阿部寛はパチンコで食っていた…人気芸能人たちの壮絶すぎる下積みエピソード

日刊SPA!

2018/12/3 08:50



映画コメンテーターやタレントなど、幅広い方面で活躍するLiLiCo。今でこそ情報バラエティ『王様のブランチ』(TBS系)など多くの番組に出演する彼女だが、下積み時代は壮絶なものだったようだ。

母国スウェーデンから単身上京し、演歌歌手の付き人としてキャリアをスタートさせたLiLiCo。11月3日放送の『人生最高レストラン』(TBS系)で語ったところによると、21歳で歌手として独立してからも仕事はなく、ひたすらドサ周りをする日々だったという。スウェーデンに帰る金はおろか家もなく、車の中に寝泊まりする生活を5年間続けていたそうだ。

LiLiCoのように、現在、芸能界で成功を収めていても、壮絶な下積み時代を過ごした人は決して少なくない。今回はそんな芸能人の下積みエピソードを紹介していこう。

◆鈴木亮平:50以上の事務所から門前払いを食らい、エキストラ事務所に所属

現在放送中の大河ドラマ『西郷どん』(NHK)を始め、今やさまざまなドラマ、映画にひっぱりだこの鈴木亮平だが、駆け出しのころは所属事務所すら決まらない状況だったそうだ。

なんでも鈴木、大学時代に履歴書を持って芸能事務所や制作会社をまわっていたが、どこからも相手にされず、50社以上から門前払いをくらったのだとか。そこでエキストラの事務所に所属し、俳優からモデルまでいろいろな仕事をこなすなかで所属事務所も決まり、2006年、ドラマ『レガッタ』(テレビ朝日系)でデビュー。俳優として一花咲かせた今、かつて門前払いを食らった事務所の人間から「ウチに来ればよかったのに」と言われたりもするそうだ。

◆阿部寛:イケメンモデルとして一世を風靡するも『あの人は今!?』の捜索対象に

ファッション誌『メンズノンノ』(集英社)のカリスマモデルとして活躍した、若かりし頃の阿部寛を覚えている方も多いだろう。その後、阿部は俳優として活動するようになるが、典型的な二枚目の役しか与えられないうえ、背が高すぎて女性とのツーショットが撮れない、という理由で出番は激減してしまったという。『アサジョ』など一部報道によれば、なんと3年ほどパチンコで生計を立てていた時期もあったとか。

番組『あの人は今!?』(日本テレビ系)で取り上げられてしまったことを機に一念発起し、1993年に舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』でバイセクシャルの刑事役を好演。二枚目という殻を破り、どんな役でも演じる実力派としての地位を確立した阿部は、ドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)など、多くの作品に出演する名俳優となったのだった。

吉岡里帆:夜行バスで上京して漫喫で身支度してオーディションに臨む日々

今年7月から放送していたドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』(フジテレビ系)での主演など、今でこそ多くの作品に出演している吉岡里帆だが、売れるまでの苦労は相当なものであったという。

もともとは書道家になるべく京都の大学に進学した吉岡だったが、どうしても女優になる夢を捨てきれなかったそう。オーディションのたびに夜行バスで上京し、漫画喫茶でシャワーを浴びて身支度をして、また夜行バスで京都に戻って大学に通う日々を5年ほど続けていたそうだ。当然ながら上京資金も馬鹿にならず、歯科助手、カフェ、居酒屋の厨房、美術館の搬入など、常に4つのバイトを掛け持ちしていたのだとか。

そんな吉岡の転機となったのが、2014年に発売された週刊誌『週刊プレイボーイ』(集英社)だ。同誌に掲載されたグラビアが話題を呼び、2015年公開の映画『マンゴーと赤い車椅子』で映画デビュー。2016年に出演した連続テレビ小説『あさが来た』(NHK)などを経て、現在のブレイクに至った。

◆サンドウィッチマン:10年間ゴキブリやネズミの出る1DKで共同生活

今や飛ぶ鳥を落とす勢いのお笑いコンビ・サンドウィッチマンにも、10年に及ぶ下積み時代があったという。

24歳でコンビを結成し、地元の仙台から上京した伊達みきおと富澤たけし。ブレイクするまでの10年間、1DKのアパートで一緒に暮らしていたのだが、そこはゴキブリやネズミが当然のように出るボロ物件だったという。伊達の語ったところによると、米びつに黒い米が混ざっていると思ったらネズミのフンだった、なんてこともあったそうだ。

もともとサンドウィッチマンは、お笑い芸人を目指していた富澤が、地元で就職していた伊達を口説いて結成されたコンビ。富澤は伊達を誘っておいて芽が出ないことに責任を感じていたそうで、2005年頃に『エンタの神様』(日本テレビ系)でブレイクするまでは、精神的に相当追い詰められた時期もたびたびあったという。

◆GLAY:観客ゼロのライブも珍しくなく、『イカ天』でも酷評されて…

お笑い芸人と同じくらい下積み時代の苦労話が似合うのは、おそらくバンドマンだろう。来年にはデビュー25周年を迎える人気バンド「GLAY」の中心メンバーであるギターのTAKUROと、ボーカルのTERUも、地獄のような下積み時代を味わったらしい。

小中学校の同級生だったふたりがGLAYを結成したのは1988年のこと。地元の函館ではライブハウスを満員にする人気を誇っていたが、いざ上京してみれば初ライブの観客は2人で、観客ゼロのライブも珍しくなかったという。東京のバンドコミュニティにも馴染めず、『平成名物TV』(TBS系)の人気コーナー『三宅裕司のいかすバンド天国』に出演したときも酷評の嵐。あまりの極貧っぷりに、片栗粉をお湯で溶いて、醤油を垂らしたもので腹を満たした時期もあったという。

1994年、「X JAPAN」のYOSHIKIが設立したインディーズレーベル「エクスタシーレコード」からデビュー。1997年には12thシングル『HOWEVER』など、多くのミリオンセラーを生み出すモンスターバンドへと進化したのだった。

彼らもブレイクした今だからこそ、辛かった下積み時代を笑って話せるのだろう。しかし今現在、まさにそんな生活を送っているスターの卵も大勢いるはずだ。必死に努力すればブレイクできる、なんて生易しい世界ではないだろうが、“過酷な今”のことを笑って話せる日を迎えてほしいものだ。<文/A4studio>

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