クラシック音楽との共通点も。アートにおける「イノベーション」とは?


わたしは現在、主にビジネスパーソンを対象に絵(デッサン)を描くことによって「右脳と左脳のバランスを活かした全体的な思考能力」と「新しいものを発想していく能力」そして「ものごとを俯瞰して捉え、調和のとれた思考能力」を高める講座を、現役のプロの画家たちを講師陣に迎え主宰しています。(「はじめに」より)

こう説明する『ビジネスの限界はアートで超えろ!』(増村岳史著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者は、興味深い主張をしてもいます。

デッサンがうまくなるコツの半分は、数学的なものごとの見方や論理力なのだというのです。そして残りが、自身の本来持っている感性の力を引き出すこと。

少し意外な気もします。しかし絵を描くことは、感性や感覚をつかさどる右脳と、論理をつかさどる左脳を統合した、調和のとれた能力が求められることを示しているというのです。

極端な表現を用いるなら、思うがままに描くだけでは、右脳と左脳が調和しない描き方になってしまうということなのかもしれません。

そのように考えると、ここ最近、MBA(経営学修士)以上にMFA(美術学修士:Master of Fine Arts)ホルダーが注目されつつある、ということにも納得がいきます。

かつて、ビジネスの世界では、MBAを持つことがステータスとなり、一つの勲章とされていました。しかしながら今、アメリカではMBAよりも、MFAを持っている人材のほうが重宝されています。

給料も待遇も、MBAを持っているより、MFAを持っている人のほうが圧倒的に高くなる時代になっているのです。(「はじめに」より)

モノがあふれる世の中で、いかに魅力的な商品を生み出すか、それらを買いたいと思わせるか。その点を突き詰めるためには、デザイン性、アート性が鍵になるという考え方。

そんななか、MFAを持っている人は右脳と左脳を統合してバランスよくものごとを考えられるため、売上に直結するスキルを持っていると高く評価されているというのです。

それは、複雑で変化の激しい今日のビジネス環境ともつながっていくことでしょう。全体を直感的に捉えられる感性や、課題を独自の視点で発見し、創造的に解決する力の重要性が高まっているということ。

そこで本書では、ビジネスとアートの相互関係について探っているというわけです。

数日前にクラシック音楽のイノベーションを取り上げましたが、きょうは本書の第5章「アートに見るイノベーションの要素」を参考にしながら、「アートとイノベーションとの関係性」を考えてみたいと思います。
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ビジネスの限界はアートで超えろ!
ビジネスの限界はアートで超えろ!
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イノベーションとは?


一般的にイノベーションとは、「革新的な製品やサービスを生み出す新たな価値の創造」と理解することができます。

ピーター・ドラッカーも、「イノベーションは思考と想像をもとに作り上げられる。つまり、違う発想や新しいものが生まれるという意味だ」と語っています。

また、一橋大学大学院経営管理研究所教授の楠木建の著書『経営センスの論理』(楠木建著、新潮新書)によると、イノベーションとは、単に「新しいことをやる」のではなく、「思いつくか思いつかないか」の問題であることが多く、イノベーションの本質は「非連続性」にあると述べています。(142ページより)

そしてもうひとつ、イノベーションを推進し、広く世の中に浸透させていくために重要な意味を持つものがあるといいます。それはすなわち、「新たな価値の創造」「思いつくかどうか」「非連続性」などを広めていくための「ストーリー」

アーティストは日常的に、これを実践しているということです。いいかえれば、アートの歴史はイノベーションの歴史だということ。(143ページより)

新たな価値を創造した印象派


著者はこの項で、美術の歴史において重要な意味を持つ「印象派」を引き合いに出しています。そこで、印象派についての基本的なことがらを確認してみましょう。

封建主義が終了する19世紀前半まで、画家たちの多くは王族や貴族のお抱えでした。つまり、アーティストではなく絵師だったのです。しかしながら、フランス革命によって貴族社会が崩壊するとご主人様がいなくなり、絵師たちは失業してしまいます。

職を失った絵師たちは、自分の思うように、そして、感じたままに表現するようになっていきました。これが印象派の始まりです。こうして、現代のアートへと続く道筋、つまり、作品を通じて自己を表現する活動が始まったのです。(86ページより)

先日ご紹介した、クラシック音楽の成り立ちとも共通する部分がありますが、印象派以前は、対象を写実的に、そして雇い主である王族や貴族が満足するように描くことが画家たちには求められていたわけです。

だからこそ、印象派の画家たちが「自分が感じたこと、思ったことを、作品を通じて自己表現する」ことをプロとして初めて公にしたことは「表現の革新」だったわけです。それは、従来とは異なる発想で、新たな表現を試みたということなのですから。

また彼らは、それまで存在しなかったコミュニティをボトムアップで自ら立ち上げるということも始めています。それまで画家たちが作品を発表する場は、王立の美術アカデミーが主催するサロン(官展)に限られていました。サロンに所属していなければ、プロとして作品の発表も、絵の販売もできなかったわけです。

しかし印象派の画家たちは、当時の美術アカデミーの基準から大きく外れていたため、サロンの審査を通ることなど不可能でした。そこで自らコミュニティを形成し、史上初めてグループでの展覧会を開催したのです。

いまでこそ、所属企業の枠を飛び越えて連携を図る「オープンイノベーション」はさまざまな業界で見受けられます。しかし150年ほど前に表現のイノベーターたちがコミュニティを結成し、実際に世界初のグループ展を開催したという、その実行力は大きな評価に値するはずです。

なお、このグループ展はそののち、当時の新興国だったアメリカでも開催され、アメリカ人の実業家たちが高値で作品を購入するようになりました。結果的に印象派の画家たちは、新たなアメリカのマーケットを開拓していったということです。(143ページより)

絵画の「連続性」を壊したピカソのキュビズム


世界でもっとも有名な画家のひとりであるピカソは、芸術が持つ価値そのものを大きく変革したアーティスト。キュビズムの発明によって、絵画表現そのものを「スクラップアンドビルド」してしまったのです。

ピカソ以前の絵画は、風景画であっても人物画であっても、対象を再現することを教義としていました。印象派の画家たちにしても、「自分が感じたこと、思ったこと」を表現してはいたものの、風景画であれば遠近法に則っていましたし、人物画も人体脳構造を逸脱することはありませんでした。

しかしそんななか、それまで誰もが疑いもしなかった「絵画の常識」を覆してしまったのがキュビズム。

たとえば人の顔は、正面と横顔を同時に見ることはできません。しかしピカソの抽象画には、正面と横顔が同じ画面上に描かれています。つまりキュビズムは、従来の視覚の論理を分解・断片化し、再構築するものだということ。

いわばピカソは、「視覚様式の革命」によって絵画そのものを新しい次元に置き換え、ルネサンス期に完成された西洋美術の根本的な論理を破壊してしまったわけです。つまり、絵画の連続性を止めてしまったのです。

当然のことながら、世界初のキュビズム作品であるピカソの「アヴィニヨンの娘たち」は美術界を震撼させました。多くの人は、いままでにない物事に触れると、強烈な拒絶反応を起こすものだからです。

しかし、それから5年もしないうちに、キュビズムは新たな表現手段として、絵画、彫刻、工芸などに影響を与えるようになりました。(147ページより)

大量生産・大量消費という「ストーリー」


現代において、「ストーリー」の重要性が強調される機会は少なくありません。事業展開やブランド構築などの際に、「モノをつくるな、コトをつくれ」と言われたりするのも、ストーリーの重要性が認知されているからです。

そんなストーリーによる展開を約60年前に実践したのが、アンディ・ウォーホルを筆頭とする、ポップアートを誕生させたアーティストたち。

それ以前のアートは、アーティストたちが感じたことを、自分自身を通して表現するというものでした。周囲に流されることなく、周囲を気にもせず、ひたすら能動的に自己表現していたのです。

ところがポップアートは、当時の時代が置かれていた流れを真正面から積極的に吸収し、時代の流れ自体を作品に反映させました。ポイントは、ポップアートが興隆した1950年代後半から1960年代は、大量生産・大量消費、そしてマスメディアがそれを扇動する時代だったこと。

ウォーホルは、大量生産・大量消費社会を作品にストレートに反映させたのです。スープの缶詰や、当時の人気女優マリリン・モンローのポートレイトなど、単なる消費財としてしか認識されていなかったものをモチーフにし、しかもシルクスクリーンという技法を用いて作品を量産したのです。

それまでの芸術作品は、アーティスト自身が1点1点自ら創り上げていくものでした。ウォーホルは自ら工房を立ち上げ、工房の長となり工員たちに指示を出して作品作りをしました。印象派以降に確立された作品の制作スタイルそのものを変えてしまったのです。(151ページより)

つまりウォーホルは、大量生産・大量消費社会の概念をアートの場に持ち込み、「アートも消費されるモノ」という自らのストーリーを立て、実践したということ。その結果、ポップアート以降は美術作品の巨大マーケットができあがり、アートの持つ資産価値があがっていくことになったのです。

好調なビジネスは、何より魅力的な芸術だ(Being good in business is the most fascinating kind of art)」

このウォーホルの言葉は、アートをビジネスにした彼ならではのセリフと言えます。(151ページより)

ウォーホルが活躍した時代は米ソ冷戦の時代でした。毛沢東の肖像画や当時のソビエトの国旗をモチーフにした作品が存在することには、そんなバックグラウンドがあるのです。

そしてそれらは、現代の戦争画と位置づけられています。とはいっても、先の世界大戦のときの戦争画のように、勝利の歓喜の様子や、戦闘機や戦艦が描かれているわけではありません。

しかし毛沢東の顔を赤や紫で塗りたくった肖像画や、当時の共産主義のモチーフである鎌とハンマーをポップに描いている作品などは、敵を嘲笑の対象としてアイコン化しているわけです。

また、それらは観た人に対し、「なぜ、こういう表現を用いるのか」という純粋な疑問を投げかけることになります。それこそが、彼ならではのストーリーだということです。(150ページより)


このようにわかりやすく解説されているので、アートとビジネスとの関係性も無理なく理解できるはず。アートに興味がある人もそうでない人も、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。
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Photo: 印南敦史

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