首振りDolls、輝かしい未来を予感させた大阪FANDANGO公演

OKMusic

2018/10/17 18:00

首振りDolls———。彼らの音を知って、そこに可能性と未来を感じるまで、全く時間を要さなかった。それは、説明のつくものではなく、とても感覚的であり直感的なもの。きっと彼らの音を聴き、ライヴを観れば誰もが間違いなく、このストンと堕ちた感覚を共有するのではないかと言い切れるほど、それは、すばらしく生々しい感情が乗った、血の通ったロックン・ロールだ。

今年の4月にキングレコードからアルバム『真夜中の徘徊者~ミッドナイトランブラー』でメジャーデビューを果たした彼らは、北九州出身北九州在住のロックン・ロールバンドである。九州といえば、1970年代から1980年代にかけて福岡市などを中心に勃興した『めんたいロック』と呼ばれ、日本の音楽シーンに本格的なロックを根付かせるきっかけとなったロックムーブメントを巻き起こした、いわばロックの聖地。幼い頃から自然とその土地に根付いたロックを聴いて育った彼らの音は、それを遺伝子レベルで受け継ぎ、そこを原点としながら各自が貪欲に音楽を掘り下げていったのだろう他にはない音楽への特有のリスペクトと“此処にしかない個性”を感じさせるのだ。

首振りDollsのメンバーは、ハードコアやロックン・ロール、昭和歌謡をルーツとし、寺山修司、江戸川乱歩、夢野久作を愛読する文学青年でもあるメインコンポーザーとして楽曲と歌詞を手掛けるドラムボーカル担当のnaoと、KISSやAC/DC、AEROSMITH 、New York Dolls やグラム・ロックをルーツとして上げ、そこへのリスペクトを感じさせるいなたく奥行きのあるギターサウンドを響かせるギタリストのJohnny Diamondと、洋楽のハード・ロックやヘヴィ・メタルがルーツであると聞いて納得のスキルと緻密な運指で華やかにサウンドを彩るベースの
Johnだ。(※12日のワンマンライヴはサポートギターとしてRakuカワサキとVJを担当したTRASH ART WORKSが参加)

近年、“ミクスチャー”という都合のいい言葉に乗っかり、同期で塗りつぶされ生のバンドサウンドが掻き消されてしまっている音楽が数多くシーンに溢れることを少し残念の思っていた中で、彼らの音は実に生々しく、ロック特有の如何わしさを、これ見よがしに見せつけてくるのである。

2018年10月12日。彼らは大阪FANDANGOで、5月に行われていたメジャーアルバムを引っ提げた全国ツアー『MIDNIGHT COLORS -真夜中の極彩夢-』の追加公演を行った。ここ、大阪FANDANGOは、彼らが大阪でライヴができるようになるきっかけを作ってくれた場所でもあるという。九州バンドの首振りDollsが活動を始めたばかりの頃から、その音楽性の高さと音楽に対する真っ直ぐな想いを高く買い、積極的に受け入れてくれていたのが、大阪FANDANGOだったのだという。

そんな思い入れの強いハコだったこともあり、メジャーデビューツアーには真っ先に組み込みたかったのだというが、京都磔磔でのワンマンが先にフィックスした流れから、泣く泣く外すことになってしまったのだとか。しかし、大阪の地から追加公演を希望する多くの声が上がっていたことや、彼ら的にもメジャーデビューを果たしたこのタイミングで、どうしても実現させたかった特別な場所であったことから、今回、追加公演という形で大阪FANDANGOに帰ってきたのである。そう。彼らにとっては1つの恩返しの形だったのだろう。オープニングSEであるThe Zanies の「The Mad Scientist」が会場に響きわたると、下手にある階段からメンバーが勢い良くステージに流れ込んだ。

JohnnyとJohnがステージの定位置に付き、ステージから身を乗り出してオーディエンスを煽り、フロアの温度を高めていった次の瞬間、ファンから贈られた大きな薔薇の花束を胸に抱えたnaoが、いつもの香水の香りを漂わせながらゆっくりと階段を降り、ステージ中央にセッティングされたドラムセットの前に腰を下ろした。フロアに残された残り香がオーディエンスを欲情させる中、naoのシャウトと力強いドラミングから1曲目に選ばれていた「ティーネイジ」が放たれた。

インディーズアルバムのオープニングを飾っていたこの曲は、激しくいなたいロックン・ロールナンバーだ。サウンドに絡み付く渦を巻くような極彩色のVJが毒々しくメンバーを包み込み、いつも以上に色濃く提示された首振りDollsの世界観がオーディエンスをロックン・ロールSHOWへと誘った。

“始めるぞ、大阪っ!” naoの叫びと畳み掛けられるドラムから、曲は「金輪罪」へと繋げられていった。怨念をも感じる狂気が実に上手くサウンドに落とし込まれた攻め曲に、オーディエンスは力強い拳を振り上げて応えた。プレイ中に体を反らせ、揃ってネックを上げるJohnnyとJohn。歌謡曲を彷彿させるメロディラインを宿した「ピンクの実」では、目の前で繰り広げられているライヴ映像とこの曲のMVが混ざり合わさったトリッキーなVJでフロアを巻込んでいった。

ガレージなサウンド感に女性以上に女性の性を唄った歌詞が乗った「赤ヰ猫」や「猫騙し」は、レトロな昭和歌謡の香りが色濃く絡み付く切なさが聴き手の胸を締め付けていく。女言葉で唄われるnaoの歌詞も首振りDollsの大きな魅力の1つと言っていい。淫靡ながらもとことん純粋な愛を感じさせるnaoの感性は、彼の哀愁を佩びた声で唄われることによって、さらに聴き手を引き込んでいく。Johnnyと
Johnとnaoの音で構築されるいなたいサウンドと哀愁を佩びた声を武器とする唄声とシャウト。その絶妙なバランスが首振りDollsというロックン・ロールSHOWを作り上げていくのだ。

naoがドラムから離れ、花を抱えて愁いに沈んだ表情で唄い届けるワンマンライヴでしか見ることのできない「菊の変」では、ここまでの盛り上りを嘘の様に静寂へと変えた。真っ赤に染上げられたステージの上で、深く沈む暗くも美しい神秘な世界が演じられていく———。極端に音の少ない世界の中で、感情を吐き出す様に唄われていくnaoのボーカルはとても不思議な空間へと聴き手を誘った。その音は終盤に向かうにつれて重なり合い、乱れ狂う業のように激しい音像へと変わっていった。静寂と喧噪のコントラストがとても美しく描かれた瞬間でもあったといえる。

間髪入れずに届けられたのはおどろおどろしいイントロのギターフレーズが印象的な「鏡地獄」。首振りDollsの過去の代表曲ともいえるこの曲は、江戸川乱歩の著した短編怪奇小説を思わす世界観。それはまさしく、寺山修司、江戸川乱歩、夢野久作らが綴り上げてきた世界に魅了されたnaoの文化的背景が伺える歌詞世界と彼独自の哲学と思想が絡み合ったインテリジェンスだ。

「鏡地獄」明けには、往年のロックライヴではオキマリであったギターソロが届けられた。ここまで、VJと全体照明で魅せてきた照明演出だったが、ここではギターソロを弾くJohnnyにスポットが当てられ、古き良き時代のロックライヴを彷彿とさせる演出でオーディエンスを唸らせたのだった。

Johnnyがメインボーカルを取り、Johnのベースがフィーチャーされるイントロを設けた「コールガール」から「野良犬のメロディ」と、跳ね感のあるアッパーなザッツ・ロックン・ロールナンバーでここまでの景色をさらに塗り替えると、“もう1人の首振りDolls”として知られるサポートメンバーRakuカワサキ(Guitar)をステージへと呼び込み、ロックン・ロールと歌モノの融合である「ニセモノ」「境界線」へと繋げていった。さらに厚みを増したサウンドとコーラスでのハモリの相性の心地よさにオーディエンスは体を揺らして応えた。ダンスフロアと化したその場で、オーディエンスは完全に手放しで彼らの音を浴び楽しんでいた。

対バンやイベントライヴでは、このままの流れでハードロック要素の強い首振りDollsイチの推し曲「悪魔と躍れ」でぶち上げていたところなのだろうが、この日の彼らは違った。

「夜の衝動」から、再び前半戦に近いいなたく切ない首振りDollsの色に染め変えていった彼らは、naoが歌い出しで自分の体を両手で力強く抱きしめながら唄うパフォーマンスが印象的な「浮氣夜」へと景色を移した。それは、歌詞の中に描かれた、帰る場所のある人を愛してしまった禁断の恋の切ない情景を浮かび上がらせた時間となった。

「浮氣夜」終わりでJohnnyがセンチメンタルなアルペジオを奏で始めると、naoは静かにそこに言葉を載せた。

“私はいまでもすごく弱くて。一人ぼっちで生きてるみたいな気持ちになるときがあって………。私がこうやって唄を歌うのに、どれだけたくさんの人が支えてくれてるのかってことくらい、分かってるのに……。きっとアナタにもあると思うんだ、そういうとき。どんなに励ましてもらったとしても、誰かと楽しい時間を過ごしても、ふとしたときに1人になると……。誰にだってあると思う。私もアナタと一緒。同じ気持ち。私の場合はそういうとき決まって音楽を聴くようにしています。私にとって音楽って、ロックン・ロールって、何の意味もなく勇気づけてくれるアホな友達みたいな存在で。私の唄がアナタにとって、そういう友達みたいな存在になればいいと思う。アナタの傍に私の唄を置いてくれている人はきっと、今、ここに集まってくれたんだと思う。首振りDollsの唄を、私の唄を、私達の唄を傍に置いてくれてありがとう。これからもアナタの傍に居れますように————”(nao)

ときおり、naoがマイクを握りしめる度にマイクがその軋む音を拾った。その音は、彼がこの言葉を届けたい人のことを心から想い、言葉を選びながら、とても大切に語っていたことを物語っていた。Johnnyのセンチメンタルなアルペジオは「乾いた雨」のイントロへと繋がっていった。メロディアスなJohnのベースラインがサウンドの中でとても優しく響いた。Led Zeppelinの「天国への階段」を思わすイントロのアルペジオと、工場地帯から上がる白く揺れる煙と紫川という北九州・小倉の景色が溶ける「煙突の街」、雪の日の寂しい情景が唄われる悲しい唄ながらも、音色のあたたかさが胸に染みる「冷たい涙」と、バラードが3曲繋げて届けられたのだが、フロアは予想を超える静まりをみせ、その曲に正面から向き合ったのだった。

それは、naoの声の絶対的なポテンシャルを感じられたドラマチックな時間だった。

そこからラストブロックへと大きく舵を切った彼らは、KISSを彷彿させる「悪魔と躍れ」でフロアに拳の花を咲かせ、アルバムのリード曲「イージーライダー」でたたみ掛け、サイレンが鳴り響く中で届けられた「ロックンロール」では、客席に降りてのJohnnyとRakuカワサキとのギターバトルや、Johnnyがスタッフに肩車をされながらギターソロを弾くという恒例のヘルズマウンテンなる隠し技も披露され、さらにはこの日の特別企画としてギターソロでの撮影が許可されたのだった。オーディエンスが灯す携帯の光と共に作り上げた最高のロックン・ロールSHOWは、この日、ここに集まったすべての人の忘れることのできない思い出となったことだろう。そんな絶頂の盛り上りからのクライマックスは、ポップなロックン・ロールチューン「月明かりの街の中で」。この曲で締めくくられた本編は素晴しく清々しい空気感だった。

エンディングSEはKISSの「God Gave Rock 'N' Roll to You II」。彼らは常にライヴの最後にこの曲を流し、オーディエンスと共に掲げた両手を大きく広げるのだが、これも自らをロックン・ロールの道に引きずり込んだ偉大なるロックスター達への敬意なのだろうと感じると、どうしようもなく胸が熱くなる。いつかこの景色がもっと大きなものになってくれたらと切に願う。

この日は、鳴り止まなかったアンコールの声に応え、ダブルアンコールを行った彼ら。ステージに戻った彼らから放たれた音に、オーディエンスは力強い拳を振り上げて応えた。特筆するに値すると感じたのは、デビューアルバムの最後に置かれている子守唄「月のおまじない」のライヴヴァージョンだ。これは絶品。アドリブで演奏されたのだというが、この先、ライヴの定番曲として奏でていってほしいと思うほど、首振りDollsの代表作だと感じさせる存在感を放っていたのだった。

身ひとつでここまでエモーショナルなロックン・ロールSHOWが届けられるということを証明できる首振りDollsは、その存在そのものがエンターテイナーであると感じた。2018年10月12日。確実にこの日、彼らはこの時点で最高のワンマンライヴを届けることが出来たことだろう。そんな彼らの夢は武道館。

ライヴごとにnaoが叫ぶこの夢を、所詮叶わぬ夢への戯れ言と笑い飛ばし、馬鹿にする人もいるだろう。しかし、彼らの音と正面から向き合い、しっかりと受けとめている人ならば、決して戯れ言ではないと確信するはずである。もちろん、まだまだ掲げた夢の場所に辿り着くためには、多くの人が彼らの音と出逢う必要がある。

がしかし、出逢いさえすれば、彼らはその夢を実現出来るだけの力を持っていると言っても過言では無い。だからこそ、夢を持ち続けてほしいし、その夢を形にして見せつけてやってほしい。あざ笑う奴やに、“アナタには夢はないんですか?”と問い返してやってほしい。夢を持って生きることが、求めてもらうことの嬉しさが、どれほど喜ばしく生き甲斐のあることなのか。そして証明してほしい。自らを信じてがむしゃらに頑張ることの力の強さと、本当に愛して支えてくれる人達に支えられている幸せが与えてくれる力の強さと、なによりも、首振りDollsの生み出すロックン・ロールの素晴しさを。

むしろ、今の世の中の流れとして、流行に乗って何の苦労もなく武道館に立てる人は何人もいるが、果たしてそれは彼らが武道館に立つことと同じなのだろうか? あくまでも個人的な意見ではあるが、それとはまったく別モノだと私は思う。最高のロックン・ロールSHOWを届けるために化粧を施してステージに立ち極彩色の光を浴びながら、自らの身を削って生み出した曲や歌詞を、すべての力を込めてそれを首振りDollsの音として放つ。

彼らは生きる上で、きらびやかな表舞台に立つ時間の方が少ないが、彼らはその瞬間の輝きのために、その人生のすべてを捧げているのだ。その“瞬間”のために命を削り自らの音を生み出し、それを届けるためにステージに立つ。それを繰り返すのが彼らの生き方。本当の意味で自分達の音と唄を愛してくれる目の前の人達と、音楽へのリスペクトを込め、彼らは日々ステージに立ち続けているのだ。

今の時代、コツコツと小さなライヴハウスからお客さんを増やしていくなど、古いやり方なのかもしれない。しかし、それこそが音楽の、ロックバンドの原点なのではないだろうか。オーディエンスと共に観た景色と毎回生まれるドラマを重ね、ロックバンドは“唄いたい曲”を見つけ、オーディエンスは“その人が唄うからこそ聴きたいと思える曲”を見つけていくのだと思う。首振りDolls。彼らの旅はまだ始まったばかり。この日、その始まりに輝かしい未来を感じたのは言うまでもない。

“これまでの人生、だいたい言ったことはやってきてるから。絶対叶えてみせるから! ずっとついて来てくれますか!? みてろよ! 武道館まで手を離すんじゃねぇぞ!” この日に叫んだnaoの言葉はいつも以上に力強かった。そして、そんな彼の言葉に力強い声援を返していたオーディエンスの声も、いつも以上に力強いものだった。大袈裟かもしれないが。この夜、確実に新たに始まる歴史を見た気がした。そして、そこに大きな未来と血の通った人と人との繋がりを見た気がした。

最高のロックン・ロールバンド首振りDollsに、大きな期待と感謝を———。

Photo by HBK! (FUKCREC)
VJ by TRASH ART WORKS
Text by 武市尚子

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