松本人志『ドキュメンタル』でホモソーシャル的お笑い界に抗する女芸人たち

wezzy

2018/12/9 14:05


 11月30日から、ダウンタウン松本人志がホストをつとめるネット番組『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル シーズン6』(Amazon Prime Video)の配信が開始した。

2016年11月に登場したドキュメンタルは、Amazon Primeのオリジナルコンテンツであり、ホストをつとめる松本人志の招集を受けた10人の芸人たちが密室に閉じ込められ、12時間をともにするうえで笑わせ合う。最後まで笑わなかった者が勝ちというルールだ。芸人たちは参加費として100万円を持参しており、かつ優勝すれば1000万円を手にすることができる。

現在放送中のシーズン6に出演する芸人は、FUJIWARA・藤本敏史、陣内智則、スリムクラブ・真栄田賢、千鳥・大悟、村上ショージ、ジミー大西のほか、森三中・黒沢かずこ、ハリセンボン・近藤春菜、友近、ゆりやんレトリィバァら、実力派の女芸人が多数参加している。これまでは女性不在、もしくは1人(season2の大島美幸、season4の黒沢かずこ)だけの参加だったため、4人の女芸人が参加することは、今回の大きな特徴だ。

ホストの松本人志も、「今回は女子多め」「全員女子でも良かったけど、男子も入れてみた」などと、女芸人を意識したコメントをしており、仕掛け側も新たな化学反応を期待していることは明らかのようだ。といっても「男子」のほうが人数は多いが。

さて、ドキュメンタルはまず参加芸人の顔合わせからスタートするのが恒例だが、今回スタジオにいちばん乗りしたのはゆりやんレトリィバァ。次に、不安げなようすの黒沢が現れたが、ゆりやんと顔を合わせるなり「嬉しい。男社会だったから、女子がいるから嬉しい」と安堵したようすを見せた。

その次に現れたのはハリセンボン・春菜であり、スタジオの空気は至極なごやか。その後は、男性メンバーも続々と落ち合うことになるが、黒沢は「男尊女卑があまり感じられない人を集めたんじゃない?」と分析。近藤も、「たしかに。女子芸人っていう風にみないというか。ちゃんと芸人として(見てくれる)」とコメントしている。芸暦を重ねたふたりにとっても、男性芸人との仕事について、思うところがあるようだ。

ゲームがスタートしてからも、女性たちが結束するシーンが見受けられた。序盤、腹を減らした藤原が、「女子お料理できたら」と促すと、陣内も「せっかく女子がおるしな」と同調。しかし春菜は憮然とした表情で、「女子女子女子女子ってさあ! 女がメシつくると思ったら大間違いだからな! 女はメシつくっとけ、女は洗濯しとけ、女は掃除しとけ?」と反発する。

大悟が「いや、得意かなと思って……」と弁明したものの、春菜は「女子が4人集まってるからってじゃあ料理やれよって。今まで女子にそういう風にやってきたんでしょう?」と、まくし立てる。ゆりやん、友近もこれに加勢し、黒沢に至っては「こんな男たちは、女のケツしゃぶらしとったらええねん!」と笑いを誘いながら激昂した。いずれも、即興コントのなかで飛び出たセリフではあるが、本心からそう遠くないものではないだろうか。
ホモソーシャル的な笑いが場を支配するドキュメンタル
 ライバルであるはずの女芸人たちが連帯感を高めていることには、理由がある。

ドキュメンタルのシーズン1では、松本人志が番組について、「お年寄りとか女子供が見て、そこまでどうなんだろうっていうのはありますね。本当に好きな人はのめりこむように見てくれるんじゃないかなっていう、そういう意味ではこれぐらいのターゲットを絞り込む感じで」と説明している。のっけから、女芸人たちは“部外者”のような立ち位置なのだ。“お笑い通の「男」のためのマニアックなお笑い番組”こそ“至高”という選民意識を感じさせる。

松本の趣旨にのっとってか、ドキュメンタルでは、男芸人たちによる常軌を逸した下ネタやセクハラが横行していく。たとえば、シーズン2ではバイきんぐ・小峠が局部を掃除機に吸引させて悶絶、シーズン3ではオードリー・春日が局部の皮を伸ばして人形を出し入れする……など、どんどんエスカレートしている。およそ地上波では放送できないような痴態のオンパレードに、視聴者からは「下品すぎて見てられない」「ドン引きした」「一流の人気芸人が集まっても結局下ネタに走るのかよ」などと批判も続出していた(シーズン2からは、番組冒頭に「番組の性質上、ご覧になられる方によっては一部不適切と感じられる場合がございます。予めご了承の上、お楽しみ下さい」とことわりが入れられている)。

視聴者に対する気配りは結構だが、当意即妙の芸が要求されるドキュメンタルでは、ひとつのネタの流れが発生すると場の空気も乗っかってしまう。参加する女芸人にとって、ホモソーシャル的な笑いが場を独占することにやりづらさを抱くことは想像に難くないだろう。

たとえばシーズン4では、女芸人としてひとりで参加した黒沢が、突然「男社会だなあって」とつぶやきながら泣き出すシーンが見られた。クライマックスでは、男芸人たちが下半身裸になって床に寝そべり、肛門にエアポンプで空気を注入して屁をこき合うという競い合いが発生したが、黒沢は下半身裸になれないので参加できずに傍観していた。しかし、局部を露出した男芸人たちが支配する場の空気に耐えかね、黒沢は「わかんないけど、一回やってみます」と、立候補。しかし行動に移すことなくタイムアップを迎えたが、黒沢の追い詰められたような心境を思うと、胸が痛くなる。

このシーズン4は全編にわたってその下品さが批判されるだけではなく、黒沢に対するセクハラについても指摘された。コラムニストの能町みね子は、「週刊文春」(文藝春秋)で、<基本的に松本人志の笑いは男尊女卑観がものすごく強いと思うのですが、上に立つ使命感 なのか、女芸人も使いたいという気持ちは強いのだと思う(シーズン2でも森三中・大島を起用している)。でも、結局女芸人が来てしまうと、松本人志門下にあたる芸人たちは女芸人に対し 性的な方面でアプローチしてしまう。一般論としてのセクハラについてもあまりに無頓着です>と批判している。

いずれにせよ、ドキュメンタルにホモソーシャル的な空気が支配し、女芸人にとって非常にやりにくい土壌が出来上がっていることは明白だろう。とはいえ男性主体という風潮は、ドキュメンタルの収録現場に限らず、お笑い業界全体に横たわっているものかも知れない。

この背景を知ったうえでシーズン6を視聴すると、おのずと女芸人たちを応援したくなってしまう。とはいえ、現在公開中の1、2話でも、村上ジョージが乳首をいじり、ジミー大西が局部をさらし、肛門にうずらの卵を入れて飛ばす……など、やはり恥も外聞もなく体を使うタイプの下ネタが健在である。黒沢ら女芸人たちはそれをやるわけにもいかず、遠巻きに顔をしかめて眺めるばかりだ……。

素っ裸になれなければ、局部で笑いを取れなければ、芸人ではないのか? そんなことは決してないだろう。今回ドキュメンタルに参加した黒沢、近藤、友近、ゆりやんには、決して男たちのクローズドなノリに迎合することなく、持ち前の良さを発揮して、笑わせてほしい。

当記事はwezzyの提供記事です。

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