戸田恵梨香『大恋愛』が『紅の豚』に惨敗……視聴率1ケタ転落で大丈夫?

日刊サイゾー

2018/11/9 20:00


 戸田恵梨香が若年性アルツハイマー病に冒されていく難病ドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)も第4話。視聴率は9.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、初めての1ケタ転落となりました。裏の『金曜ロードSHOW!』(日本テレビ系)では、みんな大好き『紅の豚』が12.5%と、相変わらずの強さを見せています。

とはいえ、このドラマは面白いので張り切って振り返りますよー。

(前回までのレビューはこちらから)

■絶妙だった第1話の“暴走”ぶり


 さて、このドラマの第1話では、戸田恵梨香演じる尚ちゃんがエリート精神科医の井原先生(松岡昌宏)と結婚寸前にもかかわらず、真司くん(ムロツヨシ)に“運命”を感じ、猪突猛進していく様が描かれていました。その猪突な猛進ぶりがあまりに盲信的というか、「この女、大丈夫かよ」と思うくらい常軌を逸した行動だったので、このレビューでも以下のようなことを書いていました。

「この大暴走もまた、アルツハイマー病の症状のひとつとして描こうとしているのかもしれない。認知障害によって、物忘れだけじゃなくて、尚さんの中での倫理観や道徳観、広く言って常識みたいなことが歪んでいるのかもしれない。恋もまた心の病だなんていいますけど、尚さんの病気による現状に対する認知の歪みが『憧れの小説家と出会った』という一時的なトキメキを増幅させているという、本当の意味での『病気としての恋』を描こうとしているのかもしれない」

で、今回はそんなお話になりました。といっても、実際に尚ちゃんの恋が「病気のせいだった」という事実が描かれたのではなく、真司くんが「おまえのオレへの恋は病気のせいなんじゃねーの?」と疑いを持ってしまった、というお話。真司くん自身、超絶美人に言い寄られて気分よくなりつつも、その強烈な好き好きビームに違和感を覚えていたんですね。脚本的にも、戸田恵梨香のお芝居も、ギリギリ絶妙に「変かもしれないけど、変じゃないかもしれない」ラインを突いていたと思います。お見事。

展開としては、今回ストーリーはあまり進んでいません。

前回、真司くんに抱き着きながら「好き、侑市さん……(井原先生のこと)」と口走ってしまった尚ちゃん。真司くんは「まあしょうがないよね」的な対応でしたが、やっぱり眠れぬ夜を過ごしました。

しばらくは今まで通りイチャイチャと過ごしていた2人でしたが、MCI(軽度認知障害)の診断を受けている尚ちゃんにとって、主治医である井原先生は、とっても頼りになる存在です。その存在感が日増しに大きくなるにつれ、真司くんの嫉妬心が爆発。ついに「この前、オレのこと“ユウイチサン”て呼んだよ」と、言ってはいけないことを言ってしまうのでした。

「あたしは病気なの、いちいち文句言わないでよ、陰険だよ」

そう尚ちゃんに言い返された真司くんが、

「そもそも、オレとのことだって、病気のせいで恋に落ちたと思い込んでるだけじゃないの? 病気と恋がごっちゃになってんだよ」

などと、さらに言ってはいけないことを言って、尚ちゃんはアパートを飛び出してしまいます。

すると、道端に井原先生が、なんか立っています。そのころ、かつての婚約者だった尚ちゃんと似たタイプの女性とお見合いし、いい感じになっていた井原先生ですが、ふと気づいたようです。

「尚に僕が必要なんじゃない、僕に尚が必要なんだ」

尚ちゃんは、そんな井原先生の言葉に心が動かないわけでもなさそうですが、きっぱりと「ごめんなさい」して真司くんのアパートに舞い戻ります。

「さっきはごめんなさい、あたし病気だから真司に夢中になったんじゃないよ」

改めて熱烈に告白する尚ちゃんを遮り、真司くんは「別れよう」と告げるのでした。病気の人が「病気だからあなたに夢中になったんじゃない」と言い張ったって、もう真司くんの胸には響かないようです。次回へ。

■作家が“女神”を求める心理


「20年間、書きたいネタも書きたい言葉も何一つ浮かばなかった。そのオレにもう一度書きたいと思わせた女、その女の運命の相手は、オレではなかったのだ。彼女はオレに小説を書かせるために遣わしてくれた女神だったに違いない」

21歳で文壇に躍り出たものの、40歳になるまで2作目が書けなかった小説家の真司くんが、尚ちゃんに「別れよう」と告げた直後のモノローグです。真司くんは今回、尚ちゃんとの出会いと恋の顛末を小説にすることを決意していました。それにしてもまあ、「女神」とは身勝手な言い草です。1人の人間を“神聖視する”ということは、その人を“人間扱いしない”のと同じことであって、尚ちゃんを「女神」と呼んだ時点で、真司くんは尚ちゃんの将来から目を逸らしたことになる。あるいは、目を逸らした自分の後ろめたさへの言い訳として「女神」という、いかにも心地よい称号を与えることで誤魔化しているわけです。

でも、このあたり、やけにリアルに感じたんです。書けなくなった作家にとって、「書くことが頭に浮かぶ」というのはそれほどまでに、とても自発的な何かとは思えない、天啓としか言えないくらい奇跡的な悦びなのだろうなと。あのスティーブン・キングだって「ずっと妻に読ませるためだけに書いてる」って言ってたし、脚本の大石静さんは女性だけど、このような“この人が書かせてくれてる”という瞬間を体験したことがあるんだろうなと思わせる、血の通ったセリフだったと思います。

ついでに技巧的なところだと、尚ちゃんが買っておいた2つのアップルパイを、急な来客のために結局2人で食べられなかった場面。これまで、美味いものをさんざん一緒に食べてきた2人だけに、さりげなく別れを予感させていて、いいシーンでした。

■ところで「LINEを見ろ」じゃダメなのか


 2008年に公開された『ガチ☆ボーイ』という映画があります。主人公の大学生・五十嵐は高次脳機能障害による記憶障害を負っていて、朝起きると、昨日までのことを全部忘れている。その彼は毎日、必死でノートに日記を書いて、部屋中に「日記を見ろ!」という貼り紙をしていました。昨日日記を書いたことも忘れるから、起きたらその貼り紙を見て日記を見返し、それまでの人生を把握することから1日を始めていたのです。

今回、MCIの進行を示す場面として、尚ちゃんが「着替え持って行く」と紙に書いて玄関の内側に貼り付けるシーンがありました。物忘れを自覚している尚ちゃんが、これだけは忘れないように、真司くんからLINEで頼まれたことをメモ書きする悲しいシーンです。

これ、以前もちょっと引っかかったんですが、尚ちゃんが何度かLINEで送られてきた物事を忘れちゃうシーンがあったんです。マンションの内覧をすっぽかしたりとか。2人はたびたびLINEでやり取りしてるし、ちょっと前の会話なんて嫌でも目に入るし、そもそも電話だと忘れちゃうことにエビデンスが残るというのもLINEがこれだけ普及した要因だと思うんですが、日常的にLINE見るだろうし、それも忘れるようだったら、予定をなるべくLINEに記録を残すようにしつつ、全部ひっくるめて「LINEを見ろ」って玄関に貼っとけばいいんじゃないかと。

この「LINE(によるエビデンスの保全)と物忘れの関係」みたいなものが、ドラマの中でうまく処理できてない感じがしたんです。大したことじゃないし、それによってドラマがつまらなくなってるわけでは全然ないんですけど、そんな矛盾ともいえない矛盾が生じてしまうのも時代の流れだよなーなどとしみじみしました。もう少ししたら、このへんもうまく使えるデジタルネイティブなシナリオライターが出てくるんでしょうね。

というわけで、今夜放送の第5話も楽しみにしたいと思います。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

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