菊五郎の清心に吉右衛門の五右衛門、そして猿之助の法界坊『吉例顔見世大歌舞伎』開幕レポート

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2018/11/7 13:00


11月1日、浅草で平成中村座が開幕、同日の京都では南座が新開場。その翌日の2日、東京・歌舞伎座で歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』が初日を迎えた。

昼の部は、『お江戸みやげ』、『素襖落』、『十六夜清心』が上演される。尾上菊五郎、中村時蔵、中村吉右衛門らが出演する『十六夜清心』では、俳優の尾上右近が、清元栄寿太夫として歌舞伎の舞台に初目見得する。

夜の部は、吉右衛門と菊五郎の『楼門五三桐』ではじまり、雀右衛門の『文売り』、ラストは客席が一体となって大いに笑い、息をのんだ市川猿之助の『隅田川続俤』。ここでは夜の部をレポートする。
『十六夜清心』左から十六夜=中村時蔵、清心=尾上菊五郎、清元栄寿太夫(清元左から3番目)、清元延寿太夫(清元左から4番目)、清元斎寿(清元右端) 写真提供:松竹
『十六夜清心』左から十六夜=中村時蔵、清心=尾上菊五郎、清元栄寿太夫(清元左から3番目)、清元延寿太夫(清元左から4番目)、清元斎寿(清元右端) 写真提供:松竹

※以下、ネタバレを含みます。古典演目も、前情報なしでご覧になりたい方は、ご注意ください。

楼門五三桐(さんもんごさんのきり)

歌舞伎座百三十年 『吉例顔見世大歌舞伎』法界坊 ポスター
歌舞伎座百三十年 『吉例顔見世大歌舞伎』法界坊 ポスター

定式幕が開き、舞台上手に登場する太夫と三味線方が、まずは会場を熱くする。
舞台全体を覆っていた浅葱幕がパッと取り払われると、そこに広がるのは桜が咲き誇り、花吹雪が舞う京都の東山。絢爛豪華な南禅寺の山門に、吉右衛門の石川五右衛門の姿がある。

「絶景かな、絶景かな」

息をのむような美しさに、開演から5分とたたぬうちに、歌舞伎座は大きな拍手で揺れた。

『楼門五三桐』は、大盗賊の五右衛門が、自身の出自と、真柴久吉が親の仇であることを知り、そして久吉と因縁の出会いを果たすシーンを描く作品。真柴久吉役を勤めるのは菊五郎。久吉は、天下を治める者として、五右衛門を追っている。

五右衛門は、派手な刺繍のどてらを着ているが、一枚脱ぐと、白い素肌に黒い着物という出で立ちに。背景の極彩色が、五右衛門を一層引き立てる。大薩摩にはじまり、楼門がダイナミックにせり上がる演出、顔見世興行にふさわしい、ひときわ贅沢なキャスティング。初めて歌舞伎をみる方にも、歌舞伎の要素を、存分に楽しんでもらえるのではないだろうか。

『楼門五三桐』 左から真柴久吉=尾上菊五郎、石川五右衛門=中村吉右衛門 写真提供:松竹
『楼門五三桐』 左から真柴久吉=尾上菊五郎、石川五右衛門=中村吉右衛門 写真提供:松竹

『文売り』


雀右衛門のチャーミングな魅力が引き立つ清元の舞踊。

「文売り」とは、江戸時代の物売りで、恋文に似せたものをお札代わりに売っていたのだそう。遊女同士の大げんかを、現代でいうゴシップ情報のように、しゃべって聞かせる。1人で何役もこなし、くるくるとした切り替えで再現する。踊りはもちろん、雀右衛門の可愛らしさと面白さに気持ちが華やぐ一幕となる。

『文売り』文売り=中村雀右衛門  写真提供:松竹
『文売り』文売り=中村雀右衛門  写真提供:松竹

『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』


通称「法界坊」。ダメ坊主の法界坊が主人公だ。

僧が女性と関係することが禁じられた時代にも、色欲に振り回され、釣鐘建立のお金を集めても、使途不明金も多く、自分の欲のためならば暴力をふるうこともためらわない。そんな法界坊を演じるのが、市川猿之助。

序幕は、縁談が決まりつつある町娘のおくみ(尾上右近)と、おくみと恋仲の要助(中村隼人)、そこに要助の許嫁・野分姫が登場するところから始まる。

要助は、実は吉田松若丸の仮の姿であり、家宝の掛け軸の行方を探しているところでもある。その掛け軸をもっていたのが、おくみの縁談の相手、源右衛門(團蔵)。

掛け軸と三角関係を巡り、立て込んでいるところに、法界坊が参戦する。法界坊もまた、おくみに惚れているのだ。

憎めない、わけがないのに、憎めない

歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』法界坊 ポスター
歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』法界坊 ポスター

花道から登場する法界坊。第一声から可笑しみを感じさせ、会場は拍手と笑いに沸いた。

その扮装は、いがぐり頭に汚い着物。少し近づけば、よくも悪くも何かが匂いってきそうな勢いだ。「どこか憎めない」わけがないのだが、たしかに憎めない法界坊が、そこにいる。

好き放題だが、悪意よりも欲への正直さゆえの行動だと思うと、人間臭さが詰まっているようにも思えてくるのだ。

ストーリーの面白さに加え、歩き方ひとつでも場内を笑いに包む猿之助の表現力。襖の隙間でさえ笑いをさらい、忍足で掛け軸を入れ替えるシーンでは、上質なサイレントコメディーにみるような洗練された動きもみられる。

全世代の俳優が笑いを作り、歌舞伎を支える


巳之助、尾上右近、隼人らミレニアル世代の奮闘も見逃せない。

おくみ(尾上右近)と要助(隼人)が、ブレることなく演じれば演じるほど、法界坊の一挙手一投足が笑いになっていた。隼人は、要助に求められる、美しさと情けなさを、絶妙なさじ加減で演じ、尾上右近は、目線ひとつにも感情がこもり、不安も恋心もしっとりと表現していた。さらに若い世代としてスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』でチョッパー役をつとめた市川猿も、丁稚役をのびのびと演じていた。

「笑わずにどこまでやれるか」が笑いを生む。その構造を逆手にとって、猿之助は出演者一人を笑わせにかかったり、観客を巻き込んだりと、自由奔放に盛り上げる。それでも全体を通し、おふざけで終わらず、歌舞伎の世界観に戻ってこれるのは、歌六や團蔵、門之助らベテラン俳優たちの安定感と、出演者全員のチームワークのおかげだろう。

歌六堪三は初役だが、ひたすら格好いい。ブレのないたしかな芸で、法界坊との掛け合いも巧みにさばく。「さあ、それは」「さあ、それは」「さあ、さあ、さあ」といった定番の掛け合いの中にも、説得力がある。

この幕のクライマックスは、舞台上での宙乗り。これは澤瀉屋の型なのだそう。大きな拍手と大向うがかかる中、一度、幕は閉じる。

休憩をはさみ、続く大喜利は、所作事「双面水澤瀉」。法界坊に騙され、無念の思いを抱えたまま殺された野分姫と、おくみへの未練が残して死んだ法界坊。ふたりの怨霊が、おくみそっくりの見た目で化けて出るという設定だ。

どちらが本物か分からなくなる要助(実は、松若丸。隼人)と、戸惑うおくみ(本物。右近)。それを相手に猿之助は、法界坊の霊と野分姫の霊を、圧倒的な存在感で踊る。美しさの合間に、法界坊の表情がのぞく気味の悪さを、上手の義太夫と下手の常磐津が盛り上げる。そしてこの場を、キリっとさばくのが、女渡し守のおしづ(雀右衛門)。猿之助を相手に、奮闘する隼人と右近を支えるような存在感。頼もしさが観劇後の気持ちまで明るくしてくれた。

昼夜とも見どころの尽きない歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』は、11月26日(月)まで。

※「双面水澤瀉」の「瀉」のうかんむりは、正しくはわかんむり

取材・文=塚田 史香

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