Bunkamura ザ・ミュージアム『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』開幕レポート 謎めいた美女から、広大な大地、人々の営みまで

SPICE

2018/12/3 18:30


“ロシアのモナ・リザ”と名高い《忘れえぬ女(ひと)》が、展覧会『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』(会期11月23日~2019年1月27日)で公開されている。会場は、30周年記念を迎えるBunkamura ザ・ミュージアム。開幕前日の22日に開催されたプレス向け内覧会より、展覧会の模様をレポートする。

この展覧会では、国立トレチャコフ美術館のコレクションから72点が出展される。いずれの作品も、19世紀後半から20世紀初頭に、ロシア美術界で活躍した作家たちにより描かれたものだ。

国立トレチャコフ美術館のシニア・キュレーター、ガリーナ・チュラク氏は、「ロマンティック・ロシア」というタイトルについて、「ロシアのロマン。この言葉は色々な意味を秘めています。高まる気持ち、清らかなもの、素晴らしいもの。それらすべてが、ロマンティックという言葉の中に秘められている」と語った。

国立トレチャコフ美術館のシニア・キュレーター、ガリーナ・チュラク氏
国立トレチャコフ美術館のシニア・キュレーター、ガリーナ・チュラク氏

大地と都会、自然(nature)と人工(art)


72点の作品は全4章で編成される。第1章「ロマンティックな風景」、第2章「ロシアの人々」、第3章「子供の世界」、そして第4章「都市と生活」と「日常と祝祭」。チュラク氏は「ロシアを知ってもらい、ロシアのロマンを構成するものを伝えるために」と、展覧会の意図を解説する。

この展覧会で特筆すべきは、《忘れえぬ女(ひと)》のような人物をモチーフにした作品だけでなく、同程度の数の風景画も紹介されている点だ。9月19日に行われた記者発表会では、ロシア文学者の亀山郁夫氏が、ロシアの芸術は「大地と都会、自然(nature)と人工(art)が水際立ったコントラストをなす世界」であると語った。

そして『ロマンティック・ロシア』では、「ふたりのきわめて対照的な画家の絵が展示されます。ひとりは、自然賛美と、農民たちへの感嘆の思いをつづった自然派、イワン・シーシキン、もうひとりが、自然との闘いや、自然からの自立を肖像画で実現しようとしたイワン・クラムスコイ。このふたりの絵に同時に接することができるのは、私たちにとって非常に幸運なこと」であるとコメントした。

広大な大地が育んだロシアの風景画


風景画が主題の第1章では、春・夏・秋・冬の順に、四季を描いた作品が展示されている。春のセクションで最初に登場するのは、アレクセイ・サヴラーソフの《田園風景》。早春のモスクワ近郊の風景を描いたものだという。画面の上半分を広い空が占め、遠くに地平線が広がる。手前の木陰には、かがんだ男性の姿。花を咲かせているのは、林檎の木なのだそう。空の鳥は、春の訪れを知らせる渡り鳥だろうか。

展示風景。左手は、アレクセイ・サヴラーソフ《田園風景》1867年 油彩・キャンバス (C) The State Tretyakov Gallery
展示風景。左手は、アレクセイ・サヴラーソフ《田園風景》1867年 油彩・キャンバス (C) The State Tretyakov Gallery

ロシアを代表する風景画家のイワン・シーシキンは、「森の王」「ロシアの森の歌い手」と呼ばれた。祖国の自然を愛し、中でも樫の木を描くことに力を注いだ。

シーシキンが成熟期に制作した《雨の樫林》は、高さ124cm×幅203cm。モチーフや色味に派手さはないが、夏のセクションの中で、一際目をひく存在感を放っていた。
展示風景。右手は、イワン・シーシキン 《雨の樫林》。
展示風景。右手は、イワン・シーシキン 《雨の樫林》。

雨の日に、樫の林のぬかるんだ道を歩く人がいる。ひとつの傘に入る男女が中央に描かれているが、絵の主役は自然。雨に濡れた葉や草、苔までが、雲に覆われた空からの控えめな光を受け、繊細な輝きをはらんでいる。細密ではあるが、神経質ではない空気感が、静かで穏やかな気持ちにさせてくれるだろう。

イワン・シーシキン 《雨の樫林》 1891年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery
イワン・シーシキン 《雨の樫林》 1891年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery

冬のセクションでは、ニコライ・サモーキシュの《トロイカ》が、大胆な構図で疾走感あるトロイカを描写。《雪娘》は、ロシアの昔話に出てくる女の子を描いたもの。子どものいないおじいさんとおばあさんが、雪で作った女の子に魂が宿るが、春の訪れとともに、その女の子もいなくなってしまうという。

展示風景。右からニコライ・サモーキシュ《トロイカ》 1917年、ヴィクトル・ワスネツォフ《雪娘》1899年 (C) The State Tretyakov Gallery
展示風景。右からニコライ・サモーキシュ《トロイカ》 1917年、ヴィクトル・ワスネツォフ《雪娘》1899年 (C) The State Tretyakov Gallery

ワシーリ―・バクシェーエフ《樹氷》は、白い雪に覆われた世界が陽ざしに彩られ、風景画でありながらファンタジーのような世界に仕上がっている。
ワシーリー・バクシェーエフ 《樹氷》 1900年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery
ワシーリー・バクシェーエフ 《樹氷》 1900年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery

肖像画から見る、ロシアの人々


ロシア美術において、肖像画は、最も主要な側面のひとつなのだそう。ロシアの代表的な肖像画家であるイリヤ・レーピンは、移動派(移動展覧会協会)の画家としても知られている。

移動派とは、ペテルブルク美術アカデミーの制約に対抗する形で設立された、写実主義のグループのこと。画家クラムスコイが率い、郷土や民衆への愛と、社会への批判的精神で創作活動をしただけでなく、啓蒙活動として、地方への移動美術展も計48回にわたり続けたという。

展示風景。中央は、イリヤ・レーピン《画家イワン・クラムスコイの肖像》1882年 (C) The State Tretyakov Gallery
展示風景。中央は、イリヤ・レーピン《画家イワン・クラムスコイの肖像》1882年 (C) The State Tretyakov Gallery

『ロマンティック・ロシア』では、レーピンの作品として《画家イワン・クラムスコイの肖像》と《ピアニスト・指揮者・作曲家アントン・ルビンシュテインの肖像》が展示されている。クラムスコイは、《忘れえぬ女(ひと)》を書いた画家として知られるが、思想家、美術批評家、そして教育者としても非凡な才をもっていたのだそう。外見的特徴や表情を捉えただけでなく、まとう空気をもキャンバスに納めたような肖像画だ。

見知らぬ女(ひと)と、夢見るような女(ひと)

イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery
イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883年 油彩・キャンヴァス (C) The State Tretyakov Gallery

イワン・クラムスコイの《忘れえぬ女(ひと)》は、10年ぶり8回目の来日となる。キュレーターのチュラク氏はこの作品について、すべてを言葉にはし尽さない。

「神秘性、すべてを物語ってはいない、しかし色々なモノが隠されている絵。クラムスコイは、この絵は(邦題は《忘れえぬ女》ですが)《見知らぬ女》《誰だか分からぬ女》と名付けられました。長年にわたり、多くの専門家がこのモデルは誰だったのか、思いを巡らせてきた、謎に包まれた絵です」

「ドストエフスキーは『私は作家として人間を描く。その人間の計り知れない謎を、解き明かそうとして作品を書いているのだ』という言葉を残しました。そのような人間の隠された姿、神秘的な姿が、クラムスコイの《忘れえぬ女(ひと)》には描かれています。その謎は、いつまでも謎のままにしておいた方がいいのではないか、という気もします。私たちはこの絵を前に、一人ひとりがこの謎に思いを巡らせ、思い思いに謎を解こうとするでしょう」



《忘れえぬ女(ひと)》から視線を左手に移した側に、同じくクラムスコイの描いた《月明かりの夜》が展示されている。

「奥の深い、色々なディティールを含んでいます。物静かな、夢見るような女性の姿です」とチュラク氏は形容する。こちらもまた、すべては語らず、想像の余地が多い作品となっている。

イワン・クラムスコイ《月明かりの夜》1880年 油彩・キャンバス (C) The State Tretyakov Gallery
イワン・クラムスコイ《月明かりの夜》1880年 油彩・キャンバス (C) The State Tretyakov Gallery

人間味溢れる大衆画


さらに「子供の世界」と題した第3章では、大胆な筆づかいと賑やかで温かみある色彩が印象的な《おもちゃ》や、生き生きとした表情の少年たちを捉えたウラジーミル・マコフスキー《小骨遊び》、当時ではまだ珍しかった女流画家アントニーナ・ルジェフスカヤ《楽しいひととき》などを鑑賞できる。子どもたちの豊かな表情に、心が温まる。

展示風景。アレクサンドル・モラヴォフ《おもちゃ》1914年 (C) The State Tretyakov Gallery
展示風景。アレクサンドル・モラヴォフ《おもちゃ》1914年 (C) The State Tretyakov Gallery

第4章は「都市と生活」と「日常と祝祭」のふたつのセクションに分かれている。日常を描く作品の中には、イラリオン・プリャニシニコフ《悲痛なロマンス》のように、男女の駆け引きがおかしみと教訓をもって描かれた作品が、来場者をニヤリとさせる。祝祭をモチーフにした作品では、グリゴーリー・セドーフ《民族衣装を着たクルスクの町娘》の細かに描きこまれたドレスや装飾品から、消えつつあるロシアの伝統文化の美しさに触れることができるだろう。展覧会の最後は、モスクワや都市のパノラマを観ながら会場を後にすることとなる。

『ロマンティック・ロシア』展示風景。
『ロマンティック・ロシア』展示風景。

展示風景。右手はニコライ・クズネツォフ《祝日》1879年。 (C) The State Tretyakov Gallery
展示風景。右手はニコライ・クズネツォフ《祝日》1879年。 (C) The State Tretyakov Gallery

自然と人、大地と都会。それぞれの切り口から描き出されるロシア的ロマンの美しさを、Bunkamura ザ・ミュージアムで堪能してほしい。会期は2018年11月23日から2019年1月27日。

『ロマンティック・ロシア』ミュージアム・ショップ。チェブラーシカとのコラボグッズやロシアにまつわるお土産がそろう。
『ロマンティック・ロシア』ミュージアム・ショップ。チェブラーシカとのコラボグッズやロシアにまつわるお土産がそろう。

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