市場の多様性を生み出すのは何か…世界の文化が融合するか分裂するかをシミュレーション


「消費者は多様であり異質である」というのは、マーケティングで最も重要な戦略の1つ、セグメンテーションの基礎にある見方です。ただし、消費者の選好は時間とともに変わる可能性があります(そうでなければ、そもそもマーケティングは成り立ちません)。したがって、消費者の選好は今後いっそう異質化していくのか、逆に同質化していくのかに注視しながら、セグメンテーション戦略を常に見直していく必要があります。そうした変化を引き起こす大きな要因として、消費者が他の人々から受ける影響を無視できません。

●いずれ「世界は1つ」になるのか

前回は、民族や文化が異なる人々が互いに距離を置いて居住し、社会が分断されていく分居という現象を取り上げました。これをメディア空間に置き換えると、人々が自分好みの情報だけに接しようとする「エコーチェンバー」現象とも通じるものがあります。こうした現象では「人々は好み(選好)を変えないまま、居場所を変える」とされていますが、その想定を引っくり返すとどうなるでしょう。つまり人々は「居場所は変えないまま、周囲に合わせて選好を変えていく」という想定です。

いつも一緒にいる友人の影響で、食事やファッションの趣味が変わるといった例がそれに当たります。こうした傾向が続くと、いずれ誰もが同じような趣味・選好になるのか、それともいくつかのグループに分かれていくのか。これは市場の長期的なトレンドとしても大事な問題です。

同じ人と長く接していると、お互いに影響を与え合って趣味や嗜好が似てくることはよくあることです。そこで働く心理メカニズムは、無意識の模倣、相手との関係を維持するための同調、他者からの学習などさまざまです。お互いの特徴が似てくる現象は個人のレベルだけでなく、国のレベルでも起こります。長く鎖国していた日本は、明治時代に開国して以降、急速に西洋文化を吸収しました。他方で、浮世絵などの日本文化が海外に流出し、西洋絵画に一定の影響を与えたことも知られています。現代の日本でも、海外の文化が流れ込む一方、マンガやアニメ、いわゆるオタク文化が世界に浸透しています。

こうした動きが最終的に行き着く先は、世界の文化が1つに融合したような状態でしょうか。何百年も前から比べると、世界の人々の服装や食生活はかなり似通ったものになっていると思われますから、あり得ない話ではありません。一方で、いまでも世界ではさまざまな言語が使われ、宗教の対立が起き、既存の国家から分離しようとする運動もあります。同質化と異質化の2つのベクトルのなかで世界はどちらに向かうのか、そういう問題意識でエージェントベース・モデルを構築したのが政治学者のロバート・アクセルロッドです。

●「文化の流布」モデルからわかること

アクセルロッドが発表した「文化の流布」モデルは、前回紹介したシェリングの分居モデルと並んで、エージェントベース・モデルの古典と位置づけることができます。このモデルでは、エージェントたちは分居モデルのときと同様、格子状の世界に住んでいます。

分居モデルと違うのは、すべてのセルにエージェントがぎっしり埋めこまれていて、身動きが取れない(移動しようにもできない)ことです。各エージェントには上下左右に4人の隣人がおり、彼らとの間だけでコミュニケーションを行います。アクセルロッドがエージェントとして考えていたのは、分居モデルのように個人ではなく、国または地域になります(とはいえ、個人を対象にしたモデルにも転用できます)。

それぞれのエージェントは多次元の「文化」を持っています。国であれば、文化は言語、宗教、政治体制などから構成されます。消費者であれば、さまざまな次元での価値観やライフスタイル、あるいは各種ブランドへの選好を考えることができます。いずれの場合も、他のエージェントの影響で文化の構成要素は変化し得るとします。具体的にいうと、まず全エージェントから1人をランダムに選びます。彼または彼女は4人の隣人から、ランダムに1人選びます。次いで、その隣人の文化から、自分とは違う要素を1つ選んで自分に取り入れます(自分にすでにあった要素に上書きされます)。

こうしたプロセスの例を示したのが図1です。ここではエージェントの文化は5次元で、個々の要素の特徴は0~9の数値で表されています。2人のエージェントの文化は3つの次元で一致しているので、5分の3の確率で文化の「ある要素」が移転します。この図では3番目の要素が選ばれていますが、エージェント間で不一致のあった2番目の要素が移転していた可能性もあります(どちらにするかはランダムに決まります)。これが、この格子状の世界のあらゆる場所で逐次進行するわけです。そして、どのエージェントの隣りにも、自分と最低1つの要素で一致するエージェントがいなくなったとき、各自の文化はもう変化しなくなってシミュレーションは収束します。

このモデルのシミュレーションは、前回紹介したartisocを使って実行することができます。ここではサンプル・モデルとして公開されているものを動かしてみました(関心のある方は、「MASコミュニティ」からartisocとサンプル・モデルを入手してください)。図2に、各エージェントの初期状態が示されています。各エージェントの文化は、今度は3次元にされています。各要素は最初はランダムに決められます(各エージェントに対応するセルの色がさまざまなのは、そのためです)。そこに、上で述べたようなルールを適用してコンピュータ・シミュレーションを行います。

図3は、シミュレーションが収束した状態の例です(色が同じセルは、エージェントの文化が同じであることを意味しています)。(a)のように、いくつかの文化が共存している場合から、(c)のようにほぼ1つの文化に席巻された場合まで、さまざまな状態に収束することがわかります。

この違いはどこから生まれたのでしょうか。可能性があるのは、初期状態の違い、最初に変化を起こすエージェントの違い、コミュニケーションが起きたときに移転する文化の要素(複数の候補があった場合)の違いなどですが、それぞれランダムに(つまりサイコロを振るかのように)決まったものです。つまり、世界の文化がほぼ1つに融合するか、いくつかに分裂したまま持続するかは、偶然に左右されるということです。しかも後者の場合、どのエージェントがどのセグメントに入るかも偶然によります。

●モデル・シミュレーションはどう役に立つのか

そんなことはあくまで抽象的なモデルの世界の出来事で、現実の世界はまったく異なるものだ、という批判があっても不思議ではありません。だから、そこから何か教訓を引きだしても無駄である、というわけです。もちろん、シミュレーションの結果が現実そのままではないのは確かですが、それが現実の本質的な部分を抉り出しているなら、そこから深い洞察(インサイト)が得られるはずです。

そこでまず、文化の流布モデルの特徴を振り返ってみましょう。1つの特徴は、文化を多次元なものとしてとらえていることです。このことは、消費者の特性や行動の選択肢を多次元で捉えるマーケティング・サイエンスにとっては、なじみやすい考え方です。

文化の流布モデルのもう1つの特徴は、エージェント間のコミュニケーションは、お互いの文化が類似しているほど起こりやすい、と想定していることです。アクセルロッドは、社会学あるいはコミュニケーション論における既存研究を概観して「考え方の移転は……信念、教育、社会的地位などといった特定の属性の似通った人びとのあいだで最も頻繁に起こる」と結論づけています。これら2つの特徴から、相対的に似たエージェント間でコミュニケーションが進み、お互いの特性がますます似ていくと予想されます。

その一方で、限られた隣人としかコミュニケーションしないという制約があるため、セグメントがそれ以上混じり合うことなく、たまたま生まれた分断が固定化される可能性があります。エージェントどうしがコミュニケーションするにはいくつか類似点が必要ですが、偶然の積み重なりによって、そうした接点がない膠着状態に到達してしまうのです(ただそれは必然ではなく、1つの可能性でしかありません)。

また、アクセルロッドは、空間全体を広げる(格子の総数を増やす)とどうなるかもシミュレーションによって調べました。直感的には、空間が広がるほど1つの文化に吸収されにくく、分極化が生じやすいようにも思えますが、シミュレーションの結果は逆でした(つまり、空間が大きくなると1つの文化への集中が起きやすいということです)。

そういう観点から世界の歴史を振り返ると面白いかもしれません。このシミュレーションが正しいなら、広大な大陸ほど文化の差異がなくなり、同質化しやすいはずです。しかし、現実がそうならないとしたら、ほかにどんな要因が働いているのか――。そうした考察を助けてくれるのがモデリングでありシミュレーションなのです。

●新たなマーケティング・モデルを求めて

アクセルロッドの文化の流布モデルは、シェリングの分居モデルと並んで最も有名なエージェントベース・モデルの1つです。それらの魅力は、モデルの基本メカニズムは非常に単純でありながら、複雑な相互作用から意外な帰結を導くことができる点にあります。ただし、モデルの設定は絶対的なものではなく、むしろそれを変えたときに、全体の挙動がどう変わるかを調べることで現象の理解がより深くなるはずです。実際、これまで多くの研究者が、アクセルロッドやシェリングのモデルの改良や拡張に挑戦してきました。

マーケティングの視点からすると、たまたま選ばれた隣りのエージェントの1人からしか影響を受けないのは、あまりに非現実的のように思えます。隣人は少なくとも4人いるわけですし、影響を受ける範囲をさらに広げるとどうなるでしょうか。マスメディアにしろソーシャルメディアにしろ、地理的な近さを超えたコミュニケーションを可能にしています。そう考えると、格子状の世界ではなく、ネットワーク型の世界を考えてもよいかもしれません。

オリジナルの文化の流布モデルでは、エージェントは自分と似ている隣人の特性を自分に取り入れていきますが、現実には自分とは似ても似つかないが、憧れを感じる他者の特性を取り入れることもあります。あるいは、他者と同じになるのではなく、相手と自分を差別化していく場合もあるでしょう。ファッションなどの財では皆と同じものは持ちたくないという、いわゆるスノッブ効果の存在が知られています。

また、文化の変化が自発的に起きる可能性を無視できません。文化の流布モデルでそれを扱うには、文化のある要素が突然変異で変化するといった設定が考えられます。そうした拡張を行うと、いったん収束したと思われた状態から再び変化が起きる可能性があります。そのほかにもいろいろな拡張が可能で、実際にそうした研究が行われています。

モデルを拡張した例として、経営学者の稲水伸行が行った研究を紹介しておきたいと思います。それは残念ながらマーケティング分野の研究ではなく、従業員の行動を対象とした経営組織論の研究です。フリーアドレスのオフィスでは、従業員がオフィスで働く場所は流動的で、彼らはさまざまな場所で他の従業員とコミュニケーションを行います。そこで、エージェント(従業員)の空間内移動を分居モデルを参考にモデル化し、コミュニケーションについては文化の流布モデルに基づきモデル化するというハイブリッドが考えられるわけです。このように、本来別物であったモデルを統合することで、新たな研究上の地平が開けてくることがあります。
(文=水野誠/明治大学商学部教授)

(参考文献)
アクセルロッドの文化の流布モデルは、最初は以下の論文で発表されました。
Robert Axelrod(1997), The Dissemination of Culture: A Model with Local Convergence and Global Polarization, Journal of Conflict Resolution, 41, 203-226.
これは、邦訳もある以下の書籍の7章に収録されています:
Robert Axelrod(1997), The Complexity of Cooperation, Princeton University Press.(ロバート・アクセルロッド『対立と協調の科学』寺野隆雄・監訳、ダイヤモンド社)
最後に触れた、文化の流布モデルと分居モデルを統合させた研究については、以下の書籍で読むことができます:
稲水伸行(2014)『流動化する組織の意思決定: エージェント・ベース・アプローチ』東京大学出版会

当記事はビジネスジャーナルの提供記事です。

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