「飛行機嫌いが飛行機事故・日本史上最悪の海難事故」向田邦子×菊川忠雄 

TheNews

2018/11/2 16:00


私は小さな頃から飛行機がとても苦手で、高所恐怖症に加えて、閉所恐怖症もあることから、飛行機に乗らなければならない時は絶望的な気持ちになります…。乗る前は部屋の掃除をしないという願掛けをし、遺書までも書いていました。そんな飛行機嫌いであったにも関わらず、飛行機事故で命を落としてしまったのが向田邦子です。

向田邦子は東京出身ですが、父親の転勤にともない高校時代までは各地を転々としました。学校を卒業後は、財政文化社で社長秘書に就きます。1952年に雄鶏社「映画ストーリー」編集部に入り記者として従事する傍ら、市川三郎のもとで脚本を学びました。アルバイトでラジオドラマの台本を書き始め、途中からテレビドラマの脚本に転向します。1960年に独立しフリーのシナリオライター。TBSラジオ「森繁の重役読本」の台本は7年間で2448回も続き、並行してテレビドラマ『七人の孫』『だいこんの花』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『冬の運動会』『家族熱』『阿修羅のごとく』などの脚本も手掛けました。小説家としても、1980年に小説新潮に連載した『想い出トランプ』の短編小説「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を受賞。1981年の長編小説『あ・うん』を発表。またエッセイストとしても活躍の幅を広げていました。

そんな絶頂期の1981年8月22日午前10時頃。台北発高雄行き台湾・遠東航空ボーイング737型機が突如空中分解し墜落(遠東航空103便墜落事故)、日本人18名を含む乗員乗客110名全員死亡。事故原因は機体腹部のアルミ合金の腐食と判明。当初はシルクロードの旅で中国へ行くつもりだったのですが、旅行社への申し込みの手違いでキャンセルとなり、初めての台湾旅行へと切り替え、高雄への美術館見学、蝶の採集に行く予定でした。享年51歳。

向田家の墓所にある墓誌碑に刻まれている森繁久弥の言葉「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」

「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」。森繁久弥の言葉が向田家の墓所にある墓誌碑に刻まれています。



飛行機事故も辛いですが、船が転覆する海難事故も辛いものです。1954年(昭和29年)9月26日。北海道と青森を結ぶ青函連絡船上り第4便「洞爺丸(とうやまる)」(4,337トン)は、午後9時過ぎ、4時間遅れで函館を出航しました。折から接近していた台風15号(マリー)。弱まると見られていた台風は、津軽海峡付近で風速55メートルに達し、船長は港外仮泊を試みましたが無理であり、暴風のため航行不能となり座礁、転覆、沈没してしまいました。死者・行方不明者1,155人、生存者はわずか150余人でした。この日本史上最悪の海難事故と呼ばれた船に乗り合わせて命を落としてしまったのが、労働運動家・政治家として活動していた菊川忠雄です。遊説先の北海道から東京への帰途中でした。

菊川忠雄は愛媛県越智郡波方村(今治市)出身。東京帝国大学学生時代から学生自治権拡大運動や関東大震災被災者救援運動を指導するなど活発に活動をし、卒業後も全国労働組合同盟結成とともに教育部長などを歴任。1936年全日本労働総同盟創立で本部総主事、関東同盟副会長に就任しました。戦後も日本鉱山労働組合会長など労働運動の中心的な役割を担い、1947年の衆議院議員選挙で東京第4区から日本社会党公認で出馬し当選。1951年の社会党の右左分裂以後は右派社会党に属し、1952年、1953年の選挙で連続トップ当選。党では中央執行委員を務めました。政治家としてこれから油が乗る時期の悲劇でした。享年53歳。

向田邦子 埋葬場所: 12区 1種 29側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/M/mukouda_k.html

菊川忠雄 埋葬場所: 18区 1種 18側
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kikukawa_t.html

【筆者プロフィール】
小村大樹(おむら・だいじゅ)
掃苔家・多磨霊園著名人研究家
1976年生まれ。1997年、大学生の時に多磨霊園の横にある石材屋でバイトをしたことをきっかけに多磨霊園に眠る著名人の散策を始める。1998年、当時インターネットが出始めた頃より「歴史が眠る多磨霊園」のホームページを制作。2018年開設20周年を迎える。
足で一基一基お墓を調査し、毎週1,2名ずつ更新をすることを20年間休まず実施(現在も継続中)。お墓をきっかけに眠っている著名人の生き様や時代背景の歴史を学ぶことをコンセプトにしており、掲載している人物は3000名を超える。
サイトを通じて多くの著名人のご遺族とも親交。歴史学者や郷土史家、出版社らの協力も惜しまず提供。一橋大学名誉教授の加藤哲郎『飽食した悪魔の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』(花伝社)では論文として考察される。『有名人の墓巡礼』(扶桑社ムック)では一部執筆を担当。中学社会科・高校地理歴史の免許を取得し、通信制高校で教壇にも立つ。
『歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだけではない。歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことだ』『私が著名人だと思った人物は全て著名人である』がモットー。

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