【Memory of RB26DETT Part.1】チューンド史に名を刻んだ伝説の第二世代GT-R達【最高速編】

clicccar

2018/11/30 12:00


ただ速いだけでは意味がない。幾年過ぎてもなお人々を魅了する記録やスタイル、魂に響くストーリーを持ち得たマシンだけがすべてを超越して“伝説”へと昇華するのだ。ここでは最高速戦争が激化した90年代に活躍し、文字どおり伝説と呼ばれるようになったRB26搭載の第二世代GT-Rたちを紹介していく。



Veil Side

R1 STREET DRAG MODEL【BNR34】

語り継がれる、伝説の最高速戦闘機。

ニュージーランドの公道最高速レース『ラリーニュージーランド1999』で、346.2キロという金字塔を打ち立てた最強GT-Rにして、90年代の最高速ムーブメントに終止符を打った名馬だ。

手がけたのは、当時、無敵のパワーチューナーとうたわれた横幕さん率いるヴェイルサイド。心臓部は、GT3540ツインターボの導入を軸に徹底強化された、レブリミット1万2000rpmの1460ps仕様とされた。

二基のビッグシングルが大気中の空気を圧縮しきった刹那に産み出す推進力は強烈のひとことで、同マシンの手綱を握った稲田大二郎は「次元を超えていた。RB26の出力特性とはとうてい思えない、空間がゆがんでしまうほどの暴力的な加速Gが全身を貫くんだ。路面がドライだったら(レース当日は雨が降り続いていた)、間違いなく350キロは突破できていたはず。なんせ記録を出したときは6速ではなく、5速だったのだから…」と当時を振り返る。

ヴェイルサイドが手がけたNHRAドラッグ仕様のフルチューンRB26は、GT3540ツインにブースト2.8キロをかけ1460ps/118kgmという怒濤のパワーを発揮。ステージ次第では時速400キロも狙える至宝のスペックだったのだ。


JUN AUTO MECHANIC

JUN GReddy GT-R【BCNR33】

238マイルの衝撃。

1991年にZ32で叩き出した420キロという自己ベストを更新するべく、1997年のボンネビルに挑戦したソルトフラッツ攻略機。TD06-25Gツインターボ仕様で1000psオーバーを発揮するハイスペックRB26ユニットの存在は、日本のみならず世界中のチューニングフリークたちを興奮させた。

本戦は、スコール直後でまったくグリップしない路面やマシンセッティングに悪戦苦闘。それでも最終的に区間最高238マイル(383キロ)をマークし、記録更新こそ果たせなかったものの、アタッカーを務めた稲田大二郎に『200マイルクラブ』入会という“栄誉”をプレゼントしたのだ。

腰下にはJUNオリジナルの2.7Lキット(ボア87φ×ストローク75.7mm)を導入。そこに高回転対応のスペシャルヘッドとTD06-25Gツインターボをドッキングすることで、当時としては驚異的な1000psオ−バーを達成した。

 


TRUST

GReddy RX【BNR32】

戦い続けた蒼き弾丸

1989年にトラストのパーツ開発車両として生まれたRXは、仕様を2.6L+TD05-16Gツイン、2.7L+STSC(遠心式S/CとC9ターボを直列配置したツインチャージ)、2.7L+T78シングルターボ…と、走行ステージごとに変えながら熟成をつづけたマシンだ。

最終的には840ps/1万1500rpmを繰り出す2.7L+TD06L2-20Gツインターボへと行き着き、ゼロヨン10秒570、最高速330キロオーバー、0-300キロ加速24秒68という数々の高記録を残したのだ。こうした戦いの遺伝子は、後に生まれてくるBCNR33ベースのGReddy RX S-ROCへと受け継がれることとなる。

遠心式のメカニカルコンプレッサーとIHIのRHC9ビッグシングタービンを直列配置した独自のSTSCシステム。コスト面などから市販されることはなかったが、2.8Lとの組みあわせでゼロヨン10秒42(トラスト社内データ)を記録したという。


BLITZ

R348【BNR34】

公道最速への挑戦

当時、ゲンバラポルシェが保持していた347キロというワールドレコードを打ち破るべく、1998年末にOPTION誌とブリッツが共同プロジェクトを発足。その果てに誕生したのが、ターゲットステージをドイツの速度無制限道路『アウトバーン』に定め、各部に最高速チューンを敢行したR348だった。

アタック(ドライバーはDai)は1999年7月18日に行われ、6速8000rpm時に343.35km/hを記録。最速の座には一歩とどかなかったものの、市販パーツのみで構成されたジャパニーズストリートマシンの躍進は、当時のチューニング業界に第二世代GT-Rの新しい可能性を証明した。

市販パーツのみで組み上げられたRB26DETTユニットは、K5-850Rタービンにブースト2.4キロをかけて回しきり、8650rpm時にMAX851psを発生した。


HKS

ZERO-R【BNR32】

総合性能主義の芽生え

『欧州スーパースポーツを超える性能』というコンセプトのもと、HKSが2年という長い歳月を費やし創造した、BNR32ベースの究極チューンドコンプリートだ。

ドイツのニュルブルクリンクで最終テストを行った後、アウトバーン(ドイツ)~アウトストラーダ(イタリア)~オートルート(フランス)を経由して、スペインのバルセロナをめざすという総距離2000kmにおよぶ壮大なヨーロッパ大陸ツーリングを敢行。

ピークパワー至上主義が主流であった当時のチューニング業界に総合性能主義を提唱し、日本のトップチューナーたちに大きな影響を与えた1台である。

TO4Eタービンをツインで搭載し、負荷に応じてシングルorツインと駆動を切り替える独自のシーケンシャルツインターボを構築。出力は423psと大したことはなかったが、全域リニア型の特性は当時RB26DETTチューンの完成形といわれた。


HKS

T-002【BCNR32】

0-300キロ時代の王者

OPTION誌が企画した0-300キロチャレンジで、頂点を極めるために開発されたスーパーチューンド。全国のトップチューナーたちがしのぎを削るなか、T=002は920psまで出力を高めた2.7L+GT3037Sツインターボ仕様のRB26を武器に、当時カベといわれていた20秒を大きく上まわる17秒64を記録(1997年3月号)。

以後、終焉までの2年間、70台近いチューンドが“打倒HKS!”を誓ってアタックを敢行するも、その高みに近づけたのはフェニックスパワーのワークスR(RX6BTCW77ツインターボ仕様のBCNR33:17秒76)1台だけだったのである…。

1mmオーバーサイズの87φ鍛造ピストンをはじめとするオリジナル強化パーツの導入により、排気量を2628ccまで拡大したフルチューンRB26ユニット。そこにGT3037Sツインターボを組みあわせ、実測920psをマークした。

(web option編集部)

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