藤井公、若松美黄、庄司裕の名作が新国立劇場でよみがえる~「ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2018」の見どころを紹介

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2018/10/10 16:00



“日本独自の創作舞踊のパイオニアたちの作品を復元上演し、日本の洋舞の原点を確認すると共に「今」そして「未来」を展望する企画”である「ダンス・アーカイヴ in JAPAN」。これは新国立劇場が主催し、(一社)現代舞踊協会/ダンス・アーカイヴ in JAPAN企画運営委員会(代表:正田千鶴)が制作協力を行い実施するもので、2014年、2015年の公演は反響を呼んだ。2018年11月24日、25日には「ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2018」が催され、藤井公『砂漠のミイラ』若松美黄『獄舎の演芸』庄司裕『八月の庭』が上演される(上演予定順)。過去二回は石井漠、江口隆哉、宮操子、石井みどりら戦前から活躍してきた先駆者の作品を披露したが、この度は第二次世界大戦後から平成にかけて一時代を画したフロンティアたちに光を当てる。それぞれの作品責任者に話を聞いた。

“生と死”が隣り合わせの世界で生きる命の重さ~藤井公『砂漠のミイラ』


藤井公(1928‐2008年) は日本の洋舞の先駆の一人で欧米でも活躍した小森敏に学び、妻の藤井利子と東京創作舞踊団を結成。『芽むしり仔撃ち』『癒えぬ川』『鶏舎』といった初期の社会派的作品から『猿蟹合戦』『北斎・今』のような日本的なテーマに取り組んだものまで題材の幅は広く、独自の動きと美学を打ち出した創作を世に問うた。
藤井 公
藤井 公

『砂漠のミイラ』は1993年に初演された約50分の作品で、詩人の秋谷豊がタクラマカン砂漠を旅した経験を基に著した詩集「砂漠のミイラ」が原案だ。主役は砂嵐、らくだ、人間で、男女計24人が出演する。共作者で作品責任者の藤井利子は「生と死がいつも隣り合わせにある砂漠で必死に生きる命、逞しく生きる命の重さをしっかり描かないといけないという思い」が創作の根底にあったと振り返る。

全体は「蜃気楼」「吐魯番(トルファン)」「吟遊詩人」「流砂」「魂の共鳴」「飛天」「砂漠のミイラ」の7景。砂漠で渇いた者の前に浮かぶ幻影、オアシスでの安らぎのひととき、いにしえの話を口伝で語る詩人たち、砂嵐を前に逃げ惑う人々などが描かれる。なかでも「流砂」「魂の共鳴」は、「砂漠で散っていった仲間たちの魂と共にあることを通して、力強く生きる喜び・命のありがたさを謳いあげる」(藤井利子)名場面でひときわ力が入るという。

表題は秋谷が砂漠で見た一対の男女のミイラに由来する。「二千年間眠り続け時を超えて今もありのままであるという状態も命の美しさです。それと自然と戦って生き抜く魂と重ね、その両方を美しく出したい」(藤井利子)。ベテランの清水フミヒト、吉垣恵美を中心に若い踊り手たちも前向きに取り組んでいるという。初演から四半世紀、藤井公・利子が壮大な舞踊宇宙に秘めたテーマが、時代を超えて強く、深く、鋭く胸に迫ってくるに違いない。
藤井 公『砂漠のミイラ』(撮影:池上直哉)
藤井 公『砂漠のミイラ』(撮影:池上直哉)

シリアスだけど笑える微妙な面白さ~若松美黄『獄舎の演芸』


若松美黄(1934‐2012年)は不世出の異能だ。若き日に前衛的な踊りで知られた津田信敏に学び、舞踏の土方巽とも交流し、のちに津田郁子と共に若松美黄・津田郁子自由ダンスカンパニーを設立した。筑波大学や日本女子体育大学で教鞭をとり、現代舞踊協会理事長などの要職を務めたが最晩年まで自由奔放な創造を貫いた。
若松美黄
若松美黄

『獄舎の演芸』は若松自身が踊った10分ほどのソロで、クルト・ヴァイル「第2シンフォニー」ほかを用いて獄舎の中にいる男の心情を表す。1977年7月の「現代舞踊展」で初演後、同年11月に発表した長編『夜明け』の最初に組み込まれた。今回の作品責任者のひとり小柳出加代子が若松作品の特質が詰まった演目として選んだ逸品である。

男は伸縮する衣裳を着て、独り奇妙に踊り演じる。小柳出は「シリアスなのですが、クスッと笑えるところが出てくるんです」と話す。振付のポイントはパントマイムを取り入れていること。もうひとりの作品責任者である窪内絹子は「若松先生の作品の特徴はパントマイムと舞踊をつなげて微妙な面白さを生んでいることで、『獄舎の演芸』はその極めつきです。音楽とぴったりと合っていて体の流れも自然です」と解説する。マイムがあるかと思えばアラベスクやアティチュード、バットマンといったバレエの動きも入る独特な振付だ。

そこに挑む高比良洋は現代舞踊を学んだのちバレエに進み中国、香港で踊った気鋭。窪内は「高比良さんの体つきは若松先生と似ていなくもないですね。先生は昔の人にしては身長があり、顔も小さく、ボリュームのある方でした」と話すが、若松の真似をさせるつもりはない。小柳出は「同じ振付で若松先生とどう違う魅力を出してくれるか。先生を知る人にも、初めてご覧になる方にも楽しんでいただけるように仕上げたい」と意欲を示す。異能の個性が染みついた作品の妙味を高比良がどう踊るのか興味は尽きない。
若松美黄『獄舎の演芸』
若松美黄『獄舎の演芸』

ナイーヴなニュアンスの動きで紡ぐ、あの夏の出来事~庄司裕『八月の庭』


庄司裕(1928‐2008年)は奇しくも藤井公と同じ年に生まれ、同年に亡くなった。彼らは第二次世界大戦中に学生時代を過ごした戦中派だ。庄司は『プロメテの火』『日本の太鼓』などを遺した大家である江口隆哉と宮操子の門下で、『聖家族』『日本海』『鎮魂歌・夏の花』といった家族や戦争を主なテーマとする名作群を生み出した。
庄司 裕
庄司 裕

『八月の庭』(1994年)は約20分の中編で19人の女性と3人の男性が出演する。夏の一日、ロングスカートの衣裳を付けて踊る女性らは幸福な日常を過ごしているが、そこへ原子爆弾が投下される……。戦争による惨禍を扱うが、声高にテーマを掲げていない。作品責任者の中井惠子は「庄司先生はシャイな方で、作品の説明をせずに動きから入ります。女性目線みたいなものもお持ちで、体の動かし方など凄くナイーヴです」と師の創作を思い返す。

音楽は安良岡章夫の「協奏的変容~ヴァイオリン、チェロとオーケストラのための」だ。「荘厳です。庄司先生はよほどのことがない限り甘い音楽は使わないですね。音楽に合わせた踊りでなくて、音楽が情景を語るような使い方をされました」(中井)。

主役はエレガントな踊りが光る船木こころ、振付家としても注目される宝満直也(NBAバレエ団、元新国立劇場バレエ団)で、米沢麻佑子、岡野友美子、玉田光子という現代舞踊界屈指の実力派の踊り手らが脇を固める。中井は「庄司先生の振付は隙が無いので再現するのは大変です。抒情性があったり、恥じらいがあったりといった先生独特のニュアンスを表現するのは難しいのですが、細部に至るまでちゃんと伝えたい」と熱意を込めて話す。

庄司は戦後を代表する巨匠振付家の一人だが、残念ながら没後作品上演の機会がなかった。「先生の素晴らしい作品が陽の目をみていなくて……」と中井は残念がる。「手前味噌になりますが先生の創る動きは凄いと思います。テクニック先行ではなく人間の感情の流れ、踊ることのつながりみたいなものが表現されています。それに近づきたいですね」(中井)。この度の『八月の庭』の上演は庄司作品に久方ぶりに接することができる待望の舞台となるだけに期待が高まる。
庄司 裕『八月の庭』(撮影:スタッフ・テス)
庄司 裕『八月の庭』(撮影:スタッフ・テス)

時代を超えた名作の凄みを味わい、舞踊の未来を考える


「ダンス・アーカイヴ in JAPAN」は、冒頭で触れたようにパイオニアたちの偉業を遺し広く紹介する機会であることに加え、現代の気鋭たちが先人の創造から学び、次世代の芸術文化を育む栄養ともなる場だ。“現代舞台芸術のためのわが国唯一の国立劇場”を標榜する新国立劇場で催される「ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2018」に立ち会うことは、観客にとっても日本のダンスの原点を知り、現在を確かめ、未来に思いをはせる好機に他ならないのである。

取材・文=高橋森彦

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