『ROMA/ローマ』評ー『ゼロ・グラビティ』から5年、A・キュアロンの個人的かつ革新に満ちた最高傑作

Movie Walker

2018/11/3 18:30

タイトルの『ROMA/ローマ』はイタリアのローマではなく、メキシコの首都メキシコ・シティの北側にあるローマ地区のこと。現在のローマ地区は高級住宅地のコンデサ地区に隣接し、おしゃれなレストランやバーが立ち並ぶ流行発信地として知られている。70年代初頭、ローマ地区の瀟洒な一軒家にある家族が暮らしていた。若い夫婦と、四人の小さな子供たち、そして二人のメイド。中流家庭の1年を描いた物語は、若いメイドのクレオ(ヤリャッツァ・アパリシオ)の視点で綴られていく。

ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞した今作は、アルフォンソ・キュアロン監督の自伝的作品と言われている。監督、脚本、プロデューサー、編集、そして盟友エマニュエル・ルベツキのスケジュール上の都合により自身で撮影監督まで務めたキュアロンの思いの丈が、美しい映像から溢れ出る。

出演している俳優たちは全て無名で、メキシコのスペイン語と地方で使われる方言が主要言語、アートのようなモノクロの映像、小さな個人的物語…この映画の企画が立ち上がった当初、誰もがこのような作品が成立するとは思っていなかったようだ。今年3月にNetflixが配給権を獲得し、全世界にストリーミング公開されることになった。その瞬間に近年激化する配信事業者とカンヌ国際映画祭の確執が再熱し、『ROMA/ローマ』はカンヌではなく、ヴェネチアでワールド・プレミアが行われた。

それ以降の躍進は既報の通りで、既に劇場公開されたメキシコのアカデミー賞外国語映画賞候補作品に選出され、Netflixはさらなるノミネートを得るために、11月よりアメリカ国内及びイギリス、イタリアなど20ヵ国で劇場公開することを発表。現在の高評通りいくと、8部門以上(作品、監督、脚本、撮影、編集、外国語、音響、主演女優)のノミネートを果たす可能性がある。特に撮影と音響に関しては、モノクロの小規模映画でありながら6Kカメラのアレクサ65で撮られた65mmの美しい映像と、ドルビーアトモスの音響を用いたところにキュアロンの技術的冒険が見られ、『天国の口、終りの楽園。』(01)で見られた個人的な物語に『ゼロ・グラビティ』の革新が合わさったような作品になっている。

キュアロンは、撮影に際して役者たちに脚本を渡さず、できる限り時系列を追った撮影を試みたそうだ。この演出法を聞くと真っ先に思い浮かべるのは『誰も知らない』(04)や『奇跡』(11)の是枝裕和監督による子供たちへの演出だろう。クレオや子供たちに起きる出来事はあくまでも家族の問題で、学生運動などの影響は受けるが、戦争や大惨事といった外的障害によるものではない。だが、この先に自分たちにどんな未来が待っているのかわからないまま演じている役者にとって、小さな個人的出来事でも心を大きく揺さぶることになる。

演じる役者たちの表情には戸惑いや悲しみや喜びや憤り、それらが混じった複雑な感情がありありと見て取れる。特に、ポスターにもなっている海辺のシーンで見せるクレオの泣き笑い顏は、家族の1年間を見てきた彼女だから見せることのできる、ほのかな未来を感じさせる美しい表情だ。世界中で起きるテロや政治的不信や陰惨な出来事にもすっかり動じなくなってしまった不感症のわたしたちは、その瞬間ハッとする。何かを“感じる”ことは、ITに飲み込まれていく現在に生きる人間に残された最後の抵抗勢力なのではないだろうか。同様の演出法で社会に蔓延る問題を提起した『万引き家族』と、アカデミー賞外国語映画賞の同じカテゴリーで競うことになるのも興味深い。

同時に、今作の配給形態によって、小さくても本来の映画的意義に満ちた作品を救う配信事業者と、保守的になりすぎてしまい、フランチャイズ大作のみに製作費が流れ込む映画業界のねじれ構造にも一矢を報いることになるだろう。

『ROMA/ローマ』は、12月14日(金)よりNetflixにて全世界独占ストリーミング配信される。(Movie Walker・文/平井伊都子)

https://news.walkerplus.com/article/167858/

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