お騒がせ監督はお騒がせ大統領を止められるか? 日常化する暴言に慣れることの危険度『華氏119』

日刊サイゾー

2018/11/3 01:30


「教師を銃で武装させればいい。そうすれば、学校内で起きた乱射事件をすぐに鎮圧することができる」。どこのキチガイの戯言かと思いきや、米国の現役大統領ドナルド・トランプの発言だった。2018年2月14日、米国フロリダ州パークランドの高校で、同校を退学させられた19歳の少年がAR-15(半自動小銃)を乱射して、生徒と教職員合わせて17人が亡くなる事件が起きた。地元の高校生を中心に銃規制運動が広がる中、トランプ大統領はよりにもよって事件被害者の遺族に向かって冒頭の発言をしている。教師たちに射撃の練習を積ませれば、事件を抑制できるだけでなく、銃や銃弾の需要をさらに高めることもできるという武器商人のようなトランプ発言に、米国民の多くはあきれ顔で受け流している。

暴言、虚言に慣れてしまうなんて、それこそヤツの思うつぼではないかと、ひとりの男が立ち上がった。『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02)で全米ライフル協会の会長チャールトン・ヘストン宅を直撃取材し、『華氏911』(04)でブッシュ元大統領とウサマ・ビンラディンとの裏の繋がりを暴いた過激なドキュメンタリー監督マイケル・ムーアの出番である。かつて“お騒がせ監督”としてアポなし突撃取材を繰り返したムーア監督。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に選ばれた『華氏911』の受賞スピーチの場でイラク侵攻を決定したブッシュ政権を批判して以降、自宅に脅迫状が山のように届くようになった。顔もすっかり知られてしまい、以前のような突撃取材は難しくなっている。

海外の福祉政策&教育事情を追った『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(15)を撮るなど、米国内ではしばらく静かにしていたムーア監督だが、連日の暴言、虚言で米国民の判断能力を麻痺させているトランプ政権にはかつてない危機感を感じている。このままトランプ政権に2期目も任せれば、米国、いや世界はとんでもないことになってしまう。何とか2020年の大統領選挙の行方を左右する中間選挙の投票日(11月6日)の前に一矢を報いようと、『華氏119』を緊急公開することになった。

トランプ政権をひっくり返すような衝撃スクープが『華氏119』に投入されているわけではない。米国人が観たら「もう、知ってるよ」というネタがほとんどだろう。でも、その慣れこそがいちばんヤバいんだとムーア監督は言いたげだ。トランプ大統領が元モデル、現在は大統領補佐官である娘イヴァンカを溺愛していることは周知の事実だが、ムーア監督は改めて、トランプ大統領がイヴァンカに投げ掛ける脂ぎった視線や腰に回した手つきの嫌らしさがじっとり伝わってくる映像を並べてみせる。「娘じゃなかったら、付き合いたい」というトランプの肉声がその映像に被さる。娘じゃなくても、大統領補佐官なのに。

本作の中で大きなパートを占めるのは、ムーア監督の故郷であるミシガン州フリント市で起きた水道水鉛汚染問題。ミシガン州の州知事は元実業家のリック・スナイダー。トランプ大統領とは以前から仲が良く、スナイダーが州知事選に出馬した際にトランプは支援している。州知事の椅子に座ったスナイダーはビジネスマンとして培ってきたノウハウを活かそうと、公共事業の民営化を進めた。赤字財政のフリント市はそれまではデトロイト市から水道水を購入してきたが、地元フリント川の水を汲み上げ、水道管には安い鉛管を使うことになった。その結果、フリント川の汚染水は鉛管を腐食し、水道水に鉛が混入するという恐ろしい事態に。鉛の入った水道水を飲んだフリント市の子どもたちは、次々と鉛中毒に陥った。2016年に入ってオバマ大統領が緊急事態宣言を出すほどの深刻な状況だった。合理化の名のもとに民営化を進められたフリント市の悲惨な光景は、近い将来の米国全体、そして日本の姿に思えてならない。

ムーア監督は、トランプ大統領だけでなく、オバマ前大統領の政治改革も単なるパフォーマンスだったと批判する。フリント市を訪ねたオバマ大統領は記者会見の場で水の入ったコップを手にするが、コップには口を付けただけの飲む真似パフォーマンスで終わってしまった。かえって、フリント市民の不安を煽ってしまう。初の黒人大統領として期待されていたオバマ前大統領だが、政治改革は実現できずに終わっている。誰が大統領になっても、貧富の差がどんどん広がる今の社会状況を変えることはできそうにない。そんな諦めムードの中で、あの惨劇は起きた。

冒頭で触れたパークランドの高校で起きた銃乱射事件だ。ムーア監督が『ボウリング・フォー・コロンバイン』で13人の犠牲者を出したコロンバイン高校乱射事件の元凶にメスを入れ、1992年に起きた日本人留学生がハロウィン中に誤って射殺された事件では遺族が銃規制を求めて170万人もの署名を集めた。それでも銃乱射事件は米国で次々と起きている。なぜ、銃規制運動は米国で本格化しないのか。それは全米ライフル協会の力が絶大だからだ。全米で400万人もの会員を誇り、有力政治家たちは全米ライフル協会から支援金を受け取っている。トランプ大統領も大統領選挙期間中に3000万ドル(日本円で32億円)もの支援を受けている。議会では誰も真剣に銃規制問題に向き合おうとはしない。民主国家のはずなのに、国民の民意が反映されないなんて、どう考えてもおかしい。

大人たちが今の社会を変えることができないのなら、銃で狙われる危険にさらされている高校生たちは、自分や友達の命を守るために自分たちが変えていくしかない。パークランドで起きた乱射事件のサバイバーたちが中心となって、全米の高校生たちが立ち上がり、「#Never Again」運動がSNS上でうねりを上げ始めた。ライフル協会から献金を受けている政治家たちの名前を公表し、彼らには投票しないよう呼び掛けている。SNS上の運動はリアルなものとなり、首都ワシントンではSNS上で声を掛け合ったティーンエイジャーたちは20万人に膨れ上がり、大規模なデモ行進が行なわれた。18歳になれば、彼らも選挙権を持つので大きな力になるはずだ。

高校生よりも若い子たちの姿も目立つ。学校の教師が「デモに参加するな。内申書に響くぞ」と叫んでいるが、「みんなで参加すれば、退学にできっこない」と少年少女たちが続々と銃のない平和な社会を実現するための行進に加わっていく。「#Never Again」運動を進める高校生たちへ、ムーア監督は誇らしそうにマイクを向ける。「僕らの世代に自慢できるものがあるとすれば、それはキミらの世代を育てたということだ」と語るムーア監督。それに対する高校生の答えはこうだ。「いいや、僕らはSNSで育ったんだ」。

自分に都合の悪いことは、すべて「フェイクニュース」と斬り捨てるトランプ大統領に、米国の大人たちは辟易しながらも慣れきってしまっている。ムーア監督は鉛毒と同じくらいに危険なトランプ毒に慣れることに繰り返し警鐘を鳴らす。第二次世界大戦を引き起こしたアドルフ・ヒトラーもドイツ内外で注目を集め出した時点では「おしゃべりな、変わった男が現われた」という程度の認識だった。「危ないヤツに権力を持たせれば、まっとうに振る舞うんじゃないのか」という無責任な声もあったらしい。今のトランプ政権は、ナチスドイツが台頭した頃にそっくりだとムーア監督は訴える。ヒトラーが独裁政権を築いたのは、ドイツ国会議事堂放火事件の際に左派勢力が弾圧されたことがきっかけだった。ブッシュ政権が9.11で延命したのと同時にテロが世界各地へと飛び火していったように、第三次世界大戦の発火点になりかねない恐ろしい事件が起きないことを願うばかりだ。

来る11月6日(火)の中間選挙によって、米国の連邦議員や州知事の顔ぶれは大きく変わることになる。米国と中国という2つの超大国に挟まれる日本にとっても、米国の選挙の行方は大きな意味を持つことになるだろう。
(文=長野辰次)

『華氏119』
監督・脚本/マイケル・ムーア 主演/ドナルド・トランプ
字幕翻訳/石田泰子 字幕監修/池上彰
配給/ギャガ 11月2日(金)より全国公開
c)Paul Morigi / gettyimages (c)2018 Midwestern Films LLC 2018
https://gaga.ne.jp/kashi119

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