世界初のハイパーループに足を踏み入れました

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Image: Hyperloop Transportation Technologies

マラガからカディスまで車で行きます。今日(10月3日)はハイパーループ発表の日。

「240kmで2時間半の距離か…ハイパーループだと何分かな?」とつい考えてしまうけど、こんな山道にトンネル掘る物好きはいないし、少なくとも僕の目の黒いうちは実現しそうもないよね…と思ったところで、ジブラルタル海峡の濃霧に囲まれて何も見えなくなってしまいましたに。「まるでハイパーループの未来のようだな」とひとり思う僕。どこに向かっているのか、だれにもわからない。取材に行けば少しは霧は晴れると思ったけど、ますます濃くなってしまったというのが正直な感想です。


電気自動車もそうですけど、トンネルで2地点を結ぶ超高速車両の発想自体は100年以上前からあるものです。それが急に注目を浴びるようになったのはイーロン・マスクが2013年に構想をぶち上げたから。

・真空ポンプで空気を抜いて空気抵抗を減らす

・エアホッケーみたいに空気で浮かして摩擦を減らす

・リニアモーターも入れる

という3つの特徴を備えたこの「コンコルドとレールガンを合体」したようなものが「ハイパーループ」だ!とひとしきり騒ぎ、「ところで会社がいま大変なんで残りのことはみんな好きにやってね」と言って消え、配下のTeslaとSpaceXのエンジニアらが57ページの基本構想をまとめて公開し、人類史上最大のハードウェア分野のオープンソースプロジェクトが始動。世界中の学生とエンジニアからコンセプトとシミュレーションが山のように集まったのは、みなさまもよくご記憶のとおりです。

実現に足る十分な資金力を得た企業は、Hyperloop OneとHyperloop Transportation Technologies(HTT)のわずか2社で、今回取材でお邪魔したのは後者のHTTです。

同社を率いるのはイタリア人発明家のBibop Grestaさん。「トニー・スターク風の髭をたくわえ、マペットのように笑うショーマン。昔はラッパー志望で、舞台パフォーマーとして公演回りし、イタリア版MTVで司会役を務めた経験も少しある」(Wired)という人物です。Wiredの取材では競合のHyperloop One社のことを「なんでもうちのコピー。ロゴまでコピーだ」と言っていましたが、米ネバダ州で実験に先んじたのはHyperloop One社でした。負けじと今回スペインで実寸大カプセルの記者発表と相成りました。
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左からBibop Grestaさん、Rafael Contrerasさん、Dirk Ahlbornさん、Ramón Betolazaさん
Image: Hyperloop Transportation Technologies

「ハイパーループというブランドは57か国で商標取得済みですけど、競争があるのはいいことですね」と語るGrestaさん。米Gizmodoの取材ではだいぶ角がとれて丸くなってる印象です。一般公開の前に創業メンバーを囲んで超食会はどうですかと招かれたので、8時半に到着。Grestaさん(本名はGabriele)は完璧な髭と笑顔で出迎え、録音も渋々認めてくれました。
浮力の秘密はインダクトラック
取材では、イーロンの初期構想との違いをまず質問してみました。「似て非なるものです」とGrestaさんが答えると、ややあって、「あまり違わないです」とDirk Ahlborn CEOが言い直しました。なんでもふたりはLAのテックイベントで知り会い、イーロン・マスクのハイパーループの話を紹介したのはAhlborn CEOの方が先で、Grestaさんは「クレイジーだけど、正しくやれば人類全体が変わる話だね。力になるよ」と、さっそく協力を買って出たのだといいます。

イーロンのハイパーループは空気圧縮装置でカプセル内の圧力を均一にし、車輪の下に空気を送り混んで滑走を実現するというもので、磁力に頼らないのはコスト的には◎なのだけど、ノイズは乗客が耐えられるレベルを超えてしまいます。これをどうにかしようということで、HTTが目をつけたのが「インダクトラック」という電磁誘導浮遊方式。米カリフォルニア州のローレンス・リバモア研究所が1990年代に開発した技術です。

能動型の磁気浮遊と違い、インダクトラックは電磁気も電気も要らないのがポイント。カプセル(車両)の土台が永久磁石になっていて、この磁気の向きがレールのコイルが生む磁気の向きと正反対になっています。静止しているときは浮きません。レールの上に普通に停まってます。ただ加速すると、土台の磁石がコイルに電圧を生み、自然に車体が浮くんですね。能動的に何かを加えるとコストが予算オーバーになりますが、その必要はありません。これで摩擦は減ります。動かす部分の動力はリニアモーターです。これはカプセル内のバッテリーで駆動します。電気自動車みたいに。
電力
「ソーラー発電でカプセルを動かす」とイーロン・マスクは昔言っていましたけど、それについては、「上部のソーラーパネルから入る電力、カプセルの動きから得られる運動エネルギー、回生ブレーキシステムを組み合わせています。太陽発電が不十分な環境では地熱も。これで使用する電力を30%上回る電力が確保できます」とGrestaさんは語ります。営業トークなので全部現在形ですが、 これ全部、未来形に置き換えて聞かねばなりません。HTTが実現したのは、カプセルの殻をつくる部分であり、モーターも磁石もなければ、座席さえもまだないのです。
スペイン人が夏休み返上でつくる
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「鍵は空気力学」
Image: Hyperloop Transportation Technologies

もちろん殻をつくるのだって大きな節目ですよね。この「Quintero One(キンテロ・ワン)」は、世界初の実物大のハイパーループ専用カプセル。設計はロンドン地下鉄(チューブ)の新デザインで知られるデザイン事務所「PriestmanGoode」が手がけ、スペインの「Carbures」が製造しました。一番の苦労をPriestmanGoodeのPaul Priestman会長兼デザイナーに尋ねてみたところ、「鍵は空気力学。ハイパーループに当たる空気は9,000m上空を飛んでいる飛行機に近いので、空気力学を考えて空気圧を減らすことが重要です。自律走行なので前方に窓は要らないし、その意味でも今までにないデザインと言えますね」とのこと。

一方、スペインのCarbures社は、Priestman氏の絵を現実化するのは本当に大変で、社員は週末以外休みなしで何か月もこの作業にかかりっきりだったといいます。「夏休みもとらずにがんばるというのは、スペインでは大変なことなので、本当にありがたいです」と、Ahlborn CEO(ドイツ生まれのアメリカの起業家)はイベントで労をねぎらい、ちょっと会場が一瞬固まったんですが、すぐ司会者が「世界中どこでも大変なことですよね!わはは!」と笑って、場を和ませました。
華やかな顔ぶれ
キンテロ・ワン発表当日、Carbures社は「Airtificial」に社名を変更しました。アーティフィシャルに「i」を入れてエアティフィシャルと。同社はカディス大学から生まれた会社で、エアバスやボーイングのカーボンファイバー素材のパーツを製造しています。2013年には株価大暴落で取引停止となって経営危機に陥ったんですが、ようやく精算し、禊を晴らしての新スタートです。 共同創業者のRafael Contreras氏は、バイクシェアサービス「Muving」共同創業者兼務で、そちらはスペインの都市部で広まって米アトランタにも進出済みです。もうひとりの会社の顔はスペイン人発明家のRamón Betolaza氏。経営危機のCarbures社の救済に乗り出し、今はHTT役員に加わっています。



キンテロ・ワンは、HTTとAirtificialの両社が設計に21,000時間、組み立てに5,000時間かけた苦心作です。重量5トン。85%はカーボンファイバー。HTTはこれをMARVEL作品「ブラックパンサー」に登場するワカンダ王国の架空の金属にあやかって「Vibranium(ビブラニウム)」と呼んでいます。二重構造の特許素材で、82個のカーボンファイバー製パネル、72個のセンサー搭載で、車体に問題があればすぐさま検知できるというものです。カプセルの長さは32m。半分が乗客用で収容人数は30人です。
ハードでは人類史上最大のオープンソースプロジェクト
「キンテロ・ワン」という名前は「JumpStartFund」をDirk Ahlborn CEOと共同創設した宇宙科学者の故アンドリュー・キンテロ氏(2014年水難事故で他界)から命名しました。JumpStartFundはコラボレーションを支援するインキュベーターで、世界中の人たちがスタートアップの実現にお金とマンパワーを提供するシステムです。

HTT自体も、Ahlbornさんがイーロン・マスクの基本構想をJumpStartFundに発表し、ボランティア800人が協力を申し出たところから生まれた会社。そこからNASA、SpaceX、ボーイングなど名だたる一流会社のエンジニアたちのコラボレーションが始まり、家にいるときや会社の休み時間なんかを利用して、シミュレーションを出してアイディアを交換して進めているんですね。給料はもらってなくて、みなストックオプション(上場して自社株が上がると大儲けできる新株行使権)で支給されています。「未来のすばらしい起業モデル。2017年からハーバード大学で教えられてきたモデルですよ」とGrestaさん。まあ、ボランティア(社内では「コントリビューター」と呼んでいる)だけということもなくて、HTTには従来型の雇用契約を結んだ社員もいて、そっちが主軸のチームを成しているので、その意味では不完全なモデルだと僕なんかは思ってしまうのだけど。
前置きはさておき会場へ
さて、いよいよ、Airtificialに到着です。玄関からCarburesのロゴは消えていますが、Carburesです。警備員が2人いて目でじろじろチェックされました。な~んか厳重だなと思ったら、それもそのはずで政治のお偉いさんのアンダルシア州知事、スペイン経済産業大臣も会場に来ていたんですね。政府も公的資金を援助してくれてるのかなと思って聞いたら、「いや別に」とDirk Ahlborn CEOには言われました。

競合のHyperloop Oneは8月、マラガの隣県のアンテケラ市に最初の試験場建設を発表しました。そちらはスペイン鉄道管理局「ADIF」が援助していて、1億2600万ユーロ(約163億円)を前払いで請求中とかいう話です。鉄道はお金かかりますから、公的援助がなきゃとても実現は難しいですもんね。HTTもHyperloop Oneも経営陣が各国を飛び回って政府と交渉中です。両社とも最初に向かった国はアラブ首長国連邦。ここに頼めば不可能はないですからね。次に行ったのが韓国、ウクライナ、中国です。イーロン・マスクはサンフランシスコとLAを結ぶと夢を語っていましたが、米国の天文学的な地価を考えたら、いつになるものやらです。Bibop Grestaさんは「UAEみたいな国の方が米国よりずっとビジョナリーなんですよ」と言っていました。
実物に足を踏み入れて思ったのは…
まあ、未来のことだったらいくらでも語れますからね。カディスで僕が見せられたものはただひとつ。約束を山ほど積んだスケルトンです。カウントダウンがはじまって、音源が鳴って、幕が切って落とされて、政治家、投資家、記者団の前に現れたキンテロ・ワンは、PriestmanGoodeの絵よりずっと実直な造りの車体です。5年もこの瞬間を待っていたせいか、中身が空っぽなせいか、はたまた窓が1個もない実用版のせいか、イーロン・マスクの実現性のないコンセプトばかり見ていた自分にはちょっとガッカリ感が。



空っぽな中の撮影は許可してもらえませんでした。未来のデザインについてもコメントはなしでした。カプセルに足を踏み入れたとき感じたのは「運輸革命第5の波」ではなく、歯磨き粉のチューブの中みたいだという感覚です。「将来はどうなるんですか? このキンテロ・ワン」と聞いてみたら、「ケブラー繊維みたいな安全&快適な素材の導入を考えている」( Grestaさん)、「まったく違うエクスペリエンスになる」( Priestmanさん)とのことです。「乗り心地もよくなるんですか?」と尋ねてみると、「YES」とのこと。Dirk Ahlborn CEOが「乗車券はタダになり、広告収入でカバーする」と言えば、Grestaさんは「ブロックチェーンと生体センサで支払うシステムになる」と言うし。「いずれにしても、乗車券が30ドル(約3300円)ぐらいになれば8年で初期費用の元はとれる」とAhlborn CEOは言っていましたよ。

今後はトゥールーズの開発センターに輸送され、そこで残りのところを組み立てるそうです。HTT 社は2019年に準備が整うと言っています。でも待てよと。カプセルは別に開発の中心ではないし、一番難しいのはカプセルが通る低圧チューブの方なんじゃ…。こちらは何百個も真空ポンプが必要です。真っ直ぐ掘るのは難しいので、ターンもあれば、坂もある。しかも人間が吐いたり気を失ったりしない程度に加減速はスムーズじゃないといけない。 ここがハイパーループが実現不能と言われている所以じゃないですかね。カプセルの移動速度は音速でもなければ、現存のもののいずれでもない。そんな高速で複雑な地形にどうアジャストするのか。一歩でも踏み誤れば、ピューンとどっかに飛んでいってパーですからねぇ。
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「これからはこれがハイパーループの顔です」と開発者Paul Priestmanさん(発表当日、米Gizmodoの取材に答えて)
Image: Hyperloop Transportation Technologies
ハイパーループというブランド
マラガに帰る道々、ハイパーループで飛んでるところをイメージしてみました。「翼のない飛行機みたいなものです」とイベントでは言ってたっけ…と思いながら。飛行機は、空気が薄い思いっきり上空を飛んで空気抵抗を克服しています。でもハイパーループは地上でそれをやろうとしています。HTTをはじめ各社は、地震動も克服しなければならないし、鋲1個のズレでも死に直行です。成功したら未来の高速移動体ですけどね。そこまでいけるのか? 今はまだなんとも言えませんが、ひとつ言えるのは、ハイパーループはイーロン・マスクの当初の構想とはだいぶかけ離れてきてしまっているということです。空気ベアリング(軸受)、超音速スピード、太陽光発電、そういうものから先に消えてしまって、残っているのはブランドです。そこに政治家が飛びついている。そこから実現の道がひらける可能性もゼロとは言えませんけどね。

朝靄はもうすっかり晴れて、青空が広がっています。でも、ハイパーループの不信感は晴れません。安全性のことがとにかく心配なので、いくらカーボンファイバーのカプセル見せられても何の意味もないんです。世界最長の鉄道トンネルはスイスのアルプス山脈にある「ゴッタルドベース・トンネル」ですが、あれは着工から完成まで8年かかりました。その距離は94マイル(約152km)。ハイパーループがやろうとしているのはその何倍、何十倍という距離です。沿道の農家の承諾を得るのにいったい何年かかるものやら。とんがった「ハイパーループの顔」(Priestmanさん)はかっこいいのだけど、トンネルの前には現実という大きな山が立ちはだかっているのでありました。

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