薄井憲二バレエ・コレクション特別展『バレエ―究極の美を求めて―』レポート 舞台の外で踊るバレエの美

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2018/12/3 17:30


楽しい音楽に乗ってしなやかな体が宙を舞う。バレエダンサーはその肉体と精神を極限まで鍛え、いつの時代も私たちに美の世界を届けてきた。舞台のみならず、美術や映像、ファッションまで巻き込んで、バレエは多岐にわたり人々に影響を与えてきた芸術だ。
薄井憲二の舞台写真
薄井憲二の舞台写真

現在、横浜そごう美術館では『薄井憲二バレエ・コレクション特別展 The Essence of Beauty バレエ―究極の美を求めて―』(2018年11月23日~12月25日)が開催されている。このコレクションを収集したのは、日本バレエ協会前会長・薄井憲二。彼は戦前からバレエに取り組み、バレエダンサー、振付家、教育者として日本のバレエを牽引した人物だ。

薄井憲二は1924年(大正13年)東京に生まれ、1936年中学生の時にレコード店で聴いたバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の音楽、ストラヴィンスキーの「火の鳥」に衝撃を受ける。高校生になるとバレエ・リュスを日本で上演していた東勇作のバレエスタジオに入門。ロシアへの憧れを抱きつつレッスンに励む。

1945年に徴兵され、シベリア抑留生活を4年送ることになるが、辛い戦争体験として知られるシベリア抑留でさえ、ロシア文化に触れる好機と捉えた。それほどバレエに情熱を抱いていたのである。帰国後、1950年に舞台に復帰。40歳で現役を引退したのちは、語学力を活かしてバレエの普及と教育、研究やバレエ資料の収集に努めた。そして、昨年2017年の12月24日、その生涯を閉じる。

この展覧会では、戦前から現代までバレエ界で活躍した薄井憲二のコレクションをひもときながら、バレエの歴史、日本で普及した過程、実際の衣装まで、舞台とはひと味違うバレエの美を存分に味わえる。

美しい資料でバレエを知る

宮廷バレエのアンティークプリント
宮廷バレエのアンティークプリント

まず、簡単にバレエの歴史をたどってみよう。バレエは15世紀のイタリアで宮廷の出し物として親しまれ、その後フランスの宮廷にも普及した。フランスのルイ14世はバレエ愛好者で、彼が好んで演じた役柄から”太陽王”というあだ名がつけられた。のちに劇場でバレエが上演されるようになり、フランス革命後にロマン主義のロマンティックバレエが台頭する。ロマンティックバレエの代表作は『ラ・シルフィード』『ジゼル』など、現在でも親しまれている演目だ。

ルイ14世や宮廷バレエの名手マリー・カマルゴ、ロマンティックバレエのマリー・タリオーニなどの当時の時代を代表するダンサーは、美術作品として残されている。展示室には歴史にそってプリントや陶器人形などが並んでおり、アンティークな魅力とともにバレエの流れを味わうことができる。

手前:ファニー・エルスラー「松葉杖の悪魔」より「カチュチャ」陶器人形 奥:アンティークプリント
手前:ファニー・エルスラー「松葉杖の悪魔」より「カチュチャ」陶器人形 奥:アンティークプリント

時代は移り20世紀に入ると、クラシックなバレエの流れをがらりと変えたバレエ・リュスが現れる。バレエ・リュスは、1909年にロシア人のセルゲイ・ディアギレフがプロデュースしたバレエ団で、パリで20年間活動した。花形ダンサーはワツラフ・ニジンスキー、そしてアンナ・パヴロワ。古典的な表現だったバレエを現代化し、音楽、美術、衣装、などさまざまなジャンルの芸術家がバレエ・リュスに参加し大評判となる。

ジョルジュ・バルビエ版画集『ニジンスキー』より
ジョルジュ・バルビエ版画集『ニジンスキー』より

当時のパリは、20世紀を代表する芸術や文化が花開いた場所だった。パリの名だたる芸術家達は、なんらかの形で人気を呼んだバレエ・リュスに関わっている。一例にすぎないが、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」はバレエ・リュスのために作曲された。演目によっては、美術装置や衣装をコクトーやピカソ、マティスが担当したこともあった。
ワツラフ・ニジンスキー「薔薇の精」E.O.ホッペ写真集より
ワツラフ・ニジンスキー「薔薇の精」E.O.ホッペ写真集より

バレエ・リュスの活動は、一大芸術ムーヴメントを作ったのである。ディアギレフの意向で舞台映像が残っていないのがまことに惜しい。だが、バレエ・リュスにインスパイアされた美術作品や記録写真は残されており、今回の展覧会ではそれら貴重な資料をまとめて堪能できる。ジュルジュ・バルビエのバレエ・リュスをテーマにした版画の連作、ニジンスキーの写真、記事の切り抜きまである。バレエ・リュスへの熱い思いを感じるコレクションだ。バレエが好きな方なら大いに共感することだろう。
左:アンナ・パヴロワの映像 右奥:エリアナ・パヴロバの資料 鎌倉市所蔵
左:アンナ・パヴロワの映像 右奥:エリアナ・パヴロバの資料 鎌倉市所蔵

展示室の奥には大きなスクリーンが設置されており、アンナ・パヴロワの映像が全7作品上映されている。有名な『瀕死の白鳥』だけでも、この機会を逃さず鑑賞してほしい。等身大に近いサイズで見るパヴロワの動きは印象に残る。古くて粗い映像でありながら、吸いよせられるほど魅力的だ。

本展のメインイメージとなっているアンナ・パヴロワの写真や本人が創作した陶器人形なども、映像とあわせて展示されている。ブロマイド写真に書き込まれた自筆サインは非常に美しく、まるで絵の一部のように見える。アンナ・パヴロワは踊りだけでなく、すべてにおいて美意識を持っていたことが伺い知れる。
アンナ・パヴロワ『瀕死の白鳥』 左:サイン入り絵葉書 右:サイン入り写真
アンナ・パヴロワ『瀕死の白鳥』 左:サイン入り絵葉書 右:サイン入り写真

1922年(大正11年)パヴロワは来日を果たし、『瀕死の白鳥』を観た多くの日本人がバレエの魅力にとりつかれ、日本にバレエ・ブームが巻き起こる。アンナ・パヴロワ来日の3年後、ロシア人のエリアナ・パヴロバが鎌倉に日本初のバレエ学校を開校し、さらに日本のバレエに大きな影響を与えることになる。エリアナ・パヴロバは元貴族の娘で、母と妹とともにロシア革命から日本に逃れてきた人物だ。妹とともに日本でバレエを広め、1937年に帰化。1941年に日本軍の慰問先で病に倒れ、命を閉じる。時代の波に翻弄されながらバレエの普及につとめた彼女は、”日本バレエの母”と呼ばれている。

当コレクションを収集した薄井憲二が師事した東勇作は、このエリアナ・パヴロババレエ学校の出身。会場には、鎌倉市所蔵の彼女の貴重な足跡が多く展示されている。ポスターやのぼりなど、戦争を超えて保存していたことに感動する。
藤田嗣治 白鳥の湖の舞台装置のための草案部分
藤田嗣治 白鳥の湖の舞台装置のための草案部分

また、バレエと美術のコーナーでは、コクトーなど芸術家たちのバレエ関連の作品や藤田嗣治が手がけた『白鳥の湖』の草案が展示されている。藤田の描いた舞台は、神秘的で東洋を感じるところが面白い。
コクトー 版画 アンナ・パヴロワ
コクトー 版画 アンナ・パヴロワ

衣装を通してバレエを観る

牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装

さて、最後の展示を飾るのは、牧阿佐美バレヱ団の衣装類だ。ロシアのクラシックバレエであるチャイコフスキー三大バレエ『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』『白鳥の湖』の衣装が、広い会場にズラリと並んでいる。もちろん、現代もバレエの美術や衣装は超一流のアーティストが手がけており、見事なつくりだ。角度によって輝きを変えるラインストーン、立体的なレース使いなど、席からはよく見えない部分もこまやかである。

ただ見ているだけで夢の気分に誘われ、衣装とはこんなに人の気分を変えてしまうものなのか……と思う。バレエの衣装は、きらきらと輝きながら舞台に魔法をかけるものなのだ。
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装 レースやラインストーンなど細部までこだわっている。
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装 レースやラインストーンなど細部までこだわっている。
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装

展覧会を通して、薄井憲二のコレクションからはバレエへの愛、“憧れ”と“好き”がひしひしと伝わってくる。また、わかりやすい構成で、大人だけでなく子どもも楽しめる。家族で訪れるのもおすすめだ。

展覧会『バレエ―究極の美を求めて―』で、ニジンスキーやパヴロワと共に、華やいだクリスマスシーズンを過ごしてほしい。
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装
牧阿佐美バレヱ団・バレエ衣装

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