10代の読書を振り返ると落ち込む……ヘルマン・ヘッセ『青春彷徨 ペーター・カーメンチント』

日刊サイゾー

2018/11/9 01:30


 筆者もなんだかんだと生きていたら、40歳を過ぎてしまった。中年の思春期というヤツではないが、最近思うことがある。

「やばい、思ったほど本を読んでいない!」と。

日本人男性の平均寿命は81.09歳(2017年)。仕事のせいで生活は不規則。酒は飲まないが、タバコは吸いまくっているので平均よりは短いと仮定して70歳。だいたい「ライター」という文字が入っている稼業の先達は、みんな早死にしているので、もうちょっと短いとして60歳。それくらいで寿命を終えるとして、まだ読んでいない本があまりに多いではないか。

今の10代は、そんな切迫感があるのかはわからないが、自分の世代にはまだ教養主義の名残が残っていた。「とにかく本を読め」というのが、誰からともなく強制されていた。本だけではない。「映画を見ろ」「音楽を聴け」くらいは、誰に言われるでもなく、やっておかないとマズいことという意識があった。

とりわけ「本を読め」と圧力をかけるのは、内なる声だ。何を読むかといえば、乱読である。当時を振り返ると、学校に行けば「ようやく『仮面兵団』が発売になったわけだが、これからアルスラーンはどうなるんだろう」とか話していた。そんなジャンルも読みつつ「読んでおかなくては」と焦燥感すら覚えたのが、岩波文庫である。

ともすれば、ネットで飛び交う意見が標準のように思える現代。岩波書店は「世界」とか出してる、カビの生えた戦後民主主義出版社。そんな印象を持つ者も多いだろう。でも、岩波文庫というのは「とりあえず、知っておかなくてはならないスタンダードな教養」を、安価に手に入れる最良の手段と認識されていた。だから、10代当時はいろいろと読んだ。ほとんど呪文を読んでいるような気分になっても読んだ。

とりわけ、岩波文庫の青はそうである。当たり前だ。「こういうのを読まなければならないのか!」と買った、カントの『道徳形而上学原論』。当時も理解できなかったが、今読んでも、やっぱり理解できない。赤も、結構な割合で、そう。「ワイルドの『サロメ』というのは、とてもエロい」と聞いて、ワクワクしながら読んだ。富士見ロマン文庫みたいなのを想像して読んだら、ピクリとも勃起しなかった……。

どうしようもない読書の生活。その中でも、ふっと引き込まれた作品もある。ヘルマン・ヘッセの『青春彷徨 ペーター・カーメンチント』は、まさにそう。アルプスの田舎に生まれた主人公は、都会の大学に出て文筆家となり、友情や恋愛を知り、さまざまな体験も積む。それゆえに訪れる悩みや、それからの解放。10代で読んだ時には、それらは、自分がこれから体験することのようにも思えた。

ふと思った。今読み直して見るとどうなるだろう。早速本棚から取り出して読んでみた。

感じたのは、とてつもない焦燥感である。いや、まだ自分の人生は、208ページあるこの本の50ページ目くらいだと思っていた。そんなことはない。もう、自分の人生は190ページ目くらい。それどころか、発刊の辞とか奥付のページになってるんじゃないか。

何より、この作品の主人公は、文筆家としてひとかどの人物として認められた上で、愛だの恋だのに悩んだり、悩みの果てに旅をしたりして暮らしている。少なくとも経済的な安定はある。

岩波文庫ならではの、訳者の教養に裏打ちされた洗練された文体が、より焦燥感を煽る。

改めて感じる、人生は思ったよりもずっと短いという現実。ああ、2018年ももう終わる。
(文=昼間たかし)

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