最強のゾロ目

 【我満晴朗のこう見えても新人類】巨人のアレックス・ゲレーロ外野手が背番号を5から44に変更した。外国人強打者にはいいイメージがあるという原辰徳新監督の意向だとか。なるほど。門外漢ながら筆者も同じ感想を持っている。

 ぱっと思いつくのは阪急(現オリックス)のブーマー・ウェルズ。さらに阪神の助っ人たちもいる。ハル・ブリーデン、ランディ・バース、そしてセシル・フィルダー。もっともフィルダーはMLBに復帰した1990年、デトロイト・タイガースで45番だった。古色蒼然(そうぜん)としたタイガースタジアムで取材した際に違和感を覚えたことがあったっけ。

 いずれも「ガイジン」らしいマッチョなスラッガー。原監督ならずとも「44」にはそんな印象が常につきまとう。

 本家本元のMLBにも名だたる強打者が多い。古いところでは(というか、最近の選手はよく知らない)ハンク・アーロンにウィリー・マッコビー。ともに米アラバマ州モービル出身という共通点もある。左打ちのマッコビーはサンフランシスコ・ジャイアンツの一塁手。余談だが元巨人の山本功児一塁手が入団した際、当時の長嶋茂雄監督が「日本のマッコビーになってほしい」との願いを込めて同じ番号を与えたそうだ。両者とも故人となってしまったのが悲しいが。

 忘れてならないのがレジー・ジャクソン。アスレッチクス、オリオールズ時代では9を付けていたが、1977年にヤンキース移籍後は引退まで44で通した。その77年ワールドシリーズ最終第6戦では3打席連続本塁打を放つど派手な活躍でMVPを獲得。もちろん名門ヤンキースの永久欠番にも選ばれている。

 そんなこんなで44のイメージは固まってはいるけれど、国内に目を向けると記憶に残る日本選手は少ないように思う。惜しかった?のは柳田悠岐(ソフトバンク)。44だったユニホームナンバーを9に変更した際は個人的に微妙だった。日本版ジャクソンになれる可能性を感じていたのに、逆路線を歩むなんて…。でもこの選択は正しかった。9での4年間で31本だったホームランが、44では同じ年数で119本なのだから。

 ふと思う。今年の数少ない取材経験の場で、最も印象に残ったのが実は藤井聡太・現七段が2月の朝日杯決勝で最終盤に指した「4四桂」だった。あれは強烈だったなあ。背番号には関係ないか。

 とにもかくにも44を身にまとう来季のゲレーロにこっそり注目したい。(専門委員)

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