サウジ・カショギ氏殺害で、ソフトバンク肝いり「10兆円ファンド」頓挫の危機


「サウジアラビアで内戦が起きて、シリアのようになることが心配です。そうしたら日本に石油が来なくなりますよ」

そう語るのは、経済産業研究所上席研究員の藤和彦氏である。

サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で死亡した事件で、トルコのエルドアン大統領は23日、首都アンカラの国会で捜査状況を説明し、「凶悪な計画殺人だった」と述べた。カショギ氏殺害に関し、サウジに徹底した説明を求めるG7声明が出されるなど、国際的な非難の声も高まっている。

23日から25日にかけて、サウジの首都リヤドでは、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の肝いりで、国際経済フォーラム「未来投資イニシアチブ(FII)」が行われた。サウジの政府系ファンド、パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)は、運用額10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」に約5兆1000億円を出資することで合意しており、ソフトバンクの孫正義会長兼社長はFIIで講演を行う予定だったが、取りやめた。サウジとソフトバンクの軋みは、日本経済に影響を与えるのだろうか。

「カショギ氏殺害にムハンマド皇太子が関与していたかどうかが日本のメディアの関心事になっていますが、欧米のメディアでは、ポスト・ムハンマド皇太子の議論になっています。ムハンマド皇太子の5歳年下のハリドさんが駐米大使でしたが、すでにサウジに戻っているらしい。いきなり皇太子というわけにはいかないので、副皇太子になるのではないかといわれています」(藤氏、以下同)

皇太子が代わった場合には、SVFはどうなるのだろうか。

「サウジの経済改革計画『ビジョン2030』そのものが露と消えるでしょう。そもそもがコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーが書いたペーパーで、しょせん絵に描いた餅ですから。サウジの労働・社会発展省は、“マッキンゼー省”といわれているくらいです。構造改革は、痛みを伴ったり汗をかいたりしないとできない。それを、サウジアラムコの上場益をPIFに投じて、それで世界から技術を集めて産業構造を転換するなんてことができたら、どこだって超一流国になっていますよ。そんなことして成功した国は、ひとつもないじゃないですか」

●第3次AIブームの終焉

AI(人工知能)がすべての産業を再定義する、という孫氏の構想は画期的な革新とも聞こえるが。

「第3次AIブームはもう終わっています。画像解析や音声解析以外のことは、今のところ、たいしたことはできないんです。AIは、大量のデータがないことには何も分析できないですから。そんな大量のデータがある部分など、現実の世界でほとんどないんですね。よく『AIで仕事がなくなる』といわれますけど、仕事はなくなりません。AIだけでは仕事は完結しませんから。大変な仕事はAIにやらせて、隙間仕事みたいなマネージメントの仕事を人間がやるようになるでしょう。

リクルートワークス研究所の海老原嗣生さんがわかりやすい例を挙げていますが、今の回転寿司は、一番大変な板前の仕事とか寿司を運ぶ行程も全部機械化されています。だけど肝心の接客は、人間がやるしかない。そういうふうになるでしょう。大事な仕事がAIに取って代わられるので、日本には仕事が生きがいだというマゾヒスティックな人も多いので、そういう人たちにとっては労働の価値が下がってディストピアだと感じられるかもしれません。

だけど、接客のような、人間にしかできないホスピタリティが必要とされる仕事が重視されるでしょう。実際に今、人手不足でパート代が上がっています。そういう意味では、ユートピアかもしれません。デフレの20年間とは逆のことが起こって、ユートピアなのかディストピアなのか、わからない世界が来るのではないでしょうか」

10月4日に、ソフトバンクはトヨタ自動車とモビリティ事業での協業を発表し、注目を集めた。

「話題を呼んでいますが、将来の中核事業に発展するかどうかは不透明です。大手企業の場合、社内の意志決定の段階で10個のうち9つがボツになると言われてます。新しいビジネスはスタートアップ企業がやったほうが発展すると思います。

1989年にソニーがコロンビア映画を買収しましたけど、下手にソフトを持ってしまったものだから、技術的には可能だったのに、iPodとかiPadみたいなものをつくれなかった。トヨタとソフトバンクが並べば、メディアは取材に行くしかありません。要するに、株価対策じゃないですか。トヨタにしても、業績がいい割には株価は高くないですからね」

●サウジに金があるというのは幻想

サウジで、ポスト・ムハンマドへの移行は、スムーズにいくのだろうか。

「ハリドさんがまずは副皇太子になって、10月末にロンドンから帰国したアハメド王子(77歳)が後見人となり、ムハンマドさんがどこかのタイミングで自然に消えていくというようなことが考えられているのかもしれません。しかし、ムハンマドさんの性格からいったら、そのシナリオに乗らない可能性があります。サルマン国王もいまだにムハンマドさんを擁護しているといわれており、必ずしもスムーズにはいかないでしょう」

ムハンマド皇太子の体制が続く場合、SVFはどうなるのだろうか。

「孫さんは、今回わざわざリヤドまで行って、ムハンマドさんには会ったけど会議には出ずに講演をしなかった。困った時に手を差し伸べてくれるのが、真の友情ではないですか。リヤドまで行ったはいいけど、『ごめん、ちょっといろいろコンプライアンスの問題あってなかなか出られない』ということであれば、『なんだ、お前は?』ということになりますよね。

今回、米ウーバーテクノロジーズのCEOが会議に出席しませんでしたが、同社はSVFから融資を返してくるかもしれません。日本では、まだまだ人権意識は薄いですけど、欧米はものすごく人権問題を重視していますから。『そんな血にまみれた金なんかいらない』ということになって、SWFは今後開店休業になるかもしれません」

今回のFIIでは、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、ムニューシン米財務長官、米JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO(最高経営責任者)、米ブラックストーン・グループのスティーブン・シュワルツマン会長を初め、米ゴールドマン・サックスの幹部、ドイツ銀行幹部、スイス・ABB幹部が出席を取りやめている。

「今回のFIIで、サウジは560億ドルの案件が成約したと言っていますが、そもそもサウジはお金を持っていません。PIFは、サウジアラムコが上場できないので約110億ドルを国際金融界から借金しているんです。サウジに金があるというのは幻想、ソフトバンクに金があるっていうのも幻想です。孫さんは壮大なビジョンを掲げて世界からお金を調達するのがお上手な方ですから。孫さんとサウジアラビアが組めば最強のコンビだと誰でも思いますが、内情は別という可能性があります」

(文=深笛義也/ライター)

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