲を作ってみようかと思って『やってやれ』って曲を書いたんです。その『やってやれ』ができたときに「一か八か、どうなるかわからへんけど、もう一回やろうや!」っていう思いで「人生ゲーム」という名前を、パッと閃いたんです。

――作詞・作曲はどんなスタイルで行っているのでしょう?

間:アルバムを作ってそれで終わりということではなく、アルバムを作ったら、ライブはたくさんやりたいと思っていますし、スタッフにもツアーはたくさん出たいと言っています。今回のツアーは半年くらいありますね。ライブ会場に来てくださるお客さんが、ライブハウスを出るときに「明日もちょっと頑張ろうかな」と思ってもらえるような曲を作りたい。どーん!と背中を押すような曲は書けないですけど、少しでも、数ミリでも背中を押すことのできるような、そういうライブをしたいので、そういう意味で、曲もそういう感じになったと思います。

――そもそもなのですが、ミュージシャンを志したきっかけは何だったのでしょうか?

間:忌野清志郎さんがすごく好きなんです。僕は中一の時に、風疹に罹って。風疹に罹ったら、一週間学校を休まなきゃいけないじゃないですか。でも、実際にしんどいのは頭の二日くらい。あとは、体は楽やけどずっと休まなあかんっていうので、家で暇やな~と思っていたんです。僕の父親が清志郎さんをすごく好きで、家でライブのビデオとかをいつも見ていたんですよね。時間があるし、父親が好きな清志郎さんのビデオを見てみようかなと思って見たのが、ミュージシャンを目指すきっかけですね。

清志郎さんの「Oh yeah! ごきげんだぜー!」っていうのを見て、「これや!」と思って(笑)。「風疹だぜ~ベイべ~」みたいな感じで、家にたまたまギターがあったので、弾けもせえへんのに、適当に「Oh yeah! ブツブツだぜ~!ベイベ~!」ってやったのが『風疹ロックンロール』っていうんですけど、これが始まりですね。いきなりオリジナル。そこからですね。風疹に罹って、よかったなって(笑)。

――高校卒業後は、大学に進学されました。大学生活はどんな風に過ごしていました?

間:大学のころは、清志郎さんのライブをようやく見に行ける年になっていたので、よう見に行っては、次の日、大学に清志郎さんみたいに髪の毛をぶわーっと立たせて行ったりしていました(笑)。僕自身もライブをやっていましたね。

――そのころから、将来はミュージシャンになると決めていたのでしょうか?

間:ライブをすごくたくさんやっていたので、漠然と、ずっとステージに上がり続けられたらいいなと思いながらやっていましたね。

――アルバム制作においてもライブを念頭に置いているとのことでしたが、そのころからステージに立つことを大切にしていた?

間:あの頃から変わらないですね。ライブの楽しさは。振り返ってみると、清志郎さんにもライブ映像から衝撃を受けていますし…。僕はライブが好きなんでしょうね。

◆父・寛平からの言葉は「教員免許を取れ」

――ミュージシャンになることについて、寛平さんからは反対されませんでしたか?

間:関東に出ていくときに「どうせ向こうに行ったら、ライブを好き勝手やるやろうから、一つだけ約束してくれ」と。「教員免許だけは取ってくれ」と言われました。教員免許さえ取ってくれたら、好きにしていいと。昔、自分が先生になりたかったみたいで。父はなれなかったので、僕には姉がいるんですけど、僕と姉にずっと言っていましたね。姉は先生になりました。姉が先生になったので、僕は……。教員免許だけは取りましたけど(笑)。

――話は変わるのですが、明石家さんまさんがプロデュースを手がけたドラマ『Jimmy~アホみたいなホンマの話~』では、間寛平役として出演していましたよね。役作りはどのようにされたのですか?

間:役作りはまったくしなかったです。そのまんまの父を演じました(笑)。監督からも「好きにやって!」と言って頂けたので本当に好き勝手に、楽しくやることができましたね。

――確かに、役作りは必要ないかもしれませんね(笑)今後もやはりミュージシャンをメインに活動していくんですよね?

間:そうですね。東京ドームでやるとか、そういう夢もあります。でも僕は、やり続けていく難しさみたいなものも感じていて。なので、一枚一枚のアルバムを丁寧に作って、一本一本のライブをちゃんとやって。それが積み重なっていくもんやろうと思うんです。20代の前半とかは、そんなのわからずにやっていました。自分が「楽しいー!」言うてただけ。そういうところは変わったかもわからないです。一つ一つを大切に。その積み重ねで、ずっとやり続けられたらなという思いがあります。

――仕事に向き合う上で、大切にしていることは?

間:同世代の友達とたまに会うと、思うんです。やりたいことが見つかって、すごくよかったなって。そう思うと同時に、だからこそ大事にしなきゃいけないって思うんです。簡単に手放せないから、これを守るために、どんなことでも耐えようという気で、いつもいるんです。悔しいこととか悲しいことがあっても、やりたいことが見つかったんだもの!って。

――今後、どんな歌手として、キャリアを重ねていきたいと思っていますか?

間:もちろん、先ほど言ったように大きいステージに上がることも夢です。僕は先輩方に恵まれているので、かっこいい先輩方のように、ぶれない、かっこよさみたいなものを見せたい。先輩に僕が思っているようなかっこよさを、後輩にも思い続けてもらえるような、年の取り方、ステージの仕方を続けていった先に、大きいところでライブができたらなって思っています。〈取材・文・撮影/岸豊〉

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