【この人に聞く!】 次々と斬新なラーメンを編み出すラーメンクリエーターの庄野智治さん(1)

OVO

2018/10/10 14:55

原点は創作ラーメン


 「何系のラーメン?」と聞かれて答えに困るのが、麺庄グループのラーメンだ。2005年にオープンしたグループ1号店「麺や庄の」(東京・市ヶ谷)は、月替わりの創作ラーメンと濃厚な豚骨魚介スープを使ったラーメン・つけ麺が看板メニュー。一方、ラム×豚骨をコンセプトにしているのが「MENSHO TOKYO」(後楽園)。そして、食べログの「ラーメン百名店」にも選ばれている「MENSHO」(東京・護国寺)では、はやりの“Farm to table”ならぬ“Farm to bowl”を提唱していて、魚介をたっぷりと使った「潮らーめん」が絶品だ。

都内に8店舗、アメリカ・サンフランシスコに1店舗を構え、“どんなラーメンでも作れるのがプロ”と話すラーメンクリエーター&麺庄代表の庄野智治(しょうの・ともはる)さん。だが、グループ経営をもともと目指していたわけではない。幼いころからラーメンが好きで、小中学生の時はラーメンの話ばかりしていたという庄野さんでも、最初はラーメン屋を職業とするのは難しいだろうと考えていた。専門学校ではIT分野を学び、大学で専攻したのは経営学。そして就職したのは建築系というラーメンとは全く関係のない経歴だった。ただ、ラーメンへの夢を完全にあきらめていたわけではなく、挑戦するなら20代のうちにと、約4年で建築会社を退職。ラーメン店での修行を経験することなく、2005年に自分の店を東京・市ヶ谷にオープンした。

ラーメンで人を喜ばせたい


 1号店の「麺や庄の」では、定番メニューのラーメン・つけ麺のほか、毎月異なる創作ラーメンを提供している。「初鰹の冷たいラーメン」「鴨酢橘そば」「はまぐりのとろっと塩つけ麺」「四万十生姜の中華そば」など、常に新しい味を追求してきたが、オープン当初は創作ラーメンへの批判も多かったという。しかし、1つのラーメンでは終わりたくないという思いと、客を常に楽しませ、飽きない味を提供し続けたいという考えが少しずつ共感を呼び、常連が増えていった。そんな中、庄野さんは大きな転換期を迎える。2011年3月に発生した東日本大震災だ。東京は大打撃を受けた被災地ではなかったが、震災の影響で店は営業停止に。何もできない日々が続く中、アルバイトの1人が宮城県出身ということで、石巻市に炊き出しに行くことになった。

まだ寒さが残る3月の東北地方。温かいラーメンを提供する炊き出しテントには長蛇の列ができ、ラーメンをすする人の顔には満面の笑みが。東京の店でもラーメンを客に提供してきたが、ラーメンには人を喜ばせる力があることをこの時、改めて実感。より多くの人にラーメンのおいしさとその魅力を知ってもらいたい、ラーメンの裾野をもっと広げたいと、庄野さんは店舗拡大を決意する。それが現在のグループ9店舗につながっている。

(その2へと続く)
M.O.

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