『カール・ラーション スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家』展覧会レポート 家庭から生まれた美の世界

SPICE

2018/10/9 18:00


「Art De Vivre」というフランスの言葉がある。「人生そのものを芸術として生きる」という考え方で、おしゃれな雑誌などでたまに見かける言葉だ。しかし、実際は芸術性と暮らしを両立させるのは難しい。芸術や美の専門家であっても、表現活動という仕事と私生活をバランスよく両立させることができず、不本意な人生を送る場合が多いだろう。「仕事は見事だが、本人は幸せでなかった」というのは、芸術家のみならず、多くの仕事人に見られるパターンだ。

だが、芸術的な暮らしを実践し、表現活動と私生活を見事に両立させた稀な芸術家がいる。スウェーデンを代表する芸術家、カール・ラーションだ。

そんなラーションの展覧会『カール・ラーション スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家』が、新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館にて、2018年12月24日まで開催されている。本展では、ラーションの作品群とともに、彼の芸術的な暮らしを支えた妻カーリンの作品もあわせて展示している。

芸術的な家庭生活を送った稀有なアーティスト

ラーションの使用していた肘掛椅子や洋服
ラーションの使用していた肘掛椅子や洋服

ラーションはどのような方法で、私生活でも仕事でも芸術的かつ幸福な人生を充実させていったのだろうか……。これは、多くの人にとって興味が湧くテーマだろう。当展では、芸術的な幸福へのヒントを垣間みることができるはずだ。

カール・ラーションは、19世紀末のフランスやイギリスで美術を学び、パリ郊外の芸術家村で同じく芸術を学んでいたカーリンと結婚した。当時のフランスではジャポニズムやアールヌーヴォー、イギリスでは生活と芸術の融合を提唱したウィリアム・モリスのアーツアンドクラフツ運動が盛んだった。暮らしの中に芸術を取り入れる美意識が充満していた時代である。

ラーション夫妻は時代の美意識を家族愛の中ではぐくみ、オリジナリティ溢れるライフスタイルを実践したのである。

カール・ラーションの画業 家庭から生まれた芸術

ラーション家を写真とインテリアで再現したコーナーとその再現した部屋を描いた作品《クリスマスと新年の間》をパネル展示 右:《史跡巡りをする夫婦》
ラーション家を写真とインテリアで再現したコーナーとその再現した部屋を描いた作品《クリスマスと新年の間》をパネル展示 右:《史跡巡りをする夫婦》

展示室に入ると、絵画とともにラーションと妻カーリンのデザインした衣服や道具、使っていた椅子など身の回りの品々と、インテリアのパネルなどが展示されている。通常の展覧会では、絵画や紙の資料のあとに参考資料として身の回りの品々が展示されるのが常だが、ラーションにとっては、ライフスタイルそのものが芸術だったのだ。

創作の泉ともいえる暮らしの様子と絵画を組み合わせて鑑賞することで、ラーションがどのような芸術家だったのか、また、どのように芸術と暮らしを両立させたのか、わかりやすく体験できる。

なかでも目を引くのは、妻カーリンが手作りした服飾品やインテリア雑貨だ。シンプルだがさりげなく凝ったデザインで、現代でも十分に受け入れられるようなものばかり。カーリンも夫同様、すばらしい才能の持ち主だったのだ。

貧しい画学生だったラーションは、学生時代から新聞などのメディアに挿絵やドキュメンタリー画を提供するイラストレーションの仕事をしていた。こうしたイラストレーションワークから出発したラーションの絵画スタイルは、線画である。当展では挿絵や版画作品が多く展示されており、仕事によって鍛えられたラーションの確かな技術を鑑賞できる。
浮世絵に影響された絵画 右:《アザレアの花》 左:《祖父》
浮世絵に影響された絵画 右:《アザレアの花》 左:《祖父》

また、ラーションは線で表現した日本の浮世絵に影響され、「日本は芸術家の私にとってはふるさとである」という言葉を残した。《アザレアの花》という作品では、手前に大きなアザレアの花が描かれ、その奥でテキスタイルの仕事をしている妻カーリンが微笑んでいる。手前に大きなテーマとなるモチーフを描き、奥にドキュメンタリー的な風景を配置する手法は、浮世絵独特の構図だ。たとえば歌川広重の浮世絵作品《水道橋駿河台》や《吊るし亀》は、よい参考になるだろう。
カール・ラーション《アザレアの花》 1906年 水彩 ティールスカ・ギャラリー Photo:The Thiel Gallery / Tord Lund (C)The ThielGallery/ ThielskaGalleriet, Stockholm
カール・ラーション《アザレアの花》 1906年 水彩 ティールスカ・ギャラリー Photo:The Thiel Gallery / Tord Lund (C)The ThielGallery/ ThielskaGalleriet, Stockholm

だが、当時のヨーロッパは印象派の時代であった。にもかかわらず、ラーションは常に身近な世界、家族のいる室内とライフスタイルを線画で描く独自路線を歩んだのだ。アーツアンドクラフツやジャポニズムなどの時代の流れを取り入れながらも独自の道を歩むところに、ラーションの卓越した才能を感じずにはいられない。彼が描いた絵画には魅力的な家庭の姿が溢れており、この瞬間に同席したかったと思えるほどだ。

そんなラーション家の自由で人間らしい家庭の姿は、スウェーデンの家庭の役割に大きな影響を及ぼしたという。「社会規範は家庭であるべき」という堅苦しい考え方から、「社会が家庭のように創造的であるべき」という方向に価値観が転換した時代に、彼は理想的な家族のイメージを提供したのだ。その引き金となったともいえるラーションの代表作が、画集『わたしの家』だ。

ラーション家の暮らしとリッラ・ヒュットネース 美の世界に暮らす

ラーションの代表作『わたしの家』扉絵
ラーションの代表作『わたしの家』扉絵

画集『わたしの家』には、ラーション一家が暮らした家「リッラ・ヒュットネース」を舞台に、家族の姿がいきいきと描写されている。この作品は優秀な編集者によって編纂され、ラーションの世界的な名声を確立した。いわゆる絵画サロンなどでの評価ではなく、印刷メディアによってラーションの画家としての名声が高まったところに、彼の現代性を感じずはいられない。

『わたしの家』の舞台となったリッラ・ヒュットネースは、ラーション夫妻がコツコツと創造した理想の家だった。驚かずにいられないのは、なんといってもインテリアの卓越したセンスである。ラーション夫妻の創造したリッラ・ヒュットネースのデザイン性は、後世のデザインに大きな影響を与えたほど。そして、そんなリッラ・ヒュットネースのインテリアを担ったのが、妻のカーリンだった。カーリンはラーションと結婚後、芸術家としての道を歩まなかったものの、その感性を家庭内で存分に発揮した。家事を絵筆に変え、家庭をキャンバスにしたといってもいい。
画集『日向へ』 カーリンがデザインした花台が表紙のモチーフ
画集『日向へ』 カーリンがデザインした花台が表紙のモチーフ
画集『日向へ』表紙のモチーフとなった花台(レプリカ) カーテンはカーリン作
画集『日向へ』表紙のモチーフとなった花台(レプリカ) カーテンはカーリン作

現在のリッラ・ヒュットネースは、カール・ラーション・ゴーデン(記念館)として保存され、世界中から多くの人々が訪れている。この展覧会では、リッラ・ヒュットネースを実感できるよう、大型の写真やインテリアなどが展示されている。
カーテン《愛の薔薇》(カーリン作)の説明をする、カール・ラーション・ゴーデン館長 キア・ジョンソン氏
カーテン《愛の薔薇》(カーリン作)の説明をする、カール・ラーション・ゴーデン館長 キア・ジョンソン氏

最後の部屋では、カーリンのテキスタイルや衣服などの作品がずらりと並ぶ。コツコツと手作業で創作された大きな敷物、カーテン、斬新なフォルムのゆったりとしたドレスや帽子。どれも芯が強く、そして愛に溢れている。なかでも、《愛の薔薇》という扉代わりのカーテンが美しい。夫婦の愛を継続し続けることの試練と勇気を象徴した作品である。

カーリンは、生前つねに手仕事をしていたという。彼女の作品に彩られたリッラ・ヒュットネースの魅力は、決して一朝一夕で作られたものではないことがよくわかるエピソードだ。
カーリンがデザインしたドレスと帽子 当時はこのようなゆったりとしたドレスは斬新なものだった
カーリンがデザインしたドレスと帽子 当時はこのようなゆったりとしたドレスは斬新なものだった
ラーションの自画像と、ティールスカ・ギャラリー館長 パトリック・ステウルン
ラーションの自画像と、ティールスカ・ギャラリー館長 パトリック・ステウルン

ラーション夫妻の創造した世界を見るにつけ、小さな積み重ねこそが困難を乗り越える力であり、愛であり、芸術(仕事)の源である、と教えられる思いだった。そして、カール・ラーションの素晴らしい芸術性は、妻カーリンと家族が支えであったということが、十分に理解できる。個人の過ごす私的な空間や親しい人間関係が、どれほど大切であることか……と痛感する。

「幸福で芸術的な生き方をしたい、私生活と仕事を両立させたい」と願うのなら、ぜひ『カール・ラーション スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家』に足を運んでほしい。ラーション夫妻の愛あふれる作品が、芸術的に生きるヒントを与えてくれるだろう。

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