世界の科学者を騒がせている「量子インターネット」が熱い理由

Image: Oliver Deisenroth/Wikimedia Commons

データセキュリティ、心配ですよね。

いろんなメディアでデータの漏洩が騒がれたりしている今、世界の科学者がセキュリティ面で注目している技術に「量子インターネット」というものがあります。MIT Technology Reviewでは「ハッキング不可能(Unhackable)」とまで言い切っているわけですが、「量子」なんて聞くと高校の物理のイヤ~な思い出がよみがえって苦笑いしてしまいよね。

さて、量子とインターネット、そしてセキュリティは、どうつながっているのでしょうか。そして、科学者たちが騒ぐだけの価値はあるのでしょうか。その実用可能性は?

科学に強い米GizmodoのRyan Mandelbaum記者が、欧米で行なわれている「量子インターネット」の取り組みについて説明してくれています。


データの傍受や漏洩など、今日のインターネットには問題が山盛りです。

これらをどう解決していくか。もしかしたら亜原子粒子科学が、それらの問題を解くカギとなるのではないか…ということで、「量子インターネット」がいま欧米で熱くなっています。

ヨーロッパでは2020年までに量子インターネットを完成させる予定


つい先週のことなんですが、量子インターネットのこれからについてのロードマップの発表がありました。発表したのは量子インターネットで名だたるQuTechセンターの3人の科学者たちで、こちらのセンターはオランダのデルフト工科大学(Delft University of Technology)にあります。この発表によれば、2020年までには欧州4都市をむすぶ量子インターネットリンクを完成させる予定とか。MIT Technology Reviewがレポートしています。

一方アメリカでは、シカゴ大学の科学者たちが30マイル(およそ48km)の距離をつなぐ量子リンクをつくる計画を発表しています。欧でも米でも科学者たちは、どうもこの量子インターネットという概念に真剣に取り組み始めているようですね。

「現実世界で何かを実現しようとするなら、それについての見通しが必要ですからね」と米Gizmodoに語ってくれたのは、このロードマップの共同制作者である、デルフト工科大のステファニー・ウェーナー教授(量子情報専攻)。「現実世界にこのネットワークを構築するという夢を持つ人たちに、ガイドラインとなるものを提供するのがわたしたちの希望です」

量子インターネットはさまざまな分野に影響を及ぼす


量子インターネットは単に今あるインターネットをアップグレードさせるというだけのものではありません。『Science』誌に発表されたこのロードマップによれば、「量子インターネットのビジョンは、地球上のあらゆる場所における2点間で量子通信を可能にすることで、根本的に新しいインターネット技術を提供する」というもの。どんなテクノロジーにも出発点はあるもので、出現したばかりのテクノロジーですからその全容はまだ明らかにはなっていません。

ですが、その概念はわかりかけています。ひとつはサイバーセキュリティが強化できそうということ。また時計同期の向上や、ブラックホールのような天体を観測するための望遠鏡ネットワークの向上、センサーテクノロジーの強化、クラウドを通じた量子コンピューティング・パワーの活用…とさまざまなものがあるようです。

ポイントは「量子ビット」


まず、量子ネットワークは通常のネットワークとは核心的な部分で異なるようです。インターネットは「ビット(bit)」とよばれる基本単位で構成されるデータを伝送するものです。ビットの構成単位は0か1。

量子インターネットの世界では、Qubit = 量子ビットと呼ばれる単位が使われます。量子ビットでは0と1に「重ね合わせの原理」が働き、同時に0と1のどちらの状態でもあるという、特殊な状態ができあがるのです。このように、リッチなサブコンポーネントを持つ量子ビットにより、今までよりもパワフルな演算が行なえることが期待されています。

また量子ビットは通信にも影響を与えるとみられています。「量子もつれ(量子エンタングルメント)」という状態では、複数の量子ビットが個別の状態(離れている)にもかかわらず、数学的にはひとつの単位として処理できます。しかも量子ビットは複製できず、複製しようものなら即座に検出できてしまいます。というのも、量子ビットは測定された瞬間に0か1に変わるのです(0か1かは量子ビットの値にエンコードされた確率振幅による)。

量子通信は、量子クラウド上での演算についての可能性を秘めています。量子ビットのエンタングルメントは長距離間でも可能で、エンタングル(量子もつれ)された2つの量子ビットは測定された場合に同じ回答をとることができます。それをあらかじめ決めることも、第三者がそれを知ることもできません。

実現までに必要なこと


ウェーナー教授らの論文は、量子インターネットの夢をかなえるロードマップと言ってもよいでしょう。このプロジェクトには量子チャネルまたは量子ビットを送信するための物理リンクが必要となります。または長距離において2つの量子ビットをもつれさせる「量子中継器」が必要です。さらに、量子ビットの値を測る量子エンドノード(端末)や量子コンピューターのプロセッサ(処理装置)も必須です。

これを実現するステップの第一段階は中継器ネットワークでしょうか。中継器に接続されたノードは、量子暗号化キーを受け取れます(量子情報は送信できません)。第二段階はどのノード間でも量子ビットを送信し合えるようなネットワークです。 第三段階はふたつのノード間のエンタングルメントの実現です。第四段階はノードが量子状態を保存できるようにすること。第三と第四段階については、演算ができるようリンクを通じて量子プロセッサ同士をつなげることが主な目標です。

ウェーナー教授らの論文の価値


この論文は、「量子インターネットの声明文」ともいえる非常に重要な役割を果たします。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究官であるキーラン・リー氏が米Gizmodoに語ってくれました。

「この論文で定められた、これらのステップのよい点は、テクノロジーが進歩するにつれ、段階をあげていくことができるという点です。前の段階では使用することが不可能だったようなことでも、新しい応用が開発されればそれを採用していくことができるのです」

どのステップも、前のステップにはないものを補うようになっているようです。

現在の課題は、量子もつれの生成


もちろん実現までの道のりは険しいでしょう。まだ私たちは第一段階におり、一部の研究はすでにより高度なネットワーク上で行なわれています。ですが、どのようにして簡単に量子ビットのもつれをほどき古典ビットにするかなど、量子コンピュータに立ちはだかる困難にはさまざまなものがあります。ウェーナー教授は、現時点での限界は、量子もつれの生成に時間がかかりすぎることにある、としています。

中国や米国でも量子インターネットのプロジェクトが


2020年のオランダにおける量子インターネットなど、この量子ネットワークの状態を前進させるような実験も予定されています。中国も先に人工衛星「Micius(墨子号)」を飛ばすなどしていますが、量子ビットの値は保存することも、ノード側で操作することもできません(操作可能な量子状態を返す代わりに常に0または1として計算される)。

米国については、ウェーナー教授は量子インターネットの研究支援が沈静化していたとしており、研究競争はこれから激化しそうです。 米エネルギー省が補助金を注ぎ、シカゴ大学の研究所によって研究が率先されている新しいプロジェクトでは、休眠中だった光ファイバーのリンクを再利用し、48kmの距離における量子もつれを実験しています。

それでもまだまだ、現在は研究のごく初期段階。量子コンピューターは小さな分野です。「将来的にこのテクノロジーを使いこなしてくれる学生のトレーニングが必要です」とシカゴ大学のデイビッド・オーシャロム教授(量子情報学)は語ります。「このプロジェクトのような量子プラットフォームの構築の利点のひとつには、教育プラットフォームの構築にもつながるというものがあります」

果たして量子インターネットは実現するのでしょうか。それは誰にも分りません。みんなで、この計画をしっかりと見守っていきましょう。

いずれ「史上初の量子ネット対応デバイス発表」という見出しが出るまで。

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