『カメ止め』上田監督も共鳴! 榎本憲男が『ブルーロータス』に込めた“自由”への想い【榎本憲男×上田慎一郎 特別対談 第2回】

Movie Walker

2018/11/5 20:00

監督作『カメラを止めるな!』が空前の大ヒット中の上田慎一郎監督と、プロットの段階から長きにわたって本作の脚本作りの指導にあたった小説家の榎本憲男氏に、対談形式でお互いの作品をレビューし合いながら「物語の作り方」を紐解いてもらおう、というテーマでスタートした本連載(全3回)。

注目の師弟対談第2回は、9月に出版されたばかりの榎本氏の小説『ブルーロータス―巡査長 真行寺弘道』(以下『ブルーロータス』)について、お二人に語ってもらおうというもの。『カメラを止めるな!』を見事なエンタテインメント作品へと導いた榎本氏自身は、一体どのように物語を作りだしているのだろうか? 本作を一気読みしたという上田監督が、読み手としての素直な感想や、作り手としての様々な疑問をぶつけ、創作術や物語の持つ力について熱いトークセッションが繰り広げられていった。

■ 『ブルーロータス』は痛快な娯楽小説であり、哲学書のようでもある。(上田)

「『ブルーロータス』はとにかく、めちゃめちゃおもしろかったです。痛快な娯楽小説であり、哲学書のようでもある。この手の小説では、小さな事件から始まって、それを追っていくうちに大きな陰謀が見えてくるという展開じたいは珍しくないんですよね。ただ、この小説は最終的なスケールがシャレにならないぐらい大きい。『神とはなにか?』なんてテーマが浮かび上がったりして――。しかも、これって本当に起こりうるよなっていう、現実との地続き感があるんですよね」と、上田監督が興奮した口調で語り始めたとおり、前作『巡査長 真行寺弘道』に始まる本シリーズは、娯楽小説としてのおもしろさもさることながら、映画づくりに携わってきた榎本氏ならではの、映画的発想に支えられたスケールの大きさが評判を呼んでいる。

主人公である刑事の真行寺は、「自由のために」出世を拒み、捜査も単独行動で進める万年ヒラ刑事であり、ロック好きでオーディオマニアという変わり者である。彼は事件の真相を追いながら、犯罪と同時に、その背後にある社会問題と向き合うことになる。『ブルーロータス』では宗教がテーマとなるが、背後に悪のカルト教団がいたというようなありきたりなものではなく、“ガチ宗教”と“宗教っぽいもの”といった非常に今日的で現代思想的な問題があぶり出されていく。読んでいくうちに読者は真行寺と共に、現代社会のラビリンスと、深い思考の世界に入っていく……という、通常の読書以上の体験ができるのだ。

■ 予算なんか考えずに、物語をダイナミックに語りたいなあって欲求が芽生えてきた。(榎本)

そもそも、映画業界で幅広く活動していた榎本氏が、50代で小説執筆という新たなフィールドに飛び込んだのはなぜなのだろうか? 榎本氏は「もともと小説も好きでわりと読んでいたんですが、本格的に書こうと思い始めたのは自主で『森のカフェ』を撮る前後でした。超低予算映画ってのは、『カメラを止めるな!』もそうしたように、資金のなさをカバーするため、設定とプロットにひねりが必要なんですよね。ただ、毎回毎回ずっーとひねっていくわけにもいかないってのが実情です。だんだん、予算なんか考えずに、物語をダイナミックに語りたいなあって欲求が芽生えてきたことが一つ。あともう一つは、当時は若い友人と映画制作会社を立ち上げようとしていたのですが、いろんな事情が重なって資金調達が難しくなってしまい、社長をやるはずだった友人が、いったん就職すると言い出したんです」。

「『じゃあ俺はどうすればいいんだ』と。すると、その友人は『榎本さんは小説を書いて生き延びてください』という恐ろしい言葉を残して、IT企業に就職し、今は立派に出世して講演なんかもしてる(笑)。彼は、学生時代に文芸を勉強していて、直感的に榎本は小説が書けると思ったそうです」と振り返る。ほかに選択肢もないので、半信半疑のまま(処女長編である)『エアー2.0』を書いて、知り合いの編集者に持っていったら、すぐに読んでくれ、出版が決まったそうだ。上田監督が『カメラを止めるな!』の制作で体験したことと重なるような、映画制作をめぐる状況の厳しさや、そんな逆境を乗り越えるための試行錯誤が、榎本氏を小説へと向かわせたことになる。

上田監督は、「『シナリオ座学』(榎本氏を中心とする勉強会)で、榎本さんがいろんな哲学的な問題について、ホワイトボードに図を書いて説明してくれたことがあったんですが、正直、その時はよくわからなかった(笑)。けれど、このシリーズ2冊を読んだら、そこで勉強したことがエンタテインメントの形で表現され、スッと入ってきました。『ああ、座学で言ってたのは、こういうことだったんだ』と氷解しましたし、榎本さんはその思考を小説で実践しているんだなと思いました」と明かした。大きなテーマを娯楽作品に織り込む手腕と確かな筆力は、脚本や小説を書こうとしている人にとって優れた手本と言えそうだ。

■ “仲間”というテーマは上田くんの作品との共通点ですね。(榎本)

とりわけ上田監督を感心させたのは、人間の素朴な感性を大事にしたエモーショナルな部分のようだ。「真行寺と陰謀側と、どちらが正しいのかだんだんわからなくなってきて、陰謀側が企てる社会システムが実現したら、ひょっとしたら社会はよくなるのかもしれないと思えてくるんです。それに対して真行寺は『なんだか嫌だ』と拒否するわけですよね。そして最後は、『仲間が大事』なんて言う。すごくシンプルな台詞だから、ただキャラクターがそう言うだけでは効かないはずなんです。でも、圧倒的な知識と情報量で物語を構築したうえでこの台詞が出ると、説得力が違う。榎本さん自身がインテリジェンスとロックが融合している人だなと思っていたんですが、そのバランスがすごいです」と語った。

榎本氏は「“仲間”というテーマは上田くんの作品との共通点ですね。ただ、『どこまでを仲間とみなすのか? いったい誰が仲間なのか?』という難しい問題も今は浮かび上がりつつあります。それはリベラル思想が突き当たっている壁でもあり、実はクリント・イーストウッド監督がずっとテーマとしていることでもある。僕のストーリーはイーストウッドに反応していますし、台詞には『ハックルベリー・フィンの冒険』からの引用を重ね合わせたりしています。僕も人からもらったものを取り入れているってことですね。だから僕からあげられるものはあげたいと思って座学をやってたんですよ」と、小説のインスパイア源と上田監督が参加していたシナリオ座学のつながりを明かした。

■ テクノロジーの進化は世界をどんどん計算してしまい、ストーリーに影響を与えている。(榎本)

真行寺が捜査を進めていく上で相棒となるのが黒木という青年ハッカーだというのも、本シリーズの型破りなところである。上田監督はこの二人の関係が大変気に入っているようで、「真行寺と黒木のバディ感が最高だなと思います。黒木、めっちゃ好きです(笑)。出てくると『待ってました』感があって安心します」と伝えると、榎本氏も「そこは推しておいてください(笑)」と楽しそうな表情を見せた。

「真行寺のキャラクターにはロック好きな榎本さんが入っているような気がしますが、黒木にはモデルがいるんですか?」という質問には、「30代半ばの若くて頭のいい友達が2人いて、彼らをミックスしたキャラクターです。彼らは僕のことをいつも馬鹿にするんですけどね、僕の知性は真行寺レベルだからまあしょうがない(苦笑)。だから、頭のいい黒木には、真行寺も見透かされてイジられるんですよ」と、軽妙な会話が自身の体験から生まれていることを明かす。

上田監督にとっては「エンタテインメント作品では、真行寺が持っているようなヒューマンな情熱が最後には勝つ、っていうのが通例なんですが、この作品ではそうならない」ということにも思うところが大きかったようだ。榎本氏は「その“情熱”とか“愛”とかに物語は頼ってきて、そういうもので最後は勝つというパターンに依存してきたんですが、そろそろヤバくなってきています。たとえば『マネーボール』という映画では、“金はなくてもデータで勝つ”という新機軸が従来のスポーツ映画の常識を覆しておもしろかったんだけど、この勝ち方ってのは、金のあるチームをさらに有利にしてしまうような勝利でしかなかったことは、その後の現実社会で証明されていますからね。ツール・ド・フランスを頂点とする自転車ロードレースなんかも、各選手がペダルを踏みこむ出力を算出して、その合計がチームの出力数となる。それを見ちゃうと、『この数字ではあのチームにはまず勝てない』ってわかっちゃうらしいんです。とにかく、愛とか情熱とか根性とか、理屈じゃないもので最後は勝つという筋書きにしていたけれど、こういうストーリーはもう通用しない。となると、愛や情熱や根性ではない“計算できないなにか”をどうやって作るのかがストーリーにとって大問題になっている気がするんです。テクノロジーの進化は世界をどんどん計算してしまう。それによって、自由や人間であることの意味も変わってきている、当然それはストーリーに影響を与えますよね」と語った。

■ 「俺はいま、自由なんだろうか?」と問われているように感じながら、この小説を読んでいました。(上田)

自由が消えようとしている世界で「自由でありたい」と抵抗するのが真行寺であり、榎本氏のダイレクトなメッセージである。生きづらさを抱えながら生きている人には、これがとても刺さる。『カメラを止めるな!』以降、環境が激変している上田監督に、榎本氏が「上田くんはいまオファーがたくさん来てるでしょ。選択肢が増えたという意味では、自由になったんじゃない?」と尋ねると、上田監督は「まさに『俺はいま、自由なんだろうか?』と問われているように感じながら、この小説を読んでいたんです。選択肢はあるけれど、仲間うちで本当に好きなものを工夫して作っていた時のほうが自由だったんじゃないのか? と考えさせられましたね」と、少し神妙な面持ちで答えた。

榎本氏は、本シリーズが好評で、すでに第3弾の刊行が決まっているとのこと。上田監督は「楽しみです!『自由マグカップ』も作ったらいいんじゃないですか?」と、作中での真行寺の愛用品をグッズ化することを提案し、「『カメ止め』とちがって、売れないよ」と榎本氏を苦笑いさせた。だが、その場にいた一同が「ほしい!」と好反応を示し、真行寺というキャラクターの魅力を改めて感じさせ、さらなる続編への期待も膨らませた。

<榎本憲男×上田慎一郎 特別対談 第3回に続く>(Movie Walker・取材・文/深谷直子)

https://news.walkerplus.com/article/168088/

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