水原希子への誹謗中傷が過熱、オシャレヌードなのに「下品」「汚い」!

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 水原希子が12月16日にInstagramを更新。自身が表紙を務めた雑誌「032c」(032C Workshop)のアナザーカットを公開したのだが、露出度の高いヌード写真に“批判の声”が殺到している。

水原希子が投稿したのは、全裸に黒いジャケットを羽織っただけに見える最大露出のヌード。ハイヒールは履いているが下着は履いていないように見え、股間の局部は彼女の手によって隠されている。ちなみに水原希子は11月にも、この時に撮影されたのであろうヌード写真を投稿。こちらは「032c」の表紙として実際に採用されたもので、台の上で開脚しながら局部を隠すというさらに大胆なショットだった。

かなりアート色の強い写真だが、日本のネット上では「下品すぎる」「汚い」といった声が続出。ボロクソに叩かれてしまっているが、仕事で“ヌード”を撮影しただけで、なぜここまで言われなくてはならないのだろうか。

水原希子が「過激な写真」で批判されるのは今に始まったことではない。たとえば以前はTシャツ一枚で便器に座る“トイレショット”を公開。こちらも「汚い」「下品」などと言われ炎上してしまった。

しかし同写真はプライベートで撮影されたものではなく、映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』のスタイルブックに収録された1枚。プロが撮影したにも関わらず「水原希子の感性が変」という趣旨の批判がされるのは、水原希子本人にとっても意味が分からないことだろうし、クリエイターもびっくりだろう。

でき上がった写真が「セクシー」か「汚い」かは個人的な感覚なので、色々な意見があるのもわかる。しかし水原希子をはじめモデル業や女優業を生業にする人々がヌードを披露するのは、仕事としての文脈あってのことだ。文脈を無視し、1枚の写真だけを切り取って、ヌードの仕事自体に外野が騒ぐのはおかしいことなのではないだろうか。

さらに言えば、過去の「#MeToo」告発の件に関連させて水原希子を叩く人も多い。彼女は以前Instagramでとある広告の撮影を振り返り、「その時だけ何故か沢山の男の人、多分上層部であろう20人くらいの社員の人達がスタジオに来て、裸だから撮影中は見られたくないと伝えたけれども、写真を確認しなくてはならないからと言う理由で、結局、仕事だからと拒否できないんだよと言う理由で、沢山の男性に裸を見られる環境の中で撮影を強いられた事があった」と打ち明けていた。

「032c」の表紙には「#MeToo」の件を掘り返し、「結局脱いでるじゃん」などといちゃもんがつけられている。しかし「納得して脱いで撮影する」のと、「納得して脱いで撮影したけど不必要なギャラリーに囲まれて嫌な思いをする」のは全く別の話だ。そんなこともわからず、一緒くたに批判するネットユーザーはやはり「文脈」が読めていないか、意図的に無視しているとしか思えない。水原希子はいつになったら、根拠のない誹謗中傷や偏見から解放されるのだろうか。

当記事はmessyの提供記事です。

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