どんな無茶な要望も「NO」とは言わない「スーパー執事」の仕事から学ぶ、ライフハックと働き方


「執事」というと、イギリスの貴族社会の話、日本ではサブカルチャーの世界の話だと思いがちですが、日本で初めてのビジネスとして、執事サービスを提供する日本バトラー&コンシェルジュ株式会社を立ち上げ、自らもさまざまな世界の大富豪の無理難題を解決する「スーパー執事」がいます。その名は新井直之さん。

実際の執事の仕事とはどのようなものなのでしょうか。

無理難題の解決法や、執事の仕事から磨かれるスキルと、そこから他の職業でも学べるビジネススキルといった、気になる「執事の働き方とライフハック」についてお聞きしました。

また、今回は現在公開中の映画、『マダムのおかしな晩餐会』のトークイベントでお会いしています。映画では主人公のメイド、マリアが主人のマダムから、晩餐会に自分の友人として出席してほしいという無茶なお願いを受けたところ、スペインの王族の親戚だと身分を勘違いされ、英国紳士から求愛されてしまうところから物語が始まります。

同様に雇用主からのどんなお願いでもこなす「執事」の立場から見た、映画の見どころも教えていただきました。

執事ビジネスの立ち上げと軌道にのるまで

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

──執事の仕事をビジネスにしようと思ったきっかけは何だったのですか。

新井:きっかけはふたつあります。もともとはIT関係の営業の仕事をしていました。金額の大きな商品を購入する決定権を持つのは役員クラスの方々なので、営業活動を通して親睦を深める中で、彼らの悩みを聞くことがよくありました。商品を売るためとはいえ、大事なのはお客様に喜んでいただくことだと感じ、それ自体がビジネスになるのではと考えました。

もうひとつは、せっかくお客様と親睦を深めても、大企業の役員は3~5年で異動か退任をしてしまいます。築き上げた人間関係を生涯に渡り、さらには世代を超えて続けられるような長いスパンで人と関われる仕事をしたかったのです。これらのことから、執事という仕事なら可能ではないかと思いました。

──新規のビジネスの立ち上げということで、ターゲットや収入の見込みなど、綿密な計画や算段はあったのでしょうか。

新井:まったくの見切り発車でした。「執事」という形にするのは決めていましたが、どういうサービスにすればお客様にうけるのか、わかりませんでした。ターゲットは執事を雇うだけの料金が払える人ということだけです。

とりあえず、起業は競合があるかが重要です。家事代行業だとすでにたくさんありますが、執事ビジネスは日本では誰もやっていなかったので、「ブルーオーシャン戦略」的な考えでした。 市場は小さいけれど、立ち上がれば軌道にのるのは早いのではと。

──モデルにしたサービスはありましたか。

新井:ないですね。ただ、最高レベルのサービスを提供することは決めていました。

私が営業をしていたとき勤めていたのは、他の会社が3億円で売っている商品よりもちょっとだけ性能が良い商品を2倍の6億円で売らなければいけないような会社でした。

理由は、「鼻の差一つでも秀でている馬には倍の価値がある」という言葉通りで、価格の違いや商品の価値をお客様に納得してもらい喜んで買っていただくのが営業担当者の存在意義だという会社の方針です。

もちろん、営業の知識や経験に高いレベルが求められますし、売った後のサポートは、かなり手間もかかります。しかし、不思議なもので、そういった手間をかけて高い価格で売れば売るほど、お客様の満足度は高くなるのです。

このとき、「価格が安かったという満足は買うときの一瞬だけですが、購入を検討するときや、その後、商品を買ってから使いおわるまでのお客様の経験に対する満足は永遠に記憶に残る」ということに気づきました。この経験がサービスのもとになっていると思います。

また、何か始めるときに最高レベルのものからやると、事業を拡大したくなった場合、その下の大きな市場に商品レベルと価格を下げて参入するのはいつでもできるという理由もあります。

たとえば、高級車を作っているメーカーが大衆車を作るのはいつでもできますが、逆は時間もかかりますし、難易度が高いのと同じです。

──軌道にのるまで大変でしたか。営業や広報の方法とは。

新井:HPを開設したのですが、18カ月ほど仕事がなくて廃業しようかと思っていたところ、大手のゼネコンの方から「日本で大富豪のための家を作っているが、そこで主人の要望を聞いて実現してくれる執事サービスをやってほしい」という依頼がきました。

なんと、その大富豪の方はForbes誌の大富豪ランキングで世界TOP10に入るような方。初めてにして1番大きなお客様をひいてしまったという形なので、後は怖いものなしですよね。そこから紹介を介して広がっていきました。

また、起業したのが2008年なのですが、ドラマ『メイちゃんの執事』やアニメ『黒執事』などから執事の認知度が上がり、「第一次執事ブーム」があったのも追い風になりました。

たとえば、執事が出るドラマの監修をしてほしいとなったとき、誰か執事のことを知らないかと検索すると、私どもの会社が出てきますから。そこからも、お仕事につながっていきました。

執事の仕事とはどのようなものか

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

──雇用主はお金持ちとのことで、執事を雇うのにはいくらかかりますか。

新井:9時から17時で雇ったとして、最低でも年間1500万円かかります。

年収でも5億円以上、資産が50億円以上の方が多いです。ただ、上流階級の人は経済的に厳しくても、見栄や品位を保たなくてはならない面もありますから。『マダムのおかしな晩餐会』の中でもそういう苦悩を見ることができます。

──昔のイメージだと執事は24時間主人に付き従わなければならないと思っていましたが、そういう依頼もあるのですか。その場合、休日はどうなっているのでしょう。

新井:365日、24時間つきっきりで応対してほしいという依頼もありますよ。でも、3人でやるなど交代制で対応しています。

──執事の仕事は具体的にはどのようなものなのですか。

新井:執事は、ドラマのように給仕もしますが、家の中の仕事を統括する、いわばプロジェクトマネージャーがメインの仕事です。メイドや庭師、シェフ、ドライバーなどさまざまな使用人の方々の仕事がうまく運ぶようにマネジメントをします。とはいえ基本は「なんでも屋」でもあるので、ほかにもさまざまなことをやります。

──映画『マダムのおかしな晩餐会』では主人公のメイド、マリアが人数合わせのために主人のマダムの友人のふりをして、セレブの晩餐会に出席させられていましたね。同じようなことはあるんですか。

新井:子どもさんがいるとよくある保護者の集まりに親戚として行くといった、ちょっと気が進まないけど出なければならないイベントに代わりに出ることや、人数合わせで出席はあります。

──マリアのように無茶な依頼をされたエピソードはありますか。

新井:伊豆に別荘を持っていたヨーロッパ人の主人に、「家でかけながしの温泉に入りたい」と言われて温泉を掘りました。調査では出そうとなったものの、確実とはいえないので、国際電話で出たかと毎回聞かれるのはプレッシャーでした。1年かかりましたが、要望の次の来日までに何とか間に合いました。

──無茶な依頼を解決したエピソードがあれば、教えてください。

新井:「隣の土地にある木を伐って欲しい」と言われたのですが、市が持ち主の土地の防砂林で不可能でした。そこで、なぜ木を伐りたいのか主人に聞いたところ、本当の要望は、「本国で山岳地帯にずっと住んでいる母に家から海を見せたい」ということでした。そこで、ドローンを飛ばして風景を確認してもらい、1階建てだった家を2階建てに増築することで解決しました。構造からすべて変える必要があるので、1億円以上かかりましたけど。

──スケールの大きい金額ですね。執事を雇用する人はお金持ちなので、いわゆる「成功者」に共通点はあるのでしょうか。

新井:不可能がないと思っているところが共通しています。自身が無理難題とされることでも実現してきているからですね。執事に対しても「何とかするのが君の仕事」ないし、「無理なことなどない」という感覚で同様に求めてきます。映画の中でもそれが感じられますよね。

ビジネスで役立つ「執事ライフハック」

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同時にやりがちですが、挨拶を言ってからおじぎをする二段階で行うとスマートになるそうです。
Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

新井:一般的に「執事はNOとは言わない」と言われますが、その通りにできないことはよくあります。でも、本当に相手が何を求めているかがわかれば、解決策が出てきます。普通のビジネスの世界でも、顧客や上司といった依頼主の本当の要望は断片的でそのままではわからないことってよくありますよね。大事なのは本質をつかむことです。

──でも、「それくらい自分で気づけ」と言われて、なぜと聞けないこともありますよね。本当の要望を聞き出すコツはあるのですか。

新井:「あなたのためにもう少し聞かせてください」や、「やってみるので、そのために詳しく聞かせてください」という姿勢ですね。

たとえば上司から、「今期の売り上げは10億円」と無茶な目標を言われたら、「承知しました。ところで、前期は3億円だったのに、なぜ今期は10億円なのでしょうか。私も仕事を成功させたいので、ぜひ背景を教えていただけませんか」と言うなどですね。「実は隣の事業部の売り上げが良くない分がまわってきたから」といった背景や新しい情報が得られて、違う選択肢がとれることもあります。もしくは、納得して頑張れるかもしれません。

──無理なことを言われて、正直腹が立つことはないのですか。平常心になる方法はありますか。

新井:腹は立ちません。

無理難題を解決するほど信頼度や価値があがって、次の仕事や契約を呼び込むことになるので嬉しいなと思いますね。ですから、会社員の方も無茶なことを言われたらチャンスと思うマインドチェンジでいきましょう。また、だめだったとしても前向きに取り組んでいる人のほうが評価されやすいですし、意外と挑戦したら、できることもあるかもしれないですよ。

──新井さんを見ていると、始終ニコニコとしていて、笑顔も人を安心させる魅力だなと感じます。

新井:じつは笑顔はもっとも費用対効果が高いです。人は相手の表情で自分のとった行動を顧みることをするので、笑顔の人にはクレームを入れにくくなります。また、講演などは笑顔がいいと内容がいいと言われますよ。逆に、いくらスキルが高くても笑顔がないといい評価はつきません。

──笑顔をつくるのが苦手なのですが、良い方法はありますか。

新井:前歯8本を出すのを意識することです。あとは口角を上げると完璧ですが、ちょっと難しいですから。笑い慣れてなくてわざとらしくなってしまっても、頑張ってる感が伝わりますから。

──執事で一番求められるスキル、いろいろな仕事を同時に効率よく行うコツについて教えてください。

新井:仕事は長い時間をかけなければならないものがあれば、短い時間でやらなければならないこともあるので、どの優先順位が高く、どれが低いかを見極めてToDoリストを作成したうえで、やる時間を作ることが重要です。

ToDoリストには「いつ、誰と会う」といった人との予定だけ書く方が多いのですが、「調べものをする」「勉強する」といった自分だけの予定も書きましょう。そうして、やるべきことを優先順位をつけて、スケジュール帳にブッキングします。時間管理とものごとを平行にやる技術ですね。

──具体的に使っているツールと使い分けについて教えてください。

新井:特別なものは必要ありません。GoogleカレンダーiPhoneの標準機能のToDoリストです。

スケジュール帳であるGoogleカレンダーには、緊急性はないけど、重要な仕事をなるべく入れるようにしています。原稿を書くとか、お客様に頼まれていたコネクションを作ることですとか。緊急性や重要性は低いけどやらなければならないことはToDoリストに入れます。確定申告みたいな自分のことですね。

それに、緊急でなおかつ重要なこともToDoリストにいれます。スケジュールにわざわざ入れなくても、やってしまうようなことです。お客様に頼まれていた、明日のランチの予約などですね。

また、打ち合わせなどは補完的に手帳やノートを使うこともあります。書籍、『世界のVIPが指名する 執事の手帳ノート術』に詳しいことは書いてありますよ。
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映画『マダムのおかしな晩餐会』の見どころ

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

──映画の中で、主人公のメイド、マリアに近い執事の立場から見て、面白いところや「あるある」と共感したことはありますか。

新井:マリアが恋に没頭したので、旦那さまがマダムに首にしたらどうかと言いますが、マダムは「マリアはうちの秘密を何でも知ってるのよ、やめさせるわけにはいかないわ」と返しているのが、「あるある」だなと。お客様のことを知り過ぎてしまうので、引退するまでずっと働いてほしいという方が多いです。

当社の執事やメイドも雇用時に、仕事で知り得た情報は生涯にわたって口外しないという厳しい機密保持契約を締結します。それでも、お客様は自分を担当する執事やメイドが変わるのを非常に嫌がる傾向があります。

──ビジネスパーソンに特にここに注目してほしいという映画の見どころについて教えてください。

新井:自分の欲求と立場に挟まれた心の動きに注目してください。職業や職場、家庭など、立場としての本分が誰しもあるものですが、どうやって自身をコントロールするか、流されてしまうのか、登場人物と自身を照らし合わせながら見てみてください。主人公ががメイドとしては本来やってはいけないことを、恋心でだんだんと逸脱していくのがみどころであるし、面白さでもあります。また、旦那さんとマダムの夫婦の関係性もポイントです。

今後の展望


──最後に、今後力を入れたいことや挑戦したいことを教えてください。

新井:執事の仕事の認知度をあげていきたいということと、次の世代の執事を育てていきたいということです。私の会社で執事として働くというだけでなく、他の仕事でもかまいません。執事のおもてなしやホスピタリティのマインドが活きるところはたくさんありますから。いろいろな分野の方に伝えていけるようにしたいですね。

また、2020年は東京オリンピックもあり、たくさんのお客様がいらっしゃいます。AIではできない、人との関わりならではのおもてなしやホスピタリティを感じて満足していただきたいです。

じつは実際に、『至高のおもてなし研究会』というものを立ち上げていて、業種とわず執事のノウハウを伝えています。それを通して、みなさんの仕事や社会生活、プライベートなどのお役にたっていきたいと考えています。


今回のインタビューで新井さんにご紹介いただいた映画、『マダムのおかしな晩餐会』は11月30日より上映中。劇場情報はこちらから。

執事が働く世界に興味を持った方や上流階級の世界をコメディを通して楽しみたい方は、ぜひご覧になってみてください。

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Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

Source: マダムのおかしな晩餐会

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